第23話 国王との謁見

 外から見る城の姿は要塞だけど、中身までが無骨な石造りではなかった。

 エマが今いる謁見の間も、繊細な彫刻が施された白い柱が何本も高く伸び、天井には美しい絵画が描かれている。外からは想像できない大きな窓から光が差し込む明るい部屋だ。

 玉座は芸術作品としか言いようのない彫刻や装飾が、歴史を感じる飴色の木に施されている。その透かし彫りの美しさを引き立てるように、落ち着いた臙脂色の天鵞絨が背もたれと座面を覆っている。


 椅子が放つ威圧感は半端ないが、国王は玉座には座っていない。

 玉座から離れた場所に置かれた椅子で、国王とエマは向き合っていた。 

 赤髪に青い目をした国王からは、とても優しげな顔を向けられている。テーブルを挟んだだけの距離だと、国王であることを忘れてしまいそうな穏やかさだ。


「エマが城に来ると聞いたので、無理に時間を作らせてしまったな」

「陛下の貴重なお時間を、わたくしのために割いて頂き光栄です」

「そうかしこまらなくてよい」


 エマが身分制度のないサクロス国での暮らしに馴染んでいるとはいえ、「はい、そうですか」という訳にはいかない。

 大体、今回の謁見だって驚きだった。


 何としても国王と面会したいとは思っていたが、エマの立場は国内最下層だ。エマから申し込みをすれば、カロッタ家が非難を受ける。ヒューゴに間に入ってもらうとなれば、理由を説明しなければならない。それはエマとしては避けたい……。

 どうしたものかと悩んでいたところで、国王から声がかかったのだ。


「そんなに緊張する必要はない。久しぶりにエマに会いたかったのだ」

 にこやかにそう言われても、エマの中では国王とは初対面だ。

 戸惑うエマに気付いた国王が「エマが記憶をなくす直前に会ったことある」とわざわざ教えてくれて、何だかもう恐れ多い……。

 色々と交渉したいことがあったのに、どう切り出せばよいのか分からなくなってしまった。


「サクロス国の商業ギルドと連携して、我が国に詐欺を働く商人を一掃してくれたと聞いている。よくやってくれた」

「身に余る光栄に存じます。私はサクロス国のギルドに少し話をしただけで、後の交渉は宰相様達のお力です」


 なんて言ったが、プライドの高い宰相は「身分制度がない国の平民」とギルド長を見下した。腹を立てたギルドが何もせずに手を引こうとしたところを、エマが取り持って解決までの道筋を立てたのだ。

 それを分かっているのか、国王はエマに謝意を示す。


「また我が国のために活躍してくれたことを、嬉しく思う。何か希望することはあるか? 今回の働きに見合うものを与えたい」

「そのお言葉だけで十分です。と、言うべきところなのでしょうが。この国の常識が分からない不届き者としては、二点お願いがございます」


 最高権力者である自分に、臆することなく真っ直ぐに向けてくる視線。当時と色こそ違うが、その力強さは変わらない。エマに昔の面影を感じながら、国王は「聞こう」とうなずいた。


「カロッタ伯爵が開発した『魔力のない者が使える魔道具』を、隣国に販売する許可をいただきたいと思います」


 今後の国の未来を変える大きな話なだけに、さすがに国王の目も厳しくなる。

 話がこじれる前に、私利私欲による発言ではないとエマは先手をうつ。


「カロッタ家で利益を得るためのお願いではありません。もちろん国を通して販売してください」

「国益にするということか?」

「もちろんです。販売元はアースコット国です。販売ルートの確立を、わたくしにも担わせていただきたいのです」

「エマにそのルートがあるのは分かるが、それによってカロッタ家にもエマにも利点はないだろう?」


 ヒューゴがエマのためだけに作った魔道具は、今はまだヒューゴしか作り出すことができない。その上、ヒューゴはエマ専用としか考えていない。

 量産して販売すれば多大な利益が見込めるが、そのためには国王がヒューゴに頭を下げる必要がある。その手間も販売ルートもエマが受け持つと言っているのだ。一体どんな裏があるのかと、国王が疑いたくなるのも分かる。


