第一話「仲良し家族」


 家出してから約数ヶ月。


 完全なる家出少女に成り果てた私は今、どこか分らない森の中であてもなく彷徨っています。変わり映えのしない景色に飽きて、調子に乗ってどこか遠くの街へ移動しようとした結果がコレです。


 家出と言う名の長旅。せっかくなら良い景色を拝もうとする私は、さながら長旅を楽しむ旅人のよう。無論私の長旅は、一切楽しいものではありませんが。


 生い茂る草木を掻き分け黙々と進んでいると、突然視界が開け、眩い光が私の目をくらませました。


「…やっと着いた。」


 私がそう呟いたのは、眩しさに目が順応した頃です。

 目の前には何の変哲のない街並みが広がっていました。崖の上から見下ろす街は、陽の光に照らされ、煌々と光り輝いて見えました。



 街の入り口の門をくぐり大通りに足を踏み入れた頃には、街はもう夕暮れ時を迎えていました。


 夕暮れ時。人々はこの時間に差し掛かり、落ちてゆく夕陽を眺めると、自然と家に帰りたいと思い至ります。


 夕焼けに照らされ、家へと歩みを進める街の人々の波に逆らうように、一人歩く帰る家のない家出中の私。


 右手には例の魔法の帽子を持ち、長い袖のついたマントをたなびかせながら、私はゆっくりと歩きます。周りを見渡しながら、のんびりと。もうすぐ日が暮れますが、そんなことはお構いなしです。


 道中に宿屋がありました。しかし、未成年の私一人を快く泊めてくれる宿屋はなかなか無いでしょう。今日までいろんな場所を巡ってきましたが、そのような宿屋は見たことがありません。


