第5話 エデンバーグ家の出来損ない

 いつもなら兵士が食事を運んでくるのに、その日は宿屋の従業員が部屋に来た。昼間にやり合った件が尾を引いているのだろう。

 いつも嫌々だという態度を隠さない彼等と顔を合わさずに済んで、エマにとっては喜ばしい限りだ。


「こんなに暗くては食事ができません。明かりをつけますよ」

 部屋に明かりがつくと、エマとそう年の変わらない気の強そうな娘が立っているのが見える。

 アジエラと名乗った赤髪の娘は、物珍しそうにエマを見ていた。

 聞かなくても理由は分かる。

 明らかに高位貴族と分かる立派な馬車に乗っているのに、エマの身なりはグレーの木綿のワンピースで平民そのものだ。

 アジエラの好奇心に満ちた瞳は、「一体何者なの?」と叫んでいる。

 食事を置いても何か言いたげにしているアジエラは、エマにとっても大事な情報源になりそうだ。


「エデンバーグ家の例の娘が王命で嫁ぐって噂を聞いたのだけど、本当かしら?」

 アジエラは細くつり上がった目を真ん丸にした。

「……そのことを知らない人がいることに驚きだよ」

「王都に用事があると言ったら、領主様の荷物を運ぶ馬車に、ご厚意で乗せてもらえたの。私はサクロス国との国境にある小さな村に住んでいるから、噂話には疎くて……」

 エマの身なりから納得したのか、アジエラはベラベラと話をしてくれた。


「カロッタ家と言えば、代々魔力量が多いことで有名な名門だよ。今の当主様は歴代の中でもとんでもなく魔力が多く、優秀な宮廷魔道具師だ。そんな方に、エデンバーグの出来損ないを嫁がせるなんて、あり得ない! 国王はどうかしてしまったって、みんなが言っているよ!」

 目の前にいるのが出来損ない本人ですと告白しても、アジエラが詫びることはないだろう。アースコット国でのエマの扱いはその程度だ。


「カロッタ伯爵は、断らなかったの?」

「いくらカロッタ家が王妃様の実家とはいえ、さすがに王命は覆せなかったのだろうね。伯爵が可哀相だよ」

「それだけ優秀な人なら、縁談がいくらでもあったでしょう? どうして貧乏くじを引かされることになったのかしら?」

 カロッタ伯爵は二十八歳だという。そんなに優秀で前途洋々な若者が、自分と結婚するなんてエマにはどうしても腑に落ちない。


「カロッタ伯爵は、確かに優秀な宮廷魔道具師なのだけど……」

 そう言いかけたアジエラは、人を小馬鹿にするようにニヤリと笑った。

「変人で有名なのよ」


 アースコット国で魔道具といえば、最も大切なものだ。

 それを作れる魔道具師は、魔力量が多く優秀でなければなれない。その中でも宮廷魔道具師といえば、この国の英知と言っても過言ではない。こんなに軽んじられるべき存在ではないはずだ。


「王城にある研究所に通う時間がもったいないって言って、自宅の敷地内に研究所を立ててそこから出てこない。だから、国王陛下からの呼び出しも無視。その上、研究にのめり込み過ぎて食事も睡眠もとらず、『骸骨魔道具師』って呼ばれているのよ」

「……が、いこつ?」

「研究所から出てこないから目撃情報は少ないのだけど、ガリガリに痩せこけて目が落ち窪んだ骸骨って話よ……」

「何それ? 化け物?」

 エマは本気で聞いているのに、アジエラは「違いない!」と言ってケタケタと笑っている。


「カロッタ前伯爵の姉が王妃になっている名門だし、領地には良質なクリスタルがあるから裕福だし、今をときめく宮廷魔道具師だし、本来であれば令嬢達が押しかけてきてもおかしくないスペックなのにね」

 アジエラの言う通りだ。

 カロッタ伯爵家に嫁げば、王家との繋がりはできるし金銭的援助も受けられる。しかも相手は、宮廷魔道具師だ。これ以上の好条件はないだろう。


 お礼としてあげたデザートを口に放り込んだアジエラは、クリームのついた口の周りを舌で舐めると下卑た笑いを見せる。

「貴族の令嬢は見た目を気にするからね。楽な生活をさせてもらえるなら、平民は喜んで嫁ぐけどね」

 そう言った後に急に声を落としたアジエラは、「だからって、カロッタ家に近寄ったら駄目だよ」とエマに耳打ちする。

「令嬢だけでなく平民も寄り付かないのは、カロッタ伯爵が魔道具開発のために人体実験をしているって噂があるからだよ」

「人体実験? まさか……。噂でしょう?」

「噂だって馬鹿にできないよ。今まで何人もの使用人が廃人になったり、帰ってこなかったって話よ」


 言いたいことを言ったアジエラは、「もうそれ食べないなら下げるわよ!」と言って半分も手を付けていない夕食を持って部屋から出て行ってしまった。

 ばたんと大きな音をたてて閉じた扉を見ていたエマは、自分が連れ戻された理由を悟った。

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