第22話 奇跡の大発見と大発明
ここ最近のヒューゴの表情は優れない。
理由は二つ。
一つは、エマのための魔道具開発が暗礁に乗り上げていること。
魔道具は魔力がなければ使えない。魔力がなくても使える魔道具なんて、今までとは全く別の代物だ。そう簡単に作れるはずがない。それでもヒューゴには、絶対に作り上げる理由がある。
二つ目は、エマの後妻探しが止まらないことだ……。
この問題に関しては、初対面の発言で既にやらかしている。今更どう言えば分かってもらえるのか、魔道具開発以上に難問となっている。
魔道具の開発が進まない中、少しでも自分の気持ちを分かってもらいたいヒューゴがエマを連れ出した先は応接室だ。
普段は地味で少し陰気な応接室だが、今日は少し違う。
領地でとれた良質なクリスタルが届けられた今日は、部屋中がキラキラと輝いているのだ。
基本的には無色透明だが、カロッタ家の山からとれる物は色付きが少なくない。
「このピンク色のクリスタルなんて、エマ様にピッタリだ!」
領地から運んできた担当者は、ニコニコの笑顔でピンクのクリスタルをエマの前に置いた。
赤ちゃんの拳ほどの淡いピンク色のクリスタルは本当に可愛らしいが、それが自分に似合うかと言われるとエマは首をかしげてしまう。
平凡な容姿だし、性格も可愛らしくはない。
女らしいと言われたことはない代わりに、男気があるとはよく言われた。そんな自分のどこに、このピンクが似合うというのだろうか? とは思っても、気を利かせてくれた担当者の気遣いを思えば否定などエマにはできない。
エマらしくなく曖昧に微笑む横で、ヌッと腕を伸ばして淡いピンクのクリルタルを手に取ったのはヒューゴだ。
「この優しい色は、確かにエマらしいな」
しみじみとそう言うヒューゴに、エマの目は見開かれる。
「優しい? 私が……? うるさいとか小賢しいとか生意気の間違いじゃないですか?」
「そういうところがないとは言わないが、エマは誰に対しても平等に優しいだろう? 最初に思いつくのは、そこだ」
「…………」
揶揄っているのかと思いヒューゴを見上げれば、その顔は真剣そのものでクリスタルをまじまじと見ている。
「サイズ的にも『守り石』になりそうだな。俺からエマにプレゼントしよう」
「……まもり、いし?」
「我が領に昔から伝わるお守りみたいなものだ。こうやって自分の魔力と共に、相手の安全や幸せを願う心を込める」
ヒューゴの両手でギュッと色々込められたクリスタルは、輝きが増した気がする。
ひんやりと冷たいクルスタルを手に置かれたエマは、急激に心拍が跳ね上がり、高熱が出たみたいに顔まで真っ赤になってしまう。
――自分らしくない可愛らしい淡いピンク色が似合うと言われ、その理由が優しいから? それだけでも十分未体験だけど、安全と幸せまでを願うお守りをもらえるなんて。そんなの初めてすぎて、泣きそう。
エマは何とか心を落ち着けようと、クリスタルを握り締めたまま部屋の隅まで走った。ヒューゴの側では、どうしたって落ち着けない。
「どうした?」
そう言われても「嬉しすぎて、泣きそう」なんていう素直さは、残念ながら持ち合わせていない。自分の怪しい行動を隠す言い訳を必死に考える。
「……えっーと、このクリスタルには魔力が込められているのですよね。これを持っていれば魔道具が使えるのかなと思って……」
適当なことを言いながら魔道具のランプに触れると、驚くことに明かりが灯った……。
「あ、れ?……ランプ、ついた?」
予想外の事態を受け止められず、エマは呆然と振り返る。
答えを求めた先には、叫び損ねて口を大きく開いたままのヒューゴが立っていた。
クリスタルに魔力が込められると知ったヒューゴの行動は早かった。
