第21話 後妻斡旋?

 マホガニー色の広い机から、やっと書類の山が消え去った。達成感で一息つこうとしたエマの前に、招待状が積み上げられた。

 持ってきたデルマナが、間髪入れずに説明を始める。


「こちらの山は見る価値もない方からの手紙です。この程度の家柄でカロッタ家に招待状を送ってくるなんて、以前なら考えられません!」

 そう言ってエマを睨む目は、「魔力なしのお前が名門カロッタ家を貶めている!」と叫んでいる。

「こちらの分は、カロッタ家と十分釣り合いが取れる家からの招待状です」

 デルマナのお眼鏡にかなう家は、それ程多くはなく今日も二通のみ。その内の一通である赤紫色の封筒をエマは開けた。


 山となっているのは、ヒューゴへのお茶会や夜会への招待状だ。もちろん招待されているのはヒューゴだけで、エマは存在さえ消されている……。

 別にそれに対して不満はなく、エマはただただ感心するのみだ。

 既婚者であるヒューゴに『自分の娘を紹介するからお茶会に来てくれ』『夜会で自分の娘をエスコートしてくれ』なんて、普通なら大問題だ。

 それができてしまうのは、ヒューゴの妻が、この国では存在を無視して構わないエマだからだ。


「そのお茶会の招待状は、フーシャ伯爵家からです。カロッタ家ほどの名門ではありませんが、商売が成功していて財政に問題はありません」


 普段のデルマナはエマのことは極力視界に入れないように避けて、会話などもってのほかだという態度を崩さない。なのに、この時間だけは饒舌だ。


「フーシャ伯爵家には、エリス様という二十歳の令嬢がいらっしゃいます。学院を優秀な成績で卒業された才媛で、大きな赤紫色の瞳が印象的な美人です」

「なるほど、封筒は瞳の色なのね」

「人柄もよく、領民からも好かれていると聞いています。何より魔力の量が多いと折り紙付きの方ですから、ヒューゴ様にもカロッタ家にも相応しい……」

 デルマナが言い終える前に、執務室の大きく厚い扉が弾け飛ぶように開いた。


 こんな振る舞いが許されるのは、この家ではただ一人。当主であるヒューゴだけだ。

 部屋がパリパリと凍るほどの怒りと共に、ヒューゴは長い足で一気に二人の前に立つ。

 執務机の山を一瞥して舌打ちしたヒューゴは、そのまま無言でエマが手にしていた招待状を奪い取った。呆然とするエマには見向きもせずに、険しい表情で手紙に目を通す。

 これ以上深まりようがないように思えた眉間の皺が、グッと深まった……。

 怒り、呆れ、失望。そんな目をデルマナに向け、逃げ出したいほどに恐ろしい低い声をぶつける。


「デルマナが俺の後添えをエマに斡旋していると、屋敷内で噂になっている。そこまでするはずがないと思いたかったが……、事実なのだな」

「カロッタ家のためです」

 デルマナは怯むことなく、ヒューゴの目を見返した。


 デルマナは乳母以上に侍女以上に、愛情と尊敬をヒューゴに注いできた。それが分かっているから、ヒューゴもデルマナが気づくのを待った。

 そうやって猶予を与えたのは、ヒューゴに変化をもたらしたのが誰なのか、デルマナに分からないはずがないと信じていたからだ。


「この家でエマを認めていないのは、デルマナだけだ」

「…………魔力なしは、カロッタ家にも、ヒューゴ様にも、相応しくありません!」

「いい加減にしてくれ! 魔力とか、釣り合いとか、うんざりだ! 相応しいかどうかを決めるのは俺とエマであって、お前ではない!」


 決定的な亀裂を修復すべく、エマが二人の間に割って入った。

「待って! 待って! 待って! 行き違いがありそうです!」

 怒りの収まらないヒューゴは、エマにまで怒りの迸る目を向ける。


「違うことなんてない! こんなにも何も見えない、分かろうともしない者だとは思わなかった!」

「違うの、本当に違うの!」

 デルマナを庇い、エマは前に立つ。ヒューゴと向かい合い、凍り付きそうなほど冷たい目を真正面から受け止めた。


「デルマナさんは何も悪くない。『招待状の中から、カロッタ家に相応しい令嬢を抜き出して教えて欲しい』とお願いしたのは私です!」


 予想もしない言葉に、ヒューゴから怒りが抜け落ちた。残ったのは、困惑だ。


「どうして……、そんなことを……?」

「カロッタ家に私のような出来損ないの血を混ぜるのは望ましくないからです!」

「俺はそうは思わない!」

「伯爵がそう思っても、この国はそう思わない! 魔力なしの子供が、この国で幸せになれるはずがない!」


 エマの痛々しいほどの苦しみを前に、ヒューゴの瞳が揺れている。

「カロッタ家の血筋を考えれば、魔力の高い方を選ぶべきです! 子供のことを考えれば、大事な跡取りの存在を貶めるだけでなく、悩みを共有できない母親なんて不要です!」


 エマが親となれば、子供が「魔力なしの子供」と中傷される未来は明らかだ。

 そういう場面を誰よりも見てきたエマだからこそ、自分の子供にもカロッタ家にも、そんな思いはさせたくない。だからこその、後妻探しだ。

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