第19話 魔道具に関する要望書
「そんなはずがない!」
「そんなはずが、ある!」
「この魔道具を作ったのを、誰だと思っているのだ?」
「カロッタ伯爵です!」
「俺は完璧だ! 間違いなど、絶対にない!」
「だぁかぁらぁ、間違いではなくて、調査不足だって言っているではないですか!」
「調査不足でもない!」
「なら聞きますけど、伯爵は平民の生活を知っていますか? 見たことがありますか?」
「……見たことは、ないが。本を読んだし、人から聞いた」
ずっと勢いのよかったヒューゴの声が一気にしぼんでいく。
「人から聞いたって……。骸骨魔道具師を相手にして、まともに話せる人はいませんよ!」
この不毛な言い合いを終わらせるため、エマは寝る間を惜しんで仕上げた十センチほどの紙の束をヒューゴの鼻先に突きつけた。
「何だ? これは?」
「領民からの意見をまとめた『魔道具に関する要望書』です」
分厚い束をパラパラとめくり紙の全てが文字で埋め尽くされているのを確認したヒューゴは、目を見開いた。
「……こんなにか?」
「こんなに、です!」
はっきりと断言され、ヒューゴは「信じられない」と呟きながらも要望書に目を落とす。
最初こそブツブツと文句を言いながら読んでいたヒューゴだったが、途中からはエマには分からないことを唱え始めると、研究室に消えていった。
それから三日、ヒューゴは散歩には現れず、エマが作ったお菓子は庭師親子の胃袋に収まった。
あの要望書のせいでヒューゴのプライドを傷つけてしまったかと、エマもさすがにちょっと心配している。
ヒューゴはあれで、意外と傷つきやすい……。そう思うと、研究塔に行くのも躊躇ってしまう。
そんな心配も、三日ぶりに顔を見せたヘンリーによって解消された。
「ヒューゴ様ですが、食事と睡眠はしっかりとっています。『完璧に改良するから待っていろ!』と、エマ様への伝言を預かってきました。相変わらず偉そうですよ」
そんな苦笑いでの報告を聞くと、健康だけではなく周りにも気遣えるようになったのだとエマはホッとした。
そう思うのはエマだけではなかったようで、庭師親子も「多少は人のことが考えられるようになったな」と話している。
ヒューゴ第一のヘンリーまで、うなずいて恭しくエマを見てくる。
「私達ができなかったことを、エマ様はこんなに短時間で成し遂げて下さった」
涙ぐみそうなヘンリーの肩を、ダントスは「分かっている」と叩いた。
「俺は生まれて初めて国王に感謝している。我が当主様に、得難き嫁を与えて下さったからな」
三人の温かな視線が、エマには痛い……。
――ありがとう。でも、ごめんなさい。魔力も後ろ盾もある令嬢が女主人となる方が、絶対にカロッタ家のためになる。当主が作った魔道具も使えない嫁なんて、カロッタ家の評判を貶めるだけで何の役にも立たない。
あれからまた三日後にやってきた得意満面のヒューゴは、改良したランプを手にしていた。
要望書に応えてくれただけで驚いたが、もっと驚くことが、その日に起きた……。
この五年間の間、ほとんど研究塔から出ることのなかった男が「今からこの試作品を試しに平民街に行く」と、そう言ったのだから……。
国王からの招集にだって応えなかったヒューゴが、自分の意思で平民街に行くと言う。屋敷内が縦にも横にも揺れんばかりに動揺したのは言うまでもない。
「私まで同行する必要がありますか?」
「『俺の作った魔道具は、使えなくてガラクタ同然だ』そう書かれた要望書を持ってきたのはエマだぞ? エマには見届ける義務がある! それに、使えない魔道具しか作れないと思われたままではいたくない!」
屋敷を飛び出す際に、ヒューゴはエマも連れ出した。
要望書を渡した人間として、確かにエマには見届ける義務がある。だがそれ以上に、ヒューゴはエマに見直してもらいたいという気持ちの方が強いようだ。
「もうすぐ平民街ですが、試作品を試す当てはあるのですか?」
切れ味鋭い瞳をキョトンとさせたヒューゴは、「歩いている奴に声をかければいい」と言う。
エマもつられてキョトンとしたが、思い直した。平民街に行ったのも数えるほどのヒューゴに、知り合いがいると思う方がおかしい。
「あら! これは! 今までと違って、きちんと反応してくれますよ!」
「本当か? お前より俺の方が反応しないことが多いから、試させろ。……………本当だ! 俺でもちゃんと反応する! もう一回やってみても?」
「何度でも確認してください。そのために来たのですから。カロッタ伯爵も、そう望まれています」
ヒューゴがうなずいたのを見ると、商会長はホッと息を吐き奥に向かって声をかける。
「エマ様がそう言うなら、従業員みんなに確認させるよ!」
現場調査をする当てがないと言うヒューゴのために、エマは最近懇意にしているハードリー商会に頼んだ。
部屋に入ってきた十人の従業員達は、改良した魔道具に興味津々だ。もちろん、元骸骨魔道具師であるヒューゴにも。
分かりやすいことに全員が魔道具だけではなく、健康と共に美しさを取り戻したヒューゴをまじまじと見ている。中でも女性の従業員はうっとりと見つめていて、商会長の奥さんに注意されていたくらいだ。
その後もいくつかの商店に回ったが、どこに行っても改良版の魔道具もヒューゴも評判は上々だ。
「たった六日で、これだけ完璧な改良ができるなんて……。伯爵は本当に凄い魔道具師なのですね」
「今更何を言っている? そんなのは当たり前だ」
ヒューゴがあまりにも偉そうで、ついエマは一言物申してしまう。
「それだけの腕を持ちながら、五年も気づけないなんて、もったいなかったですね」
「……平民と接する機会がなかったからな……。俺達と魔力の量がこれほど違うと、気付けなかっただけだ」
「塔にこもりっぱなしで、外に出ませんでしたからね。それでは知りようがないですよね?」
「……それは……、昔の話だ! これからは、こうやって調査ができる! もう同じ過ちは繰り返さない!」
「さすが凄腕の魔道具師ですね! 対応が早いです!」
エマの言葉にヒューゴが「当然だ!」と微笑むと、周りから黄色い悲鳴が上がった。
何が起こったのだと驚くヒューゴは、一日中向けられていた熱い視線に全く気付いてなかった様子だ。
「カロッタ伯爵の姿を一目見ようと集まった娘さん達が、今の笑顔を見て熱狂中です」
「意味が分からん」
興味なくそう吐き捨てた様子からも、意味を知ろうとする気がないのが分かる。
研究が全てのヒューゴにとっては、自分の見た目なんて関係ない。「骸骨より健康な方が効率よく研究ができるからよい」程度のものだ。
とはいえ、いくらヒューゴが自分の人気に興味がなくても、改良された魔道具以上にヒューゴ自身が話題になることは止められない。その話が当然平民街だけに留まるはずはなく、あっという間に社交界にも広まった。
そうなってしまえば、話題は妻であるエマにも及ぶ。
魔力なしの出来損ないを散々貶めた挙句、そんな妻を娶ることになってしまったヒューゴに同情が集まるのは一瞬だった。
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