第十一話「ククースと弟くん」


「よしよし。ククースは今日もかわい~ね~」


「ああ、まるで天使のようじゃのう。」


「あらまぁ照れちゃって。かわい~ね~」


「ああ、まるで小動物のような可愛さじゃ。」


「……。」


 私はお年寄りのお婆さんの膝の上で頭を撫で撫でされていました。私の目の前にはお婆さんと同じぐらいの年のお爺さんが、私のことを写真に収めながらべた褒めしています。


 …一体どういう状況なのか私にも分かりません。


 今回の托卵の家族の家族構成はおじいちゃん、おばあちゃん、お母さん、お父さん、そして息子一人といった構成。俗に言う二世帯同居ってやつですね。別に珍しくもなんともないですが。


 そして今私のことを愛でて撫で撫でばかりしてくるこの老夫婦。おそらく彼らは普段からお孫さんのことをこんな風にかわいがっているのでしょう。正直可愛がられるのは悪い気はしませんが、あんまり頭を撫で撫でしないでほしいですね。


「あーんおじいちゃんおばあちゃん!ぼくもぼくも!」


「よしよし。なおくんも良い子良い子~。」


 私の間に強引に割り込むのは、なお君と呼ばれた彼らのお孫さん。お孫さんということは彼は私の弟ということですね。托卵の帽子の設定上の話ですけど。


 私は彼が割り込んできてくれたおかげでやっと解放されました。解放されてそのお孫さんの方を振り返ると、彼は幼い顔に似合わない物凄い殺意を込めた目で私のことを睨んでいました。あら怖い。


 そういえば私が最初に顔を合わせたときも彼は不服そうな顔をしていましたね。まあ私の知ったこっちゃありませんが。


「よし。なおと、ククース、これからおじいちゃんと出かけよう。二人の行きたいところにどこでも連れてってあげよう。」


「やったー!」


 お爺さんがそう言うと弟くんは一瞬で表情を変え喜んでいました。なので私も適当に喜んでおきました。



   ○



 私達が連れてこられたのはゲームセンター。

 ちなみに私が行きたいと言ったからではなく、弟くんの要望です。


「おじいちゃーんお小遣い!」


「ははは、少し待っとれい。」


 そう言うとお爺さんは近くにあった両替機に千円札を入れました。中から機械音がしたのちに、10枚の十円玉が取り出し口にジャラジャラと出てきました。

 おじいちゃんはその中から数枚選んで、わたしたちに渡しました。


「はい、なおとには300円。ククースはお姉ちゃんだから500円ね。」


 私は弟くんより200円多くお小遣いをもらいました。私は一瞬え?と思いましたが、私が一人っ子だから知らないだけで、きょうだいがいる家庭ではこれが当たり前なのかもしれませんね。どっちにせよラッキーです。


 すこし多くお金をもらって少し浮かれている私でしたが、弟くんは姉だからといって贔屓されていることに不満を抱いているみたいです。


「おじいちゃん!僕も500円が良い!!」


「ぜーたく言うんじゃない。お姉ちゃんはなおとのお姉ちゃんなんだから、多く貰えて当たり前じゃろ。」


 お爺さんは腰に手を当てながらそう言いました。

 姉弟間で差があるのはあんまり良い気はしませんね。きょうだいの扱いは平等であるべきです。


 まあ私の知ったこっちゃありませんから、何も言いませんけど。それに私が一人っ子だから知らないだけで、案外きょうだいがいる家庭ではこれが当たり前なのかもしれませんし。


「嫌だ嫌だぁぁああ!!」


 弟くんは足をバタバタさせながら駄々をこねました。それも大声を発しながら。

 しかしどんなに露骨に態度に表して講義しても、お爺さんは断固として彼にこれ以上お金をあげるつもりは無いようでした。


「ぐぬぬ…」


「そんな目で見ないでください。」


 あ、これは私がなんとかしないとダメなパターンですね。

 収まりが付きそうにない雰囲気だったのでここは私がおとなになって、彼に百円玉を一つあげました。これでお互いの金額は四百円ずつ。文句はないでしょう。


「流石はお姉ちゃんだ。良い子良い子。」


 せっかく私が平和的解決で済ませてあげたのに、お爺さんは私をナデナデして余計な油を注ぎます。案の定嫉妬した弟くんが先程よりもより強い殺意を込めた視線を私に送っていました。あら怖い。