クリスタルにどれだけの魔力が込められるのか、ヒューゴ以外の人間でも込めることは可能なのか、魔力を込めたクリスタルがあればどの魔道具でも使用できるのか。ひたすら実験の連続だ。
実験するに当たって、サンプルは多いほどいい。カロッタ家だけでは頭数が足りなくなり、宮廷魔道具師達にも協力を仰いだ。
となればエマとヒューゴの大発見は、王家も揺るがす事態になっていく。
馬車の窓に顔をくっつけるように、エマは外の様子を見上げている。
「私、生まれて初めて王城に来ました」
初めて見る王城は、想像とは大分違う。
「何となく物語に出てくるような、白亜の細長い塔がある城を想像していました」
「何となくというか、この国が詐欺にも気付かないお花畑の頭だからだろう?」
お花畑頭らしい空想上の城を想像していたと言われてしまえば、その通りなのだが……。
「……言葉が直接的過ぎるので、もうちょっとぼかして言ってもらえませんか?」
「そんなことをしたら、俺が理解できない」
「まぁ、そうですね……」
ヒューゴの言葉には裏がない。そういう人だから、人の言葉の裏を読もうともしない。
「俺もエマ様と同じ感想です。アースコット国の城が要塞なのは違和感がある。戦うなんて選択肢を持たない国民性なのに、城だけがこの国から浮いている」
「まぁ、ヘンリーの言う通りだな。国軍なんて名ばかりのお飾りに過ぎない国だ」
エマもため息をつきたくなる程に、二人の言う通りだ。
戦う準備のないアースコット国の城は、灰色の塀で囲まれた要塞だ。
窓は極端に少ない上に小さい。華々しい式典なんて似合わず、他を寄せ付けない物々しい雰囲気だ。
一体どうしてこんな作りなのかと思っている間に、いつの間にか城内に入っていた。
高い塀に阻まれて気づかなかったが、中もなかなかの要塞だ。長く急な坂を登らないと城には辿り着けないし、堀まで張り巡らされている。
ちょっと息が詰まるほどの鉄壁な守りだが、一体何から身を守る必要があったのだろうか?
研究塔は城のすぐ隣にあり、城同様に何かから守られているように見える。その内部はカロッタ家の研究塔と似ているが、違う点と言えば人の多さだ。
カロッタ家は広いが、無人かと思えるほどガランとしている。それに比べて、王城の研究塔は大勢の人がせかせかと忙しそうに働いている。
あまりの人の多さにエマが驚いていると、ヘンリーが「これだけの人間の仕事量が、ヒューゴ一人に遠く及びません」と教えてくれた。
――凄い人だとは思っていたけど、本当にずば抜けて優秀な人なのね。そんな人に結婚相手に私を選ぶなんて、国王の頭はお花畑なのね……。
宮廷魔道具師の中心にいるヒューゴは、クルスタルに魔力を込める実験結果に目を通しながら周りに指示を出している。
実は魔力なしでも使える魔道具は、もう完成している。
今のヒューゴの興味の対象は、クリスタルにどの程度の魔力を留められるかということだ。
「俺以外の誰でもクリスタルに魔力は込められるが、魔力量の差が結構あるな」
「ヒューゴ様ほどの量を求められても困ります。魔力が多い者なら、十分にクリスタルに魔力を込められると証明されています」
研究塔の責任者がそう断言する通り、魔道具師や貴族や平民に協力してもらって既にサンプルは取れている。
ヒューゴたちのやり取りを少し離れた場所で見ていたエマは、隣にいるヘンリーに小声で話しかける。
「これって、貴族や魔力の高い平民にとっては、素晴らしい副業になると思いませんか?」
「副業って……。エマ様のための魔道具ですよ? ヒューゴが自分以外の魔力を込めさせるはずがありません」
ニヤリと企みを隠せないエマの笑顔を前に、ヘンリーは「……そのための、謁見……?」と言って口元を押さえた。
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