 ですが問題はありません。泊まれる場所がなくても、”この帽子”があればなんとかなってしまいますから。


「ここが良いですね。」


 そう呟いて、私はとある場所の前で立ち止まりました。

 目の前にあるのは、何の変哲のないただの民家。


 どこにでもいる普通の家族が、何気ない生活を送っているであろう雰囲気が玄関から漂っていました。


 ただの民家ですから、別に旅館というわけでも、民泊ができる場所でもありません。


 しかし私はそんなこともお構いなしに、「ここにしましょう。」と訳のわからないことを呟き、おもむろに例の帽子を被り、慣れた手つきで民家のドアノブを握りました。


 そして私がドアを開けようと手に力を入れると…


  ガチャ


 私がドアを開けるより先に、空いた扉から顔を覗かせる長い髪の女性と目が合いました。


「あら?」


 私の目の前にいる女性は、当然私とは全く縁の無い、ましてやお互いの名前すら知らない赤の他人。


 そんな彼女から見える私は、普通ならば勝手に人の家に上がり込もうとしている不届な女の子に見えているでしょう。


 普通なら…ね。


「あら~ククース。帰ってたのね。ほら、早く上がりなさい。」


 しかし彼女は私を見て怪しむことはなく、むしろ笑顔で私を家に招き入れました。

 知らないはずの私の名前を呼び、まるで家族の帰りを迎えるかのように…。



 そう、これがこの托卵の帽子の力。

 この帽子は”他の家族の仲間入りができる魔法の帽子”なのです。



 …あ、ちなみに私の名前はククース。以後お見知り置きを。



 なに、簡単な話です。

 泊まる場所がない、ならば私が誰かの家族の一員になって、彼らの日常にお邪魔させて貰えば良いのです。


 ちなみに私は托卵の帽子を使ってなった家族のことを”托卵の家族”と呼んでいます。彼らは血の繋がっていない赤の他人ですし、私の本当の家族ではありませんからね。


 何故に私の元にこの帽子が贈られてきたのかは分かりませんが、私はこうやって有意義に使わせていただいてます。

 まあこうでもしないと、家出を続けられないからですけどね…。


 さて、場面は戻りまして。


「おかえり~ククース。」


 家に上がり、リビングに入ると、ソファーに座りながらテレビを観ている若い男性が、私にそう言いました。


「…なんだ、無視かよ~。そっけないなぁ…がっくし。」


 挨拶を返さない私に対して、ひどく落ち込む彼は、おそらく私のお父さん(仮)。


「あらあら~。お父さん、落ち込んじゃってるじゃないの~。ちゃんと挨拶してあげないとダメよ、ククース。」


 ほんわかした口調で私にそう言う、先ほど私と目が合った彼女は、おそらく私のお母さん(仮)。

 二人ともとても若々しく、夫婦というよりかは彼氏彼女と言った感じの印象です。


 そのような見た目から察するに、おそらく彼らは”新婚夫婦”。どこにでもいる、若い男女で構成された新婚夫婦です。

 まあ、強いて特徴を挙げるならば…。


「わーん。ミズキ、慰めてくれー。」


「あら~。ダーリンったら♡相変わらず甘えん坊なんだから♡」


「…。」


「ミズキ♡」


「ダーリン♡」


「…。」


 二人はとても仲良し夫婦といった所ですかね。それはもうモーレツに。


「アナタ、もう少し待っててね♡あと一時間ぐらいで晩御飯が出来るから♡」


「お、おう。いやー楽しみだなー。アハハ。」


「楽しみにしててね♡」


「ああ、待ってるぜ♡」


「…。」


 どうしてでしょう?私は目の前の二人に、とても不思議な感情を抱いています。

 これは二人に対する羨望でしょうか?それとも嫉妬でしょうか?


 どちらかは分かりません。いえ、本当は分かっているのかもしれませんが…なんだか胸が苦しくなってきました。


 私はこれ以上この場所にいても意味がないと思い、リビングを出て自分の部屋へと向かいました。以前として、頭には托卵の帽子を被ったまま。



 この帽子の凄いところは、私を見知らぬ家族の仲間入りをさせてくれるだけではなく、私が生まれた時からずっとこの家の家族として過ごしているという事実を上書きしてしまうと言う点です。


 簡単に言えば、今現時点で私は”あの夫婦の子供”で、私はこの家で育ったことになっています。

 

 故にこの家には私の部屋がありますし、家具も夫婦のものに私のものが追加されています。新婚夫婦なのに16歳の子供がいるなんて違和感しかありませんが、そんな強引な設定も通してしまうのがこの帽子の恐ろしいところです。 


