第26話 心変わり?

「……えぇぇっ?」


 初対面のあの言葉がヒューゴの真実だと思って、エマは今日まで駆け回ってきた……。

 ずっと心に重く居座っていた発言を撤回されてしまっては、もう何が何だか分からない。


「エマと出会ったばかりの俺は、母の死を受け止められていなかった。『母の意思を継げる子供に家を継がせる』ことこそが、俺が両親にできる唯一の謝罪だと思い込んでいた」

「……おもい、こみ?」

「思い込みだ。両親がそんなことを望んでいないと教えてくれたのは、エマだろう?」

「そんなことを言いました? ちょっと違う気がする……」


 ――うん。大分違う。


「とにかく俺は、エマと離縁するつもりはない!」

「……ない? 何で?」

「俺の妻は、生涯エマだけだからだ!」

「……意味が分からない。どうして……?」

「そんなのは、俺がエマを愛しているからに決まっている! そんな俺に『自分と離縁して、他の女から次の嫁を選べ』なんて、正気の沙汰とは思えない!」

 そう言われれば、確かにその通りなのだが……。エマはどうにも納得がいかない。


「……えーっと、その、伯爵が私を愛しているなんて、たった今初めて知ったのですけど……?」

「そんなはずは……」

 ない! と言いかけたヒューゴの目が泳ぐ。自慢の頭脳で、自分の発言を思い起こしたのだろう……。


「まぁ、その……、もしかしたら……、言いそびれていたのかもしれない」

「もしかしなくても、言いそびれていましたね」

「……人を好きになるとか、そんな気持ちは生まれて初めてだ! どうすればいいかなんて分からないのだから、言いそびれることだってある! ましてや俺達は既に結婚している!」

「王命で気づいたら結婚していた訳ですけど? あれだけ暴言を吐いた相手に、何も伝えなくて理解してもらえると?」


 再びの睨み合いで、先に折れたのはヒューゴだ。

「俺が言いそびれたせいで、こんなどうしようもない茶会が開かれるところだった。猛烈に反省している」

「反省という言葉を使っているけど、ただの嫌味じゃないですか!」

「エマは周りの気持ちを察する能力に長けているのに、自分の気持ちと俺の気持ちには鈍感すぎることに気付くのが遅れた。これからは気をつける」

「…………」

 やっぱり嫌味だけど、それがヒューゴだ。


 ジュードに気持ちを伝えられた時は申し訳なさで一杯だったのに、今のエマは温かくてふわふわした想いで満たされている。

 その気持ちを認識したエマの全身が真っ赤に染まり、嬉しさのあまりにやけてしまう。

 顔を引き締めるのに苦労してると、ヒューゴまでがつられて真っ赤になっている。お互いに目のやり場がない……。


「俺はエマを愛している。だから離縁はしない! エマがこの国を出たいのなら、当然俺も一緒だ」

 真っ直ぐで熱い視線をエマに向けたヒューゴがそう言い終えると、自動的に執務室の扉が開いた。


 ――自動? そんな魔道具、なかったよね?


 呆然とする二人の視線の先には、ドアノブに手をかけたデルマナが立っている。そのニコリともしない顔を、エマ達から部屋の外にいる令嬢達に向けた。


「これでお分かりいただけましたね? カロッタ夫妻が離縁するなんて事実はありません。カロッタ家の妻の座は空きませんので、待つだけ無駄です」


 扉の前に集められた色とりどりの令嬢達は、完全に顔色を失っている。希望を断たれる状況を見聞きさせられたのだから、当然だろう。

 彼女達の悲壮な顔はデルマナが扉を閉めることで消えたが、自分達の蜜月とも言える痴話げんかを見聞きされた二人の羞恥心は消えない……。


 閉められた茶色い大きな扉を呆然と見ていた二人の視線が、ゆっくりとお互いに向けられた。

 顔なんて火を噴いて爆発しそうなほど熱いけど、今は目を逸らす時ではない。


「……今までにない恥ずかしさを感じますけど……。えっと、王命で決められただけの結婚ではなくなった、でいいのですよね?」

「……エマが俺と同じ気持ちなら、そうなるな」


 恥ずかしさにほんの少しの不安が混じった声だ。その声を聞いて、初めてエマはハッとした。


「そう言われれば、『ヒューゴ様が好きです』って言ってないですね……」

「……んっ! まぁ、そうだな……。言いそびれなら……、お互い様だ。うん、気にするな」

 エマ以上に真っ赤になったになったヒューゴが、エマの手を取って立ち上がる。


「この部屋は暑い! せっかくの茶会の準備を無駄にするのは、もったいないな」

「そうですね! 久しぶりに外でお茶をいただきましょう」

「エマの作ったエンガディナーが食べたい!」


 カロッタ家の庭では、どの花よりも当主夫妻の方が赤いという事態が暫く続いた。

 その微笑ましい光景は、カロッタ家全員の心を癒し、束の間の穏やかな時間を与えてくれた。



〇〇〇


最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!

コンテスト参加のため、いったんここで終わりとなります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私、何も持っておりませんので……、あしからず。 渡辺 花子 @78chan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