第24話 ロンバルト商会

 そわそわと落ち着かないエマが待つ応接室に入ってきたのは、意外にもジュードだった。

「わざわざジュードが出向いてきてくれたの?」

「『魔力がなくても使える魔道具を売りたい』と、エマから連絡をもらったのだからね。商人としたら、一番初めに自分の目で確認したいだろう?」

「まぁ、そうね。うん! それだけの価値がある商品だわ」


 魔道具を売る販売ルートの了承を国王から取ったエマが、まず最初に連絡したのはロンバルト商会だ。

 ロンバルト商会は、大陸でも最大手の規模と信用を誇る。ヒューゴの発明した魔道具を売るのに、これ以上の相手はいない。


「まずは自分で体験して欲しい。その瞬間に、伯爵の凄さが分かるから」


 魔道具の売り込みと共に、ヒューゴの功績を称えるエマは気づかない。ジュードの真剣な眼差しは、魔道具より自分に向けられていることに……。


 サンプルとして準備された魔道具を試したジュードは、興奮を隠せない。

「この魔道具は、エマが言う通り世界を変えるよ! 一番最初の交渉相手にロンバルト商会を選んでくれたことに感謝する」

「この魔道具が特別なのは分かっていたけど、ひいき目になっている不安もあったの。厳しい商売人であるジュードにそう言ってもらえると自信になる」

 愛おしそうに魔道具に触れ、嬉しそうに微笑むエマを前に、ジュードの興奮も冷める。


「えっ? どうしたの? 何か気になる点がある?」

「魔道具には何もないよ、完璧だ。ただ……」

「ただ?」

「仕事ではビジネスライクに割り切るエマに、公私混同させる骸骨魔道具師のことを羨ましいと思っただけ」

「あら? もう骸骨じゃないのよ!」

 そうやってムキになるエマも、ジュードは初めて見る。


 突然アースコット国に連れ去れたエマは、ずっと辛い思いをしているのだとジュードは思っていた。

 魔力が全ての国で、その権化のような家に嫁がされたエマをすぐにでも救い出すつもりだった。

 だが、アースコット国を食い物にする悪徳商人の取り締まりに思いの外時間を取られ、思うように時間が作れなかった。他の者に任せようと思ったが、エマを侮辱した商人を自分の手で地獄に落とさないと怒りも収まらない。

 そうこうしている内に、魔道具を売り出したいという手紙がエマから届いた。


 エマのことだから自力でアースコット国を飛び出してくるだろう、そう高をくくって安心していた自分をジュードは呪った。

 エマからの手紙には、魔道具に対してよりも、開発したヒューゴに対する称賛があふれていた。そこには尊敬とは違う感情も垣間見られ……。

 焦ったジュードは「魔道具は自分が確認したい!」と騒ぐ父親を押えて、国を飛び出してきたのだ。

 今まで見たことがないエマの表情を見る限り、遅かったのかもしれない。

 そうは思っても、もう十年以上もエマを思ってきたのだ。ジュードだってそう簡単には諦められない。


「知っているよ。今までは気味悪いと言って見向きもしなかった貴族の娘が、こぞってカロッタ家伯爵の妻の座を狙っているそうだね?」

 カロッタ伯爵の身も心も健全にしたのはエマなのに、そのエマを蔑み排除しようとするアースコット国がジュードには許せない。


「健康な身体も名声も手に入れたカロッタ伯爵に、もうエマは必要ないだろう?」

 ジュード自身も随分と意地悪な言葉だと思ったが、エマの気持ちをヒューゴから遠ざけたくてきつい言葉を選んでしまった。

 こんな風にエマに寂しい笑顔をさせたかったのではない……。


「ごめん。そんなことが言いたかったわけじゃない! 自分を否定する国のために力を尽くすエマは素晴らしいよ? だけど、この国に、そこまでする価値はあるかな?」

「この国のためになんて思ってないのよ? 命を削ってまで魔道具の研究に力を注ぐ伯爵の情熱に触れて、その熱意と才能を世に知って欲しいと私が思っただけ」


 やっとの思いで何とか平静を装ったジュードの腹の底は、押し込められた黒く苦い思いで破裂寸前だ。


「アースコット国が世界から認められるのはエマの功績なのに、この国がエマを受け入れることはない。この国はエマを苦しめるだけだ! エマはサクロス国で自由に生きるべきだよ!」

「この国からは出るつもりよ」

 ジュードがホッとしたのも束の間。


「国を捨てることには何の未練もないのに、伯爵のことが気になるの」

「…………」

「もちろん、もう私が面倒を見る必要がないのは分かっているよ? 伯爵が新しい奥様を迎えるためにも、私は早く出ていくべき。でも、何だか無性に寂しい気持ちになるというか……。離れがたいというか? ここから去ったら、心が空っぽになりそうっていうか……。ごめん、何を言っているか分からないね」


 恥ずかしそうに笑うエマを前に、ジュードは自分がすべきことを決めかねた。

 男としてか、友人としてか、どっちの自分を優先させるべきか? どうすればエマが幸せになれるかなんて分かっているのに、どうしても諦められない自分がいる。


「こんな時に、こんな所で言うべきではないと分かっている。でも、もう我慢ができないから言わせてもらう!」


 仕事となれば聡いのに、色恋には完全に鈍いエマ。同情でも友情でも何でもいいから、自分に絆されてくれないかと淡い期待をジュードは言葉に込める。


「『星まつり』で、俺はエマにプロポーズをするつもりだった」

「! ……」

「エマが俺のことを戦友としか見ていないのは知っている。でも、俺はエマがずっと好きだ。今まで通り、友達としてからで構わない。俺との新しい未来を、エマの選択肢の一つに入れてくれないか?」

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