「さあ、楽しんでおいで。」


「はーい。」「はい。」


 私達はそれぞれ面白そうなゲーム機のもとへ行きました。


 弟くんはクレーンゲーム。私も同じく…いえ行きません。こういう類のゲーム機は正直言って詐欺まがいの確率ゲームです。好きな景品が合っても400円では取れるわけありません。お金の無駄です。


 なので私はメダルゲームに直行しました。メダルゲームなら少ないお金で長い間楽しめます。長く遊べるかは実力次第。うまくいけば永遠に遊ぶことも可能です。それに台の種類も豊富で色々と楽しめるのでおすすめです。そして使いきれなかったお金は自分の貯金として保存してここぞと言う時に使うのです。昔、お小遣いが少なかった私の金銭テクニックです。


 昔はお父さんによくゲーセンに連れて行ってもらったものです。あの頃のお父さんはまだ私のことを気にかけてくれていたのに、どうしてこうなってしまったのか。

 …おっとまた過去を振り返りそうになってしまいました。危ないところでしたね。


 それから私はメダルゲームを楽しみ200円を手元に残しました。

 ちなみに弟くんはクレーンゲームで400円を一瞬で溶かしていました。言わんこっちゃないですね。



 次に私達が向かったのは駄菓子屋さんです。


 ちなみにこれも弟くんの要望です。まあ私はこの街のことを全く知らないので行きたい場所がありませんから正直どこでも良いです。


 お爺さんは私達に百円ずつくれました。これはお爺さんが平等にと与えたのではなく、さっきの千円の残りだということを私は知っています。


「わーい。」


 弟くんはさっきまでクレーンゲームでお金を一瞬で溶かしたことでかなり落ち込んでいましたが、いざ沢山のお菓子を目の前にすると一瞬で目の色を変え歓喜に満ち溢れていました。全く、怒ったり悲しんだり喜んだりと感情の起伏が激しい人ですね。


 ところで、私の手元には先程温存しておいた200円玉があります。


 余ったお金を貯金に回すというのも良いんですが、いざ沢山のお菓子を目の前にすると買わずにはいられません。私は自分の欲しい物をかごの中に詰めていきました。300円で自分の欲しい物をとなると結構買えますね。私のかごには大量にお菓子が入れられていきました。


 一方で弟くんは私に負けないくらい大量にお菓子をかごに入れていました。やけに多いですがお金足りるんですか?


「まいどありー。」


 結局余裕で残高オーバーしていた弟くんはいくつかのお菓子を泣く泣く元の場所へ返していました。

 お会計が終わった後、私と弟くんはお互いのお菓子を見せ合いました。


「あれ?お姉ちゃん、僕の二倍くらいあるじゃん!」


「あ、これは…」私は余ったお金で買ったと説明しようとします。しかし


「またお姉ちゃんお小遣いを多くもらったんだ!ずるい!」弟くんは聞く耳を持ちませんでした。


「いやだから…」


「ずるいずるいずるいずるいずるいーーーー!!!」


 弟くんは再び駄々をこね始めました。うるさい奇声を発しながらワーキャーと大声を出す弟くん。さすがの私も少しイライラし始めました。

 しかしこれ以上火に油を注いでお店の人に迷惑をかけるわけにもいきません。私は再びおとなになることにしました。


「仕方ないですね。ほら、少しあげますよ。」私は駄菓子を少し分けて黙らせようとしました。


「お姉ちゃんの馬鹿!」


 しかし弟くんは私にそう吐き捨てました。私はかちんと来て言い返そうと思いましたが、ここはお姉ちゃんとしてグッと堪えました。ったく、なんで私はアナタのお姉ちゃんでもないのにこんな風に言われなきゃならんのですか。


