第20話 ヒューゴの魔道具

 魔力の少ない平民用に改良された魔道具は、貴族にも好評だった。公表しないだけで、魔力の少ない者は貴族にも多いのだ。となれば魔道具の改良が後を絶たない状況となるのは目に見えていた。

 今まで通りなら、その全てをヒューゴが一手に引き受けて改良していくはずだ。

 しかし、今回は違った。

 少ない魔力でも反応するように基礎部分を修正可能にして、それを公表するだけでなくヒューゴ自ら宮廷魔道具師に指導したのだ。

 当たり前のことに思えるが、今までのヒューゴを思えば驚きでしかない。


 緑だけでなく可憐な花も増えた庭では、ヒューゴとエマとヘンリーとセキレスがいつも通りお茶を飲んでいた。

 いつも通りじゃないのは、話題になっているヒューゴの変化だ。


「あいつらでもできることを、わざわざ俺がやることはないだろう」

 この発言だって、ヘンリーからすれば天変地異くらいの衝撃だ。


「魔道具に関しては、どんな些細なことでも自分でやらないと気が済まなかったヒューゴが……?」

「旦那様も遂に周りを信じる余裕ができたのですねぇ」

「そうやって人を育てることも、上に立つ者の役目です」


 褒められているのか見下されているのか分からない言葉の数々に、ヒューゴは一気に不満顔だ。


「何だか馬鹿にされている気がするが……」

「馬鹿になんてしてないだろう? 人に仕事を振るのもそうだが、人の意見に耳を傾けるようになったヒューゴの成長に感心しているだけだ」

「……まぁ、確かに以前だったら、他人の話なんて研究の邪魔だと考えていたな……」

 そう言ったヒューゴはチラリとエマを見た。

「だが、なんだ? えっと……、その、あれはあれで意味があると言うか……」

「もじもじして気持ち悪い! 子供じゃないのだからはっきり言え!」

 これが以前からの二人の関係性なのだろうが、ヒューゴが健康を取り戻してからヘンリーは容赦がない。


 ヒューゴは一瞬口をキュッと閉じたが、エマの方を向くと照れ隠しで頬をかいた。

「……実際に使っている者の話を聞くのは、研究者としてなかなか有意義な時間だった。別に要望書を見たことが、きっかけになった訳ではないがな……」


 残念な言い方に顔を顰めるヘンリーとセキレスだが、エマは嬉しそうだ。

 領民も平民も大喜びだし、ヒューゴの変化につながったのならエマだって嬉しい。


 ーーただ、自分だけがみんなと気持ちを共有できないのが、残念でならないのよね……。


「『魔道具が使えなくて悔しい!』って思ったのは、今回が初めてです!」

「……ん? どういうことだ?」

「どの改良版を持っていった時も、平民街のみんなは『使いやすくなった!』『まるで魔法のように変わった』って本当に喜んでいましたよね。あの笑顔を見ていたら、その感動を理解できない自分が悔しくて!」


 ヒューゴが要望書に応えてくれたことは嬉しいことだけど、『使用者』として感謝の気持ちを返せないことがエマには心残りだ。


 ーーみんなと同じ笑顔で、伯爵を褒め称えたかった。


 つい気持ちが緩んで本音をこぼしてしまったが、難しい顔で考え込むヒューゴを見てエマはすぐに後悔した。

「あっ、別に、魔道具が使えないからどうのって話じゃないですよ? 今までだって問題なく生活でできています! ただ、平民街のみんなの感動や喜びとか、カロッタ伯爵の凄さを体感できなくて悔しいと言うか……」


 アワアワと必死に弁解するエマの視界に影が伸び、見上げればヒューゴが立っていた。その視線は余りにも真剣で、何だか怖いくらいだ。


 ーー絶対にとんでもないこと考えている!


「俺に任せておけ!」

「ん?」

「俺が必ず、エマも使える魔道具を開発する!」

「……………」


 無謀を通り越して乱暴とも言える発言に困り果てたエマは、ヘンリーとセキレスに助けを求めた。

 こうなっては何を言っても聞かないと分かっている二人は、「諦めろ」と首を振るだけだ。


 ーーお礼が果てしなくスペシャルすぎる。私は、もうすぐこの家を去るのに……。


「…………伯爵のそのお気持ちだけで、私は嬉しいです。お忘れかもしれませんが、私には魔力がありません」

「問題ない! 俺の手にかかれば、そんなのは些細なことだ!」

「……………」

「エマも俺の作った魔道具の便利さを知るべきだ!」

 自信満々に笑うヒューゴを前に、エマは言葉を失った……。

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