 そんな勝手なことをして大丈夫なのかと思われるかもしれませんが、問題ありません。

 何故ならば、この魔法の帽子の効果は一週間しか持たないからです。一


 週間経つ、もしくはこの帽子を一時間以上脱いでいると、帽子の効果は切れて私が家族になって改変されたこと全てが無かったことになるからです。


 もちろん彼らの家は元通りになりますし、彼らは私のことを綺麗さっぱり忘れます。なのでなんの問題もありません。



 私は自分の部屋に入り、ベッドの上で横になりました。

 リビングから聞こえる二人の話し声が聞こえないように、私は枕で耳を塞いでいました。


 この帽子の良いところは前述のとおりですが、逆に他人の家族と過ごさなければならないので、家族によっては嫌な思いをしなければならない所がこの帽子の悪い所です。


 特に今回の家族のような”仲良し家族”に当たった時は、私の精神は大きく疲弊します。これまでの托卵の家族も、やたら仲良しな傾向にありました。


 なんというか、苦しいんですよね。

 私は仲良しな托卵の家族と一緒になるたびに、どうしようもない無力感と疲労感に襲われます。


 同時に心の底から湧き上がる負の感情に、私は飲み込まれそうになります。

 私は家出をしてから数ヶ月、後悔していないといえば嘘になりますが、家出をしないままの生活を送るのも耐えられなかったと思います。


一体何が正解なのか分かりませんが、私はとりあえず家出を続けようと思います。たとえそれが間違いだとしても…。


 ……今日は一日中歩いていたので、少し疲れました。晩御飯まで少しだけ時間がありますし、軽く睡眠をとることにしましょう。


 寝たらいろんな嫌なことも忘れられますからね。


   ●


「お母さん!聞いて聞いて、今日わたしかけっこで一等賞だったんだよ!」


 嬉しそうにお母さんに話す、幼い頃の私。


「凄いじゃないククース!よく頑張ったわね。」


 私の頭を優しく撫でるのは、私のお母さん。いつも笑顔で明るかった。


「ねえねえお父さん。お父さんはどう思う?」


 私は話しかける。お母さんの隣に立っていたお父さんに。


「ああ。凄いよククース。よく頑張ったな。」


 お父さんはあんまり興味がなさそうな返事をした。でも純粋だった私は、お父さんが褒めてくれたことがとても嬉しかった。


「ねえアナタ。ククースの一等賞のお祝いに、今日はどこかに食べに行きましょうよ。」


「ああ、久しぶりに行くか。」


「やったー!私、ハヤシライスが食べたい!」


「うふふ、ハヤシライスならまた私が作ってあげるから。他に何か食べたいものはある?」


「えーっと…他に食べたいもの~…。」


「なら今日は贅沢にお寿司でも食べに行くか。」


「あら~良いわね。」


「やったーありがとうお父さん!」


 夢の中のわたしは、お母さんと父と手を結び、歩いて行きました。

 夢の中の私は、ただ一人、その様子を眺めていました。


「…昔はあんなに仲良しだったのに。」


 私の呟きは、遠く遠く、わたしたちが歩いて行った地平線の先へと消えて行きます。

 

 私は、あの頃の二人が大好きでした。

 あの頃の私にとって、二人は自慢の家族でした。周りの皆んなも仲良しだけれど、私の家族は群を抜いて仲良しであると確信していました。


 幼稚園の先生にも言われました。「ククースちゃんの家族はとっても仲良しだね。」と。


 しかし、わたしは気付いていませんでした。


 実はあの頃から、二人の間には行き違いが生じていたのです。

 そしてその行き違いは私が大きくなるにつれてより大きくなり、今や些細なことで大喧嘩に発展するまでになりました。


「…。」


「ちょっと!なんで最近晩御飯を他の人の家で済ましてくるのよ!せっかく毎日作ってるのに!」


「知らねえよ。会社の同僚から誘われたから、仕方ないだろ。それに、どこで食べようと俺の勝手だろ!」


「ふざけないでよ!そんなこと言って、私の気持ちも知らないで…。」


「うるせえよ!お前だって俺の気持ちを全く理解してないくせに!」


「…。」


 私は二人が…仲良し家族が壊れていくのが見てられませんでした。

 幼少期、私が大好きだった二人はもういないのです。

 仮に私が家に帰ったとしても、私が求める”仲良し家族”はそこにありません。


 だから私は、帰りたくないのです。


   ○


「…う、うーん。」


 私は悪夢に魘され、目が覚めました。

 最悪な気分です。嫌なことを忘れるどころか、嫌な思い出をフラッシュバックされてしまいました。


「…もうこんな時間。」


 私は時計を見ました。私が寝てから一時間が経過しているのに、まだ晩御飯は出来ていないようです。


 仕方がないので、私はリビングで待つことにしました。せめて美味しい晩御飯を食べれば、気分もスッキリするかもしれません。色々な家族を転々とすると、様々な家庭料理が堪能できるのがこの帽子の楽しみでもありますし。


 部屋を出て、リビングに向かう私。いつもなら晩御飯の前のキッチンからは、美味しそうな匂いが香ってきます。

 しかし私の期待に反して、私の鼻をくすぐったのは微かに香る異臭。


「うっ…。」


 しかもその異臭は、気のせいではなくはっきりと、それもリビングの方から漂っていました。

 明らかに嫌な予感がします。私はリビングのドアの前で立ち止まりました。しかし、


「お待たせ~。ククース、ご飯よ~。」


 嫌な予感がしようと、ご飯を食べるにはこのドアを開けるしかありません。私は恐る恐る、リビングの扉を開きました。


「じゃーん。見て見て~私特性のスープよ~。」


「うわー。お、美味しそうー。」


「……。」


 私は机の上に置かれた料理を見て絶句しました。


「でしょ!今日は一段と上手くできたのよ~。」


「一段と…上手く?」


 自慢げにしている母に対して、私は苦笑いを浮かべました。それもそのはず。私の目の前に置かれた料理は、自信作というより、明らかに失敗作。


 何が入っているのか一目では分からないソレは、明らかに食べ物ではない異臭を放って、私の食欲を削いでいきます。これを食べたらお腹を壊してしまうことは、火を見るより明らかでした。