「この魔道具は絶対に売れます。アースコット国の稼ぎ頭になるでしょう」

「我が国の主要な輸出品となるし、魔力の国としての地位も大きく見直される」


 魔道具を手に入れるため、他国も今までの態度を改めざるを得ない。


「それ程までに価値がある商品なのに、個人が使うだけで眠ってしまうのは非常にもったいない。きちんと世に出して、カロッタ伯爵の功績として残したいのです!」

「……それだけのために、面倒なことに一役買うというのか?」

 信じられないとばかりに、国王は青い目を見開いた。


 エマにとっては、『それだけのこと』ではない。

 魔道具が使えないのは仕方がないと、割り切っているつもりだった。だが、初めて魔道具が使えた時、震えるほどの感動が心の奥底から湧きあがった。


「わたくしにとっては、それだけの価値があることです。カロッタ伯爵が魔道具にかける情熱を、国内に関わらず多くの人に知ってもらいたいのです!」


 ――周辺諸国からアースコット国が馬鹿にされるのは気にならないけど、その中に伯爵が含まれるのは我慢できない。『身分に関係なく誰もの生活を助けるのが魔道具だ』という教えの通り、私のような出来損ないのために力を尽くしてくれた。私にできる恩返しがしたい!


 エマの強い気迫に、国王は完全に押されている。

「……そうか。ならば、販売を許可しよう」

「ありがとうございます」

 立ち上がり頭を下げるエマは、心の中で大きくガッツポーズをしていた。この交渉が上手くいかなければ、二つ目のお願いが意味をなさないからだ。


「では、もう一つの願いを聞こう」

「ありがとうございます。二つ目の願いは、カロッタ伯爵とわたくしの離縁についてです」

「…………」

 国王は真顔のまま、言葉を失った。


「陛下もご存じの通り、カロッタ伯爵は健康を取り戻しました。今の伯爵の妻になりたい方々は、以前と違って列をなしています」

「……ヒューゴを変えたのは、エマだろう? なのに、他の者に妻の座を譲ると言うのか?」

 王の疑問はもっともだが、アースコット国でそんなことを考える者はいない。


「カロッタ伯爵ほどの才能と魔力がある方の伴侶は、周りから軽んじられる魔力なしであってはなりません。伯爵の能力を正しく受け継ぐ子が産め、魔力の高い子供の気持ちを理解し守れる方と再婚されるべきです!」

「……ヒューゴの功績を国外でも認めさせるために骨を折るのに、離縁を望むのか?」

「伯爵の妻がわたくしでは、相応しくありませんので!」


 国王は何か言いたげにしているが、エマは止まらずに先を続ける。

「王命を覆すことになりますが、全てわたくしの都合です。罰せられるのは、わたくし一人でお願いします。アースコット国の大きな国益の中心にいる伯爵には、一切の非はありません!」


 ヒューゴを罰すれば国益を失うことに繋がるぞ、と暗にほのめかす。

 自分の迷いや辛さを飲み込んで、この選択がヒューゴのためだと信じるエマに国王はため息をついた。

 その様子からもう一押しだと感じたエマは、一気に畳みかける。


「わたくしのような者を忘れることなく、素晴らしい伴侶を選んでくださった陛下には大変感謝しております。ですが、この国のためにも、わたくしは身を引くべきです!」


 ヒューゴがいるはずの研究塔に視線を移した国王は、「馬鹿者が」と呟いたがエマの耳には届かない。


「私からの褒美だと言ったのだ。離縁しても、二人のことも、カロッタ家とエデンバーグ家のことも罰したりはしない」

「ありがとうございます!」

 満面の笑みで頭を下げるエマは、やり切った解放感で飛び上がりたい衝動を抑えた。


 ――これで伯爵も希望通り立派な跡取りを手にできるし、産まれてくる子供も母親と引き裂かれない。こんなに嬉しくてホッとするのに、妙に虚しいのはどうしてだろう?


 喪失感が気持ち悪くて深く考えるのを止めたエマに、国王は一言付け足した。

「離縁については、ヒューゴとしっかり話し合うように」

「はい! 然るべき時に!」

 意気揚々とエマが退室すると、国王は研究塔に向かって舌打ちした。

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