第6話 要らない花嫁

 アジエラの話の翌日に連れていかれた先は、見たこともない屋敷だった。どうやら、ここがカロッタ家らしい……。

 エデンバーグ家に戻りたかった訳ではない。あの家に行っても、誰一人から歓迎されないのはエマだって分かっている。

 だからといってドレスショップで着替えさせられ、そのまま荷物同然に嫁ぎ先に届けられるとは思いもしなかった。


 カロッタ家に着くなり通されたのは、驚くほどに地味で陰気な応接室だ。家の主の趣味の悪さに驚く。しかも、その部屋に似つかわしくない派手なアルビーが一緒にソファーに座っていている。

 この状況を説明してもらわないことには話にならない。


「今は何をしているのでしょうか? 伯爵との顔合わせですか?」

「この結婚は王命で、すでに手続きも済んでいる。今日からここが、お前の家だ」

 さすがにこれにはエマも驚いた。


 ――十五年振りにアースコット国の土を踏んだ足で、見知らぬ人の家に今日から住めと?


 式をしたいなんて思わないが、何か文句は言いたい。

「婚約式はともかく、結婚式もないのですか?」

「結婚式なんてして、恥をかくのはお前だ」

 そう言ったアルビーの顔は無表情で冷たく、正しかった……。


 アースコット国の結婚式は、貴族平民問わず魔道具を使った華やかなものだ。新郎新婦の魔力が強ければ強いほど、豪華絢爛となり両家の幸せな未来に花を添える。

 エデンバーグ家とカロッタ家といえば、国でも一・二を争う魔力の多い家系だ。誰もが王族以上の結婚式を期待するだろう。

 だが、エマではそれは不可能だ……。


「ヒューゴ様は王妃様の甥で膨大な魔力を持っているのよ! そんな名門カロッタ家の奥様が、まさか魔力なしのエデンバーグの出来損ないだなんて!」

「いくらヒューゴ様が研究に没頭されて陛下の言う通りに動かないからって、こんな仕返しはあんまりよ! とんだ厄介者を掴まされたわ!」

「魔道具を使えない人なんて、初めて見るわ! 魔力なしの分際で、カロッタ家の女主人を名乗ろうなんて浅ましい!」


 部屋の外から聞こえてくる声は偶然ではない。エマに聞こえるように、わざと言っているのだ。

 言っているのは使用人だ。書類上はカロッタ家の女主人であり、エデンバーグ辺境伯家の令嬢であるエマに言って許される言葉ではない。

 だが、この国では彼女達の弁が正当なのだと、エマは嫌と言うほど知っている。


 ――私には魔力がない。アースコット国ではあって当たり前で、最も尊ばれるものが、私にはない……。


 隣に座っていたアルビーが部屋から出たが、何をしているのかはエマには分からない。

 もしかしたら使用人達とエマの悪口で盛り上がっているのかもしれないが、それ以降はエマを貶める声は不思議なことに聞こえてこなかった。

 だが、アルビーが部屋に戻ってくることはなく、既に夫である伯爵が顔を見せることもなかった。




 空が闇に飲まれると、当然部屋も暗い影に覆われる。真っ暗闇の中でエマは、サクロス国の宿屋でもらったランプに火を灯す。

 ぼんやりとした灯りが部屋を照らす。

 たった一つの小さなランプで全てが見渡せる部屋は、とてもじゃないけど女主人の部屋とは思えない。

 多分物置か何かだった部屋だろう。窓は北側に一つだけだし、以前あったであろう棚の跡やら染みが残る壁からも、エマが歓迎されていないは明らかだ。


 自分が歓迎されていないのは、一週間前にこの家に来た時から分かっている。

 たった一人で一時間ほど待たされた挙句、やっと現れた家令と侍女長から出てきたのは、おざなりの謝罪だった。

 謝罪している間もずっと値踏みするようにエマを見て、落胆を隠さずにため息を吐く。

 腹が立つというより、エマは感心した。


 宿屋のアジエラの話だと骸骨魔道具師と呼ばれる伯爵は、随分と常軌を逸した人物のように思えた。だから、自分と同じようにこの国のはみ出し者で、周りからも疎まれているとエマは思っていたのだ。

 だがしかし、カロッタ伯爵は使用人からは非常に尊敬され愛されているようだ。それは使用人の言葉や態度から、よく分かった。


 そんなカロッタ伯爵は、予想通り一週間経ってもエマには会いに来ない。

 望まないとはいえ、王命で既に夫婦にされてしまっている。

 エマと伯爵には、話し合わなくてはならないことが山積みなはずだ。なのに、この一週間、伯爵はその義務さえも果たそうとしない。


 ――問題から逃げたって、何の解決にもならない。それなのに放っておくのは、怠慢でしかないわ!


 商業ギルドで働いてきたエマのモットーは、「交渉は自分で!」だ。

 間に人を介すとろくなことがないのは経験済みだ。しかもできるだけ早急に手を打たないと、厄介事が増えて面倒になる。


「一週間も待った。もう、これが限界よ……」

 ランプの灯を消したエマは、今日も煌々と明るい研究塔を眺めて不敵に微笑んだ。

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