 これ以上うるさくされたら面倒なので、仕方なく私は手持ちの半分くらいのお菓子を弟くんにあげました。


 渡してもなお不満そうな表情でこちらを見てくる弟くん。もとからではありますが、私はますます子供のことが嫌いになりました。特にこういう話の通じないお子ちゃまは。


「なおと、ククース、帰るぞー」


「はーい。」「はーい。」


 まあなんやかんやで私たちは家に帰宅しました。


 正直めんどくさい托卵の家族になってしまったと思いましたが、逆に都合がいいかもしれません。こういう家族の方が変に愛着が湧かなくて済みます。現に今ものすごく他の家族に変更したいと思っていますから。


 今度からはこういう家族を厳選していこうかなと思いました。それにしてもめんどくさいですけれど。



  ○



 家に帰った頃にはすっかり日が暮れていました。なので家に入ったらすぐに晩ごはんでした。ちなみに今日の晩御飯は“豚カツ”です。


「いただきまーす。」


 食前の挨拶を一斉に唱え、わたしたちは晩ごはんを食べ始めました。ちなみに私、好きなものは最後に食べる派なもので、最初に食べるのはご飯か脇に添えてあるキャベツだと決めています。


 私がキャベツをむしゃむしゃと食べていると、何やら必死に豚カツの切り身の数を数えている弟くんのことに気付きます。なんだか嫌な予感がするのは私だけでしょうか?


「やっぱり!お姉ちゃんのほうが一個多い!」


「はぁ?」


 やっぱり嫌な予感は的中しました。

 ちなみに私と弟くんの豚カツの大きさは一緒です。ただ切り方の都合で私が六等分なのに対し、弟くんの方は五等分になっています。故に私の方が一個多いように見えると。


 …全く。本当にめんどくさいですね。弟というのは。


「ずるいよお姉ちゃん!」


「あーもううるさいですね。」


「一個ちょーだい!」


「あっ、ちょ…」


 弟くんは私の豚カツを奪おうと箸を伸ばしてきました。

 その瞬間私の中で何かが切れるのを感じました。今まで我慢してきましたがもう我慢の限界です。


「ふざけないで!これは私のです!」


 私はぐいぐいと身を寄せてくる弟くんを力強く突き放しました。

 思いの外弟くんは勢いよく吹っ飛び、近くの柱に軽く頭を打ちました。


「痛っ…うぅ、うえーーーん」


 弟くんは泣き出してしまいました。でも私は悪くありません。自業自得ですよ。


「ククース!ダメじゃないお姉ちゃんなのに。謝りなさい!」


「私が悪いんですか?」


 最初に喧嘩を売ってきたのは弟くんの方ですよ?なのに私はお母さんに怒られました。いやいや、お姉ちゃんだからって叱るのは理不尽でしょ?


「うわーん」


「ククース!!」


「……。」私は歯を噛み締めました。


 はいはい分かりましたよ。謝れば良いんでしょ謝れば。


 理不尽に叱られるのは大嫌いです。こういう時は何を言ってもお母さんのほうが強いのですぐにねじ伏せられること間違いなしです。こういう時は適当に謝るに限ります。良い気はしませんけどね。


「…ごめんなさい。」


 私は若干不貞腐れながらそう言いました。そしてさっさと残りの豚カツを食べ終えて足早に食卓を去りました。


「何なんですか、もう…」


 私はとてもイライラしていました。


 思い返してみれば家出をする前もそうでした。あの頃は毎日イライラすることばかり。同じくイライラしてばかりのお母さんとは些細なことでよく喧嘩していました。喧嘩をして毎回最後に謝るのは私でした。お母さんに逆らうことは出来ませんでした。もし逆らおうものなら、お母さんは私のことを見捨てて私を家から追い出してしまうのではないかと怖かったからです。


 だから私から謝るというのは最善で適切な判断だと言えます。しかし一番の問題は私にだけストレスが溜まっていくというところです。家出する前はいつもストレスを抱えてイライラしてまた喧嘩するという悪循環から抜け出せないでいました。


