第7話 交渉? いえ、殴り込みです

 魔道具が使えないエマに、この屋敷での生活は厳しい。使用人達が助けてくれるはずもなく、相変わらず見下されている。

 そんな非道な仕打ちにエマが泣いて飛び出して行くと思っていたカロッタ家の人達は、予定通りにいかず首を傾げていた。

 魔力がないことを悲観したエマが、部屋の隅でグズグズと泣いていると思っているのだろうが……。


 ――そんなのは、十五年前に卒業してるのよ!


 この家の使用人はエマのことを徹底的に無視するのに、部屋の外に出ることを嫌がる。普通に部屋を出て玄関から研究塔に向かうことはできないとなれば、部屋の小さな窓から出て行くしか方法がない。

 ついているのかエマの部屋は半地下にあり、窓があるのは地面と同じ位置だ。這い出た後は、研究塔に向けてただひたすら走るのみ。

 エマのことをグズグズと泣いているだけの魔力なし令嬢だと思っている使用人達が、脱走に気付くことはないだろう。



 半地下の部屋から見上げるよりも、実際の研究塔は大きくて高い。

 歴史を感じるどっしりとした雰囲気の屋敷と比べて、ベージュの塔は装飾もなく大きな倉庫のようだ。だが、セキュリティ意識は相当高いらしく、扉は魔道具で制御されていてエマでは開けることができない。

 魔道具の効果がある扉をぶち破るには、大型の馬車でも突っ込ませなければ無理だ。でも、そこまでしてしまったら、さすがに話し合いにならない。かといって女性であるエマの細腕で扉を叩き続けても無視されるのが関の山。


 辺りをぐるりと見まわしたエマは、研究材料の一部らしき太い木を手に取った。

 「魔道具効果で扉は頑丈よね?」と微笑むと、扉に向かって力いっぱい打ち付けた。もちろん、何度も。

「カロッタ伯爵~! 一週間待っても現れないようですから、手間を減らすために妻自ら会いに来ましたよ~!」

 そう叫びながら二十回位扉を殴りつけていると、内側からガチャガチャという音がようやく聞こえてきた。


 扉が開いた先に立っていたのは、ダークブロンドの短髪に緑色の目をした青年だ。

 年齢的には伯爵と同じくらいに見えるが、普通に美丈夫で骸骨魔道具師には見えない。

 伯爵ではなさそうだけれど、人の良さそうな緑の目からは激しい怒りが溢れている。エマの訪問を歓迎しているとは、とても思えない。


「カロッタ伯爵と話をしに来ました。すぐにでも面会を希望します!」

「それは無理です。ヒューゴ様はお忙しい身です。さっさと部屋にお帰り下さい」

 緑の目は、にべもない。


「そんなのは承知の上です。こっちは不本意ながらも一週間待ったのですから、さっさと話をさせて下さい!」

「それは貴方の勝手な都合だ! ヒューゴ様には、貴方に割いている時間などない! 妻だなんて思い上がるな!」

「私を思い上がらせたくないのなら、今すぐにでも会うべきです!」

「だから、そんな時間はないと言っている!」

「貴方は伯爵の代理人? 貴方と話をして解決できますか? 貴方は伯爵の権限を、どれだけ持っているの?」

「俺はヒューゴ様の研究助手で、この家の未来の家令だ。ある程度のことは任されている!」

「ある程度のことって、夫婦のことも?」

「生活する上で必要なことは全てだ!」

「権限を委譲している委任状は、もちろんありますよね? ただの口約束には、法的権限はありませんよ?」

 緑の目は、ついに唇を噛んで黙り込んだ。


「別居するにも離縁するにも、私のことを厄介払いするには話し合いは必要よ? それをせずに放っておくなんて、お互いに無駄な時間を過ごしていると思わない?」

 エマの発言は予想外で、緑の目が見開かれる。


 ――カロッタ家の人達は、王命は私の我儘で押し切られたと思っているのよね……。その勘違いのせいでカロッタ家でも我が儘の限りを尽くすと思われているから、話が色々ややこしくなるのよ。


 胡散臭そうな目でエマを一瞥した緑目の男は「ついて来てください」と言って、振り返ることなく灰色の通路を歩き出した。

 中に入れてもエマを信用していないのは、前を行く背中からもひしひしと感じられる。


 縦も横もエマの二倍はある大きな茶色い扉の前で、緑目の男はようやくエマを振り返るとギョッとした。

 目を見開いたまま、エマの手元を指さす。

「その棍棒のような木は、こちらに渡していただきたい!」


 入り口の扉を開けさせる際に使った棒を、ついつい無意識で持ってきていた。エマが棒を渡すと、男はその重さにまた目を見開いた。


「自己紹介が遅くなりましたが、私はカロッタ家の遠縁でヒューゴ様の身の回りのことを任されているヘンリー・スタルトです。家令と侍女長の息子です」


 であれば、エマに対する態度が悪くても納得だ。

 家令であるタイラー・スタルトも、侍女長であるデルマナ・スタルトも徹底的にエマを無視している。

 息子と同じように、魔力も無いのにエデンバーグの名を使ってカロッタ家の妻の座を手に入れたと思っているのだ。


「エマです。エデンバーグの名もカロッタの名も、名乗るつもりはありません」

 ひょろりと高い背以外は、麦藁色の髪に灰色の目をした平凡なエマだが、言葉からは意志の強さを感じる。

 その言葉には全くの濁りがなく、ヘンリーが自分の思い込みを少し疑ったくらいだ。


「この先はヒューゴ様の研究室です。ヒューゴ様は少し変わって……いや、研究に集中していますので、エマ様に気付くのに何時間かかるか分かりませんが、よろしいですか?」

「一週間待ったのだから、数時間ぐらい我慢します」

 エマがそう言うと、魔道具で防御された扉が開いた。

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