第25話 カロッタ家のお茶会

 様々な色の花が咲き乱れるようになったカロッタ家の庭では、その日「何て可愛らしい庭なの?」「ここは、アースコット国?」という言葉と共に感嘆のため息が漏れていた。

 驚いているのは、花よりどぎつい色のドレスを着て化粧を施した美しい令嬢達だ。誰もがヒューゴの気をひこうとお互いに牽制し合い、庭は戦場さながらの臨戦状態に陥っていた。


 そして、臨戦状態なのは、庭だけではなかった。

 マホガニー色の家具が並び落ち着いた雰囲気のはずの執務室は、ヒューゴの剣呑な殺気が導火線に火がつく寸前だ。

 そんなヒューゴとソファーで向かい合ったエマは、ひたすら首をかしげている。


 ――伯爵は怒っている、のよね? さっきから一言もしゃべらないし……。でも、怒られるようなことをした覚えがない……。


 先に沈黙を破ったのは、この状況に耐えられなくなったエマだ。

「……えっと、何かお気に召さないことが、ありましたか?」

「この意味不明な茶会だ」

 怒っているはずなのに、平坦な声。そのアンバランスさが恐怖で、エマの背筋に冷汗がつたう。


 意味不明と言われたお茶会の招待客は、デルマナが厳選してくれた魔力も家柄も申し分ない令嬢達だ。ヒューゴが誰を選んでも、カロッタ伯爵夫人に相応しい。


 ――伯爵が望む相手を集めたのに、どうして? 伯爵は無表情のまま、瞬きどころか眼球は微動だにせず私を睨んでいる……。伯爵が妻に望むのは、優秀な跡取りを産むことだよね? 


「……全てが気に入らない」

「伯爵の気に入った方が、招待されていませんでしたか? 魔力と家柄重視でしたので、申し訳ありません。お茶会を開く前に、伯爵の意向を確認しておけばよかったですね」


 ――まさか伯爵に意中の人がいたとは、想定外だわ……。何だろう? 動悸が急激に早くなった。やたらと胸が苦しくて苦い思いが奥底から突き上げてくる……。


「……伯爵じゃない。ヒューゴだ」

「はい、存じ上げております。ヒューゴ・カロッタ伯爵です」

「そうじゃない! 呼び方の問題だ。俺はエマの夫なのだから、『カロッタ伯爵』ではおかしいだろう? ちゃんと『ヒューゴ』と呼ぶべきだ」

「ど…………」

 「どうして?」と疑問をぶつけたい発言だが、氷の魔王と化したヒューゴを前に何も言えなくなった。


「茶会を開くのは構わないが、その趣旨がどうして俺の嫁選びなのかが分からない。ロンバルト商会のあいつと共に、エマは俺から離れるつもりか? サクロス国で、あいつと暮らすのか?」

 無表情だったヒューゴの顔が、迷子の子供のように不安げに悲しそうに歪んだ。


「ジュードとは仕事上の付き合いで、友人です!」


 ジュードとの新しい関係を思い描くことは、エマにはできなかった。

 そんなエマにジュードは「今、エマの心に浮かんだ未来を大事にしてよ。俺はエマの友人として、ずっと応援する」そう言ってくれた。


 エマが思い描いたのは、ヒューゴが家族と幸せに過ごす未来だ。


 ――例えそこに私がいなくても、伯爵が幸せならそれでいい。


「私は、サクロス国には帰りません。大陸を出て、色々な世界を見て回ろうと思います」

「……大陸を、出る? どこに行くのだ?」

「うーん、まだ決めてはいないのですが、どの国に行っても伯爵の功績と魔道具の宣伝は欠かしません!」


 サクロス国に戻って以前と同じ生活は、エマにはもうできない。

 ヒューゴへの未練もみんな断ち切って、魔力や家名に振り回されることなく、新しい環境で一から生き直すと決めたのだ。


「そんな宣伝なんて、俺は望んでいない」

「そうですね。伯爵が望むのは、カロッタ家の血を残すことです。これから国の英雄となる伯爵の血を受け継ぐ跡取りを産み育てるのは、魔力なしで後ろ盾のない私では役不足です」


 ――だからこそ、伯爵に相応しい令嬢を集めたのに! やっぱり王命が決断力を鈍らせているのね。


「私達の結婚は王命ですが、この離縁によって伯爵やカロッタ家が罰せられることはないと陛下の言質は取っています!」

 胸を張って言ったエマに対して、ヒューゴは額に手を置いてため息をついている。


「国王なんて、どうだっていい」

「えっ? 王命は絶対だって、話ですよね?」

「国王も国もどうでもいい。何か言ってくるなら、俺もエマと一緒に大陸を出る」

「……そんなことをしたら、伯爵が守りたいカロッタ家が大変なことになりますよ?」

「構わん!」

 ヒューゴの態度に迷いはない。だからこそ、エマの脳内は疑問ばかりだ。


「伯爵の望みは、カロッタ家の血を残すことですよね? 優秀な自分の血を引く子を育て、母親から受け継いだ『身分に関係なく誰もの生活を助けるのが魔道具だ』という信念を引き継ぎたい。間違っていませんよね?」


 ――伯爵は魔力のない私では、子を育てられないと言った。伯爵のお母様のように子供の理解者になれないからだ。だからこそ、この場から立ち去る決意をしたのに……。


 ヒューゴは「あっーー!」と苛立った声と共に、セットされた黒髪を激しくかき乱した。

 出会った頃のようにぼっさぼさの頭をしたヒューゴは、「初対面でエマに言った全てを取り消したい。とにかく謝る!」と言って頭を下げた。

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