「さあ、食べましょ。ダーリン、ククース。」


「いや…私は…。」


 私は怖気付いて、食べることを拒否しようとしました。


「…ククース。今日は一段と酷いけど、辛抱するしかない。」


「…でも…。」


「…我慢だ我慢。知ってるだろ?アイツを怒らせたら面倒なんだから、抵抗するのはよそう。な。」


「……。」


 しかし父の必死の説得に、私は仕方なく覚悟を固めました。


「さあ座って。食べましょ♡」


「ちょ、ちょっと待ってください。」


「どうしたの?ククース。」


「お、お母さんは食べないんですか?」


 私は彼女の目の前に置かれた、ヘルシースナックを指差して言いました。


「私はダイエット中だから、これで十分なの。さあ、早く食べて♡感想聞かせて。」


「で、でも…。「いただきまーす!」


 私の言葉を遮るように、父は口の中にゲテモノスープを飲み干します。


「ゔっ…お、オイシイ…。」


「あら~嬉しい~。さあ、どんどん食べて♡」


「おう!ゔっ、ぐっ…。お、美味しいよ♡ミズキ♡」


「ありがとう♡ダーリン♡」


「…。」


 嫌な顔を強引に我慢して笑顔を浮かべる父と、自分の料理がマズイとは思っておらず、純粋に夫が美味しそうに食べていると思い込んでいる母。


 その光景はもはや地獄絵図でした。彼はよく我慢できるなと、私は称賛の眼差しで見つめていました。


「どうしたの?ククース。早く食べて♡」


「……今日はお腹空いてないから結構です。」


 私はそんな父の勇姿をよそに、母に対してそう言いました。


「え?」


「だから私はお腹が空いていないんで、今日はいらないです。」



   ○



  ぐぅ~~


 あんなことを言いましたが、今日は一日中何も食べていませんでしたから普通に空腹です。

 ちなみにあの後、私は彼女から滅茶苦茶怒られました。父の仲裁でなんとかおさまりましたが、危うくお風呂にすら入れないかと思いました。


 彼のいうとおり、彼女を怒らせるととても面倒でした。まあ今回はあんな言い方をした私に非があるとは思うのですが、さすがにあの料理を食べたら怒られるよりもっと酷い目に遭っていたような気がします。


 だから私の食べないという判断は、懸命な判断だったというしかありません。


私のとばっちりを受けなければならなかった彼には、申し訳なかったですが…。まあ、どうせ明日にはこの家を出ていくので、私には関係ないですけどね。


「…眠れない。」


 ここで問題が一つ。あまりの空腹感のせいで眠れません。今の時刻は深夜0時。いつもなら寝ついている時刻なのに、全然眠くありません。


 それに今寝転がりながら気付きましたが、このまま朝を迎えるとあの料理を朝ごはんに食べなければならないかもしれません。それは流石に困ります。かくなる上は、今のうちに家から出ていく方が賢明かもしれません。


 私に残された選択肢は一つでした。


 私は起き上がり、いつもの格好に着替えました。そして静かに帽子を外し、こっそりと部屋を抜け出しました。


 玄関まで続く廊下をゆっくりと進む私。行先にはリビングがあります。私はリビングを通り過ぎようとしたその時、


  ガサゴソ


 リビングの奥のキッチンから、何やら物音が聞こえます。泥棒でしょうか?

