第18話 前カロッタ伯爵との密談②

「間違いなく、素晴らしい人だったよ。ヒューゴの魔力量の多さは、母親譲りでね。あの子の苦しみを理解し、導いてくれた」

「伯爵からも、素晴らしお母様だったとお聞きしています。だからこそ、自分の子供にも同じ環境を与えたいのでしょうね……」

「心の支えだった母親を亡くして、ヒューゴは心を閉ざしてしまった。そして、心を閉ざしたのは、幼いヒューゴだけではなかった。父親である私も、妻の死の闇に飲み込まれてしまった……」


 世の中を子供が一人で生きていくのは難しく、家族や大人の力が不可欠だ。父親がその役目から逃げてしまったのなら、ヒューゴも大変だったはずだ。

 エマだってデイビス家の人達がいなければ、今頃まともに生きていたか分からない。


「私が妻の死という現実から逃げている間、ヒューゴの支えとなってくれたのが、デルマナを始めとした昔からの使用人達だ」


 ――伯爵が父親から愛されていないと思う理由は、これか。父親が妻の死を乗り越えられなかったから、余計に自分を責めた。


「デルマナ達はヒューゴを生かすために甘やかしすぎたのだ。だが、それを咎めるのが父親の仕事だが、私はそれをしなかった……。その結果が骸骨魔道具師の誕生だ」

 デルマナ達のせいではなく、非は自分にあると前伯爵は言いたいのだろう。


「伯爵は……もう骸骨ではなくなりましたから、ご安心ください」

「エマのおかげでヒューゴが人間に戻ったと、タイラーやヘンリー、実はデルマナからも聞いている。もう感謝しかないよ。本当にありがとう」

「たまたま伯爵を説得できる本を持っていただけですから、大したことはしていません」

「たまたま、ね……」

 意味ありげにそう呟いた前伯爵は、エマの背後にある肖像画をジッと見つめた。だが、すぐに視線をエマに戻すと、何事もなかったように話し出す。


「デルマナの無礼な態度も容認してくれていると聞いているが、カロッタ家の女主人はエマだ。エマの好きなように処分してもらって、私は構わない。私がこの屋敷から出て隠居した方がいいのであれば、そうするつもりだ」

 前伯爵の口ぶりは「その手はずは整っている」とでも言いたげで、エマの緊張感が一気に高まる。


 カロッタ家の事実上の当主は、今でも前伯爵だ。だからこそ何を決めるにも前伯爵の了承が必要だと思い、エマは会いに来たのだ。

 エマがしたかった話は、デルマナや前伯爵を追い出すことではない。むしろ、逆の話だ。予想外の方向に話が進んでしまって、焦って声も上ずってしまう。


「ちょっと待ってください! 領地からもタウンハウスからも、前伯爵は手を引くということですか?」

「その通りだ。エマの手腕なら、この領地をもっと豊かにできる。私がいては、エマの足を引っ張るからな」

 前伯爵は、領地やタウンハウスの管理をエマに任せると言っている。そんなのはエマからすれば、「冗談じゃない!」の一言だ。


「私が前伯爵に会いに来たのは、カロッタ家の女主人は、私では役不足だと伝えるためです!」

 エマの言葉に、今度は前伯爵が呆然としている。

 前伯爵から見たエマは、カロッタ家の女主人どころか領主に相応しい。そのエマからまさか離縁の話を切り出されるなんて、全く思ってもいなかった。


「魔力のない私は、カロッタ家には相応しくありません!」

「私も領民も、エマにカロッタ家を任せたいと思っている」

 前伯爵の願いに首を振ったエマは、客観的事実を伝える。


「伯爵と私の結婚は、『骸骨魔道具師』と『出来損ない』という国のはみ出し者同志が宛がわれただけです」

「……そんな……、身も蓋もない」


 有能な魔道具師を輩出するカロッタ家の血筋は、国のために失うわけにはいかない。だが、骸骨魔道具師に嫁ぎたい者はいない。だからこそ、嫁ぎ先どころか、この国に居場所もないエマに白羽の矢が立ったのだ。

 だが、状況は変わった。


「今のカロッタ伯爵なら、どんな令嬢でも選び放題です。実際にエデンバーグより高位で評判の良い令嬢から、お茶会や夜会への招待状が押し寄せてきています」

「二人の結婚は王命だよ? 勝手に離縁なんて許されない!」

「この結婚は王命とはいえ、理由が理由です。カロッタ伯爵が魔力のある令嬢と婚姻を結び直せるなら、国王だって大喜びのはずです!」


 王命は絶対だが、この王命は違う。カロッタ家の血を途絶えさせないための応急処置のようなものだ。

 代々大きな魔力を受け継いでいるカロッタ家の嫁に、家名だけで魔力なしのエマではリスクが高すぎる。ヒューゴに他の選択肢ができた今、わざわざ危険を冒す必要はない。


「私に問題があるとして離縁すれば、カロッタ家にお咎めはないはずです!」

「そんなことをすれば、エマやエデンバーグ家の咎になるではないか!」

「それを理由に私を勘当できると、エデンバーグ家は飛び上がって喜びます!」

 自信満々なエマの前で、前伯爵は頭を抱えてしまった。


「……そんなはず……。とにかく、エマは無傷じゃない。身分剥奪の上、国外追放になりかねない」

「望むところです! その勲章を持って、さっさとサクロス国に帰ります!」

 恐ろしいことをにこやかに望むエマの野望を知った前伯爵は、両手で顔を覆うとソファーに沈み込んでしまった。


「……結婚は家だけではなく、エマとヒューゴの問題でもある。二人で話し合った結果に私は従うよ……」

 弱々しくそう呟く声を聞いたエマは安堵した。


 カロッタ家に迷惑がかからないように準備をするつもりだが、実質当主である前伯爵には了承を得ておきたかった。きちんとお墨付きがもらえたのなら、後はもう行動あるのみだ。


 部屋に入った時の緊張感は消え去り、浮足立って出て行こうとするエマを前伯爵は呼び止めた。

 その顔は真剣そのものというか、決死の覚悟のような必死さが見て取れて、エマも背筋が伸びる。


「私が妻と結婚したのは、彼女の魔力が高かったからではない。むしろ、彼女に魔力なんてなければよかったと思うよ。魔力さえなければ、あんな最期は避けられた……」


 「魔力がなければよかったなんて、そう簡単に言わないで欲しい!」エマはそう言ってやりたかったが、前伯爵はどんな顔をしているのかが見えないほどうなだれている。

 この国の考えは自分には合わないのだと、エマは何とか気持ちを落ち着かせた。

 何だか上品な部屋が、急に淀んでしまったように思えてきた。エマは無言で頭を下げると、その場から逃げるように去った。

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