 家出をしてやっとお母さんと喧嘩しなくて済んだと思ったら、赤の他人の母親とまた喧嘩。どこの母親も同じなんですね。理不尽に叱ってくるのは。


 全く困ったものです。

 私は部屋に入って、枕を叩いてストレス発散しました。



 お風呂の時間。


 私はお風呂に入り一息つきました。やっぱりどこの家に言ってもお風呂だけは居心地の良い空間です。温かいお湯が私の心をじんわりと癒やしてくれます。全身が温まり、血が全身に回っているのを感じ、さっきまでの怒りがすーっと消えていくのを感じました。


 ちなみにこのお風呂のお湯には入浴剤が入れられています。おかげでいつぞやのタワーマンションで香っていた上品な香りが思い起こされ、私は天にも昇る心地になりました。私は気付けば心地よくなって鼻歌を歌っていました。私はお風呂に入っている間は少し上機嫌になるのです。


 そのせいで私は気付きませんでした。脱衣所に大きなネズミが忍び込んでいたことに。


「ふーっ。」


 私が気付いたのはお風呂から出て体を拭いていたときです。


「托卵の帽子がない!!」


 私は裸のまま必死に帽子を探しますが見当たりません。一体どこへ行ったのでしょうか?


「へへーん。」そして私は気付きました。


「あっ」


「悔しい?おねーちゃん。」


 犯人は弟くんだと言うことに。


「私の帽子!」


「豚カツの恨みだ!取り返せるもんなら取り戻してみろー!」


 弟くんは帽子を持って逃げ出しました。私は急いでシャツとショートパンツだけ履いて彼の後を追いかけます。帽子を取っ手お風呂に入ってから長い時間が経過しています。このままだと魔力切れで私はこの家族ではなくなってしまいます。一度切れたら二度目はこの家族に托卵の帽子は効きません。


 もうこんな時間です。この時間帯ならどの家に入ろうとしても閉まっています。自分から逃げ出すならまだしも、こういった形で今日は野宿しなければならないなんてとんでもありません。


 だから私は必死に弟くんの後を追いかけました。


「待てー!!」


 私は殺意をむき出しにして弟くんの後を追いかけます。弟くんは私のことが恐ろしくなったのか、彼が振り返った時の顔が恐怖に染まっていました。

 そして一瞬スピードが緩んだタイミングで、私は勢いのままに弟くんに飛びかかりました。


「うわっ!」「ひやっ。」


 私と弟くんは互いにもつれ合い勢いよくコケました。そしてその反動で弟くんの手から離れた帽子は中を舞、偶然開いていた窓の外へと飛んでいきました。


 そして私と弟くんがもつれ合い転がっていく先には壁があり、わたしたちは激突しました。すごい衝撃で家全体が大きく揺れました。

 壁には大きな穴が開きました。


「アンタ達…」


「あ。」「あ。」


 大きな音に驚いてやってきた母親は、壁の惨状を見て拳を握りしめます。そして母親は大きな声で怒鳴りました。


「二人とも!外に出なさい!!」


 私と弟くんは外に放り出されました。



「うわーん。」


「……。」


 私がお風呂で帽子を取ってから約45分ぐらい経過したと思います。私は一生懸命帽子の行方を探しましたが見つかりません。一体どこへ行ってしまったのでしょうか?


 そして弟くん。彼はお母さんに追い出されたショックと外の寒さと先程の恐ろしかった私のことを思い出してかわんわんと泣きわめいていました。うるさいです。元はと言えば全部あなたが悪いんでしょうに。


「ごめーんお姉ちゃん!」


「許しません。」


 私は冷たく当たって帽子を探し続けました。

 全く。誤って許してもらえたら警察はいらないんですよ。


「うわーん。」


「……。」


「お姉ちゃーん!」


「……。」


 お姉ちゃん…ですか。


 ………冷静になって考えてみると、全部私のせいじゃないですか。


 そもそも私が托卵の帽子を使って家族になる前、彼はただの一人っ子で“お姉ちゃん”と呼べる存在はいなかったはずです。故に彼は“お姉ちゃん”とは無縁の生活を送っていたのです。年上贔屓もない、家族になでなでされるのを横取りする人もいない、こうやって喧嘩をして怒られることももちろん無い。


