私、何も持っておりませんので……、あしからず。
渡辺 花子
第1話 星まつり
雲一つない藍色の空には、白い星が瞬いている。
今日の空は特別で、星が光り輝くだけではない。五年に一度だけ、流星群が見られる特別な日だ。
この特別な日を与えられるのは、この大陸だけ、たった四カ国だけだ。となれば、どの国でもサクロス国と同じように、国を挙げてのイベントになっている。
たったひとつ、アースコット国を除いては……。
「この夜空を見上げることを禁じるなんて、あの国はどうかしてる……」
「え? エマ、今何か言った? ちょっと聞こえなかった」
「何でもない。独り言だから気にしないで」
エマはそう言うと、一緒に『星まつり』に来たマーサに向かって微笑んで見せた。
マーサは何か言いたそうに口を開きかけたが、エマの笑顔を見ると何も言えなくなってしまう。エマには昔から、家族同然のマーサにだって踏み込ませてくれない場所がある。
「エマが家に来てから、もう十五年経ったわね」
「早いね……。デイビス家に預けられたのが九歳で、偶然にもその日は『星まつり』だった」
「覚えているよ。ずっと無表情でその目に何も映さなかったのに、流星群だけは別だったものね」
夜空を見上げたマーサは、十五年前のエマとの出会いを思い出す。
マーサから見たエマの第一印象は、『笑いもしなければ泣きもしない感情が抜け落ちた人形みたい』だった。
当時のエマはサクロス国の言葉を全く理解していなく、誰かが声をかけなければ一日中ぼんやりと椅子に座っていた。
怯えているわけではない。ただそこにいるだけで、何も見ていないのだ。そんなエマがこんなに感情豊かになったのは、同い年で何かと世話焼きのマーサの力が大きい。
今日だって「『星まつり』は家でのんびり楽しむわ」と言うエマを、家から連れ出してきたのはマーサだ。
頭がよくて好奇心も強い。何事にも挑戦したがるくせに、エマはパーティーやイベントには一歩引いてしまう。そんなエマを引っ張り出すのは、子供の頃からマーサの仕事だった。
幼い頃はそんなエマのことを「ノリが悪い」と思っていたが、成長するにつれてエマが遠慮していると気づいた。
遠慮の原因は、エマがよそ者だからだ。
だが、マーサにとってもデイビス家にとっても、エマは家族同然だ。ずっとそう思って接してきたのに、どうして遠慮なんかするのか分からなくて、マーサは理由を尋ねたことがある。
その時のエマの答えは、「家族が分からない」だった。
そう言った時のエマの酷く悲しい笑顔が、全てを物語っていた。
エマにとっての『家族』は、彼女を傷つけ苦しめ続けるのだとマーサにも分かったのだから……。
マーサの隣でのんびりと星空を見上げるエマの表情は、出会った頃からは想像できないほど自信にあふれて晴れやかだ。
それでもマーサが『家族』ついての話をしないのは、前を向いている今のエマに後ろを振り向かせたくないからだ。
だから、『星まつり』の度に、マーサは流星群に祈るのだ。
「エマが信頼し合える家族と巡り合えますように」と……。
『星まつり』の醍醐味は、一晩かけて流れる流星群への願掛けだ。子供から大人まで様々な願いが、地上から送り続けられる。
だから、暗闇の中でも分かるほどに、広場に集まっている人達からは笑顔が絶えない。
そんな陽気な暗闇の中を見回すと、年頃の女性がやけにそわそわしているのが分かる。
五年に一度の『星まつり』には、ある言い伝えがある。
『流れる星の下で、将来を誓い合った二人は永遠に結ばれる』
『星まつり』のメインイベントは、プロポーズなのだ。
メイン会場である国立公園の広場でも、夕闇と共にいくつものプロポーズの声が聞こえていた。
たった今もエマの隣に座っていた男性が、恋人にプロポーズの言葉を受け入れてもらえたところだ。幸せそうに抱き合う二人に、エマも手が真っ赤になるほど拍手を送った。
王族や貴族といった身分制度のないサクロス国では、結婚相手も恋愛相手も自分の意思で自由に選べる。
そんなこの国の自由さがエマは好きだ。この自由な国で、好きな仕事をして友達と笑い合って一生を終えたいと心から星に願った……。
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