 私は空いた扉からこっそりとリビングを覗き込みました。すると、


「わっ!ってなんだククースか。驚かさないでくれよ。」


 そこにいたのは、腕一杯にカップ麺を手にしたお父さんでした。


「それって…」


「ああコレか?アイツには内緒にしててくれよ。こっそり夜食のために取っておいたカップ麺さ。」


「カップ麺…」


  ぐぅ~~っ


 私がそう言うのと同時に、私のお腹がぐぅと音を立ててなりました。


「食べるか?」


「はい。」


 空腹の私が返す返事は一つでした。



 深夜0時、私たちは夜の車の中でこっそりカップ麺を啜ります。

 空腹の時のカップ麺は、いつもと違ってとても美味しく感じられました。


「美味しいか?」


「美味しいです。」


 はふはふと麺を冷ましながら、美味しそうにカップ麺を食べる私。お父さんはそんな私を見て、なんだか嬉しそうにしていました。


「まあいつものことだけど、毎日あんな料理を食べなきゃいけないなんて嫌になるよな。俺はたまに会社の会食とかで食べなくて済むけど、ククースはそうはいかないもんな…。」


「…晩御飯の時は、ごめんなさい。」


「良いよ、アイツの機嫌を取るのは慣れてるから。」


「でもあれ絶対わざとですよね?でないとあんな料理で上出来なんて言えませんよ!」


「そう思うだろ?でもアイツにとって、あれは普通なんだ。結婚する前は知らなかったんだけどよ…」


 彼は彼女がどうしてあんなゲテモノ料理を作るのか、説明してくれました。

 どうやらあの料理は彼女の家では普通なようで、彼女の母は祖母から料理法を教わり、それが彼女にも受け継がれた。


 そのせいで彼女はあのようなゲテモノ料理しか作れない、と言うわけです。


 なんと言うか、迷惑な話ですよね。彼女に取っては普通かもしれませんが、それは私たちにとっては普通ではありません。


 なのに結婚して家族になったからには、彼女の普通にこちらが合わせなければならない。それに彼女は自分の作った料理を食べないんですから…。


「でもさ、アイツの料理は不味いけど、それ以外は完璧な奥さんなんだよ。俺はミズキのことが好きだし、これからもずっと一緒にいたい。だからアイツの料理も我慢して食べる。それが愛ってやつさ。」


「愛…。」


「ミズキとは、これから長い付き合いになるんだ。このくらい我慢しないとな。」


 彼はそう言いました。

 私は彼の言葉に耳を傾けながら、カップ麺を食べ終えました。



   ○



 夫婦が一緒に住み始めてから最初の一ヶ月は、我慢の時期だと言います。


 新婚夫婦はその一ヶ月を乗り越える中で、お互いの良好な付き合い方を学び、今後の長い結婚生活のスタートを切るのです。


 一見何の問題もなさそうな家族にも、多少の行き違いや不満はあります。ですが私たちは、家族の多少の欠点や悩みを妥協しながら、過ごしていかなければなりません。


 それは大変だし息苦しいかもしれませんが、それでも家族が一緒にいられるのは、大切な家族との時間はとてもかけがえのないものだから。嫌なことも妥協して、仲良くし続けていると、家族との楽しい時間はより大切で幸せなものになるでしょう。


 きっと今回の新婚夫婦はどんなゲテモノ料理を食べようとも、これから先もずっと仲良しであり続けるのではないでしょうか。


 私は関係のない身ではありますが、そう確信しています。



 彼は妻の”料理が不味い”という欠点を妥協し、それでもお互いに仲良くしようと覚悟を決めていました。


 きっとそれが出来なかったのが私の父親だったのでしょうね。


 価値観の違う同居生活に嫌悪感を感じ、2人の結婚生活に幸せを見出せず、子供を育てなければならないから離婚もできず、辛い生活を続けなければならなかった。


 どうしてそうなったのかと言うと、単純な話です。


 ”二人は妥協し合えなかった。”

 その一言に尽きます。


 結婚というのは実に残酷です。結婚したその先は、誰にも分からないのですから。



 私は静まり返る夜の街を一人歩きます。

 もうすぐ朝です。山の稜線には一筋の光が広がり、うっすらと夜の闇が晴れていくのを感じました。


 今回の托卵の家族の話は、これでおしまい。


 しかし私はこれからも様々な家族を転々としながら、様々な出会いを繰り返します。


 この帽子と共に、私の家出が終わるまでいつまでも。私の長い旅路は続いていきます。


 この先、彼らはどんな生活を送っていくのでしょうか?


 今頃私の家族は、どんな日々を過ごしているのでしょうか?


 

 彼らがどのような日々を送っていようと、私は知ったこっちゃありません。


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