 托卵の帽子の力で私が生まれた時からこの家で育てられたことになっているとはいえ、いきなり家族になって彼の“お姉ちゃん”となった私を、彼は本能的に拒絶してしまったのでしょう。だから今日みたいに私に執拗に突っかかってきたのだと思います。


「ごーめーんーなーさーい~!」


 本当に悪いのは私じゃないですか。


「…もう良いですよ。その代わり、一緒に帽子を探してください。」


 私は弟くんを許しました。そして一緒に帽子を探すことにしました。

 あと10分ほど。…もし無かったら諦めるしかありませんね。


「あった?」


「いやどこにもな……あった!」


「本当?」


 弟くんは帽子を見つけてくれました。私は急いで帽子を被り直し、なんとか事なきを得ました。


「良かった…これで一安心。」


「…お姉ちゃん。本当にごめんなさい。」


 弟くんは私に改めて頭を下げて謝りました。


「…こちらこそごめんなさい。」


 私と弟くんは和解しました。

 私達は家に帰り、お母さんに謝罪し家に入れてもらいました。



 私はパジャマに着替えて部屋に入ります。

 そして部屋に入って気付きました。今回の私の部屋、弟くんとの相部屋でした。

 私は布団を敷いて、弟くんがお風呂からあがってくる前に横になりました。


「入るよ~お姉ちゃん。」


 弟くんが部屋に入ってきました。そして私の横となりにあった布団を敷いて、横になっていました。


「おやすみ~」


「おやすみなさい。」


 初めての相部屋というのもあって、なかなか寝付けませんでした。私は少しの間天井を眺めながら考え事をしていました。夜の静けさが小さな部屋の中に満たされます。


「お姉ちゃん、一緒に寝て良い?」


 どうやら眠れないのは私だけではないようです。弟くんは私の手を握りそう言いました。


「ダメです。」


 私は断りました。

 そして私は頑張ってやっと寝付けることに成功しました。


 今日一日とってもギクシャクしていたのに、仲直りをし気付けばこんなに距離が縮まっています。これが姉弟と言うものなのでしょうか。私は一人っ子だから知りませんでしたが、私と弟くんはまるで本物の姉弟かのようになってしまっていました。


 これは良くないですね。

 だって私は彼の本当の“お姉ちゃん”では無いのですから。



   ○



 私は早朝に目覚め、早々と朝ごはんを食べました。

 そして素早く着替えて玄関へと足を進めます。


「……。」


 私は下駄箱からブーツを取ります。

 弟くんはまだ寝ています。あんなにお互いに怒っていたのに、絶対許さないと思っていたのに、全て自分のせいだと理解した瞬間私はものすごく申し訳なくなっていました。


 もうこの家に長居する意味はありません。

 私と彼らは所詮赤の他人同士ですからね。


「どこかに行くの?」


 私が外に出ようと玄関のドアノブを握ると、寝ていたはずの弟くんが私に尋ねました。


「…ええ。」


 私の頭の上には帽子はなく、セットしてない髪がボサボサにはねていました。ちなみに朝起きてからすぐに帽子を脱いだので、あと数秒で魔法は切れます。…だからもうこの関係もこれで終わりです。


「そっか。」


 弟くんは笑って


「いってらっしゃい。お姉ちゃん。」


 と言いました。 

 私は彼に行ってきますと返しませんでした。

 だってもう二度とこの家に帰ってはきませんから。


「…私は貴方のお姉ちゃんではありませんよ。」

 

 かわりに私はそう弟くんに返します。 

 私の言葉に一瞬疑問符を浮かべいていた彼の顔が、一気に懐疑的な表情へと変わりました。

 恐らく帽子の魔力が切れたのでしょう。


「さようなら。」


 私はそう言い残し去っていきました。



 どこか寂しげな背中を彼の方に向けたまま。

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