二話「救世主」



 私の中学校時代、最初の頃のことを思い出すと実に悲惨で陰湿な思い出ばかりです。時折あの頃のことを思い出して、つらい気持ちになるのも屡々。


 昔から私は友達が作れず、いつも一人ぼっちでした。


 小学校の頃は私の従兄がずっと傍にいてくれたので全然寂しくなかったのですが、もうそのいとこは小学校を卒業すると共に私の傍からいなくなってしまいました。


 そんな大切な従兄のことを普段から唯一の心の拠り所として他との関わりを断絶していたので、私は人との良好な付き合い方を知りませんでした。だから私は誰と話してもうまくいかず、いつも相手と気まずくなるばかりでした。


 あの頃の私は、自分に友達が出来ないことを他人のせいにしていました。だから私は周りの子のことを過剰に敵視するようになりました。


 いつも話しかけるなオーラを出して人を寄せ付けない。いつも無愛想な顔をして他人のことを見下している。


 そんな私のことを、クラスの女子は気に入らなかったようです。


 そしていつしか私はいじめられるようになりました。いじめが起きるのはいじめられる側にも問題があると言うのは私の例を鑑みてみると顕著で、私は本当に嫌われるべくして嫌われたんだと思います。


 そりゃそうですよね。いつも周りの人のことを睨みつけて、あえて寄せ付けないように距離を取っていたのですから、そんな面倒くさい女目障りに思って当たり前です。


 私だって分かってました。


 でもどうしても彼らと相容れようとは思いませんでした。


 それは私は彼らとは違うと確信していたからです。そう私は学校のイベントがあるたびに思っていました。文化祭でみんなが盛り上がってるのを見ると、つくづくどうでもいいと思いながら窓の外を眺めていたり。体育祭でみんなが一丸となって頑張っているのを見ながら、よく頑張るねーと思いながら傍観者視点で見ていたり。参観日の日、授業が終わってみんながお父さんお母さんと仲良くしているのを見て、幸せな奴らだと嫉妬しながら見ていました。


 私は感じるのです。私はクラスの奴らとは絶対に仲良くなれない。

 あんな呑気な連中と、友達になんかなれっこない。


 私はそう決めつけて自分に言い聞かせていました。その結果、誰も寄せ付けない歪んだ性格の持ち主となり、クラスのいじめの対象となったというわけです。

 


「おいボサボサ女。何の用だ?」


 ボサボサ女、私はいつもそのように呼ばれていました。


 実に不名誉な名前ですね。ちなみにボサボサ女という名前の由来は、私の清潔感のないボサボサの髪のせいです。私は父からの遺伝で昔から髪がボサボサで、よく髪のことについてバカにされていました。


 私はクラスの一軍女子達と教室のど真ん中で対峙していました。


 私をボサボサ女と呼ぶのは彼女達を統べるリーダー的女子。彼女は素行が悪く、いつも男のように口が悪いいけ好かない子です。ろくでもない性格なのに何故か友達は多く、いつも数人の悪女を連れて私の前に立ちはだかってきました。


 そして私は今日そんな彼女たちに、荷物を取られていました。


「…私の荷物。返してください。」私は震える声でそう言いました。


「聞こえないなあ。もっと大きな声で言いなさいよ、バーカ!」


 私の荷物を振り回しながら、教室中に彼女たちの下品な笑い声が響きます。周りの見物人も、私の姿が滑稽なのかくすくすと笑っていました。

 私はとっても屈辱な思いでいっぱいでした。


「返してよ!」私は涙声になりながら叫びました。


「あれ?ボサボサ女泣いてんの?ほらみんな見てみろよ!こいつ泣いてるぜ!」


「泣き虫!泣き虫!」


 私は泣いてることをバカにされ、完膚なきまでに罵倒され続けていました。

 信じられないかもしれませんが、これが私の日常でした。


 私はお母さんに何度も相談しようかと考えました。しかし、私はお母さんに余計な心配をかけたくありませんでした。


 だから私が家に帰ってきて、「様子がおかしい」と私のことを心配してくれる母に対し、いつも「平気だよ」と誤魔化していました。この頃のお母さんは父との言い争いの日々や様々なことが重なって精神的にやつれていました。私はそんなお母さんの気苦労を増やしたくなかったのです。


 だから私はいつも歯を食いしばりながら耐え続けました。

 毎日学校を休まず、もはやいじめられに行くような感覚で学校に通っていました。

 私はそんな日々に疲れ、心が折れそうになっていました。


「ほら?カバンはここだぜ?取り返してみろよ。」


「……。」


「相変わらず無愛想な顔ね。虫唾が走るわ。」


 リーダー格の女子は私の頬を勢いよく打ちました。その刹那、私の中で何かが切れました。


「……うぅぅ。」


「だから泣いてんじゃねえよ!」彼女は私のことを蹴りました。


「…ごめんなさい…ごめんなさい」


 私はどうしようも出来なくて、ただひたすらに謝罪しました。謝罪しながら、私はこの場にいる全ての人のことを憎みました。


 誰もが私のことを知ったこっちゃないと思い、助けようとしてくれない。


 誰もが強いものの側について、弱者に成り下がらないように誰か一人を完膚なきまでに叩きのめす。そんな連中が周りの奴らです。そんな奴らとなんて仲良く慣れるわけ無いじゃないですか。私は悔しくて仕方がありませんでした。


 私を助けてくれる人はこの場にはいません。助けてくれるはずがありません。

 誰もが自分が虐められないよう、私のことをあざ笑い、見下していました。

 私は絶望し、その場から動けませんでした。



 その時でした



「うぎゃ!」


 リーダー格の女子の後ろでニヤニヤしながら私の様を見ていた不良の女の子に、見物人の中から一人の女の子突進しました。体勢を崩し、リーダー格の女子に倒れかかる不良の女の子。そのはずみに宙に放たれたカバンを、突進した女の子がキャッチしました。


 そして何が起きたのか分からず、呆然と立ち尽くすいじめっ子たちを押しのけて、彼女は私の元へ駆け寄ってきました。


「さあ、逃げるよ。」


 彼女は私の手を握り思いっきり引っ張りました。

 その勢いのまま立ち上がった私は、彼女に引っ張られながら教室を飛び出しました。


「コラー!てめえら!」


 私達がいなくなった教室には私の担任の鬼山先生が登場し、いじめっ子たちや見物していた人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出しました。しかし、いじめっ子たちは逃げ切れず掴まって、先生からきつい説教を受けていました。鬼山先生は怒ると怖いことで有名です。


 私は叱られてる彼女たちの姿を、未だ当惑しながら眺めていました。


「よしっ!作戦大成功!」


 彼女はガッツポーズをして私の方へ振り向きました。

 そして彼女は両手を後ろ手に組んで、女の子らしい仕草でわたしのことを覗き込みました。


「大丈夫?」


 彼女の髪型は私の同じ淡いピンク色。

 髪は黒いリボンで括られていて、困った人は助けずにはいられない明るくて優しい女の子。


 そう、彼女こそ私の親友”なーちゃん”です。


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