第12話 詐欺発覚
エマが待ちに待ったサクロス国からの荷物が届くと、屋敷内は騒然となった。
朝から庭や屋敷を何往復もしているエマは、ヒューゴのところに行く暇がない忙しさだ。
今は厨房で料理長の答えを待っている。
二つの小麦粉を前に、料理長の表情は険しい。
並べられた小麦粉は袋こそ似ているが、中身は全く異なる。
右側は黄色みが強く挽きが荒いのか茶色いものも目立つし、劣化によって明らかにパサついている。
左側は右と比べると白に近いクリーム色だ。滑らかな粉の中には、混ざりものの気配はない。
「……この小麦粉だって野菜だって、今朝届いたばかりなのに……」
料理長の声も肩も、ガックリと落ちている。
それはそうだろう。明らかに品質の差が分かるのは、小麦粉だけではない。
二つを並べると右側の野菜がしなびて古い上に、色も悪くてサイズも小さいことなんて一目瞭然だ。豆やナッツに関しては同じ種類でも大きさが違い、右側はクズとしか言いようがない。
右側はカロッタ家が契約している商会から、今朝届けられた食材。左側はエマ宛にロンバルト商会から届いたものだ。
右側は品質も鮮度もロンバルト商会とは比べ物にならない。というか、比べてはいけないレベルだ。
ここまで見劣りする商品なのだから、さぞ金額が違うのかというと……。そうではないことは、青い顔で帳簿を握り締める家令のタイラーを見れば分かる。
料理長の隣でタイラーは、ため息と共に言葉を漏らした。
「……ここまで酷い商品で、エマ様より三割増しの価格だなんて……」
悲壮感に包まれた屋敷は、いつも以上に静まり返っていた。
そんな静寂を破ってバタバタと走る音が近づいてくると、庭師の大声が厨房に響いた。
「なんだよ! 辛気臭い面をしているのは、俺だけじゃねぇな!」
日に焼けた庭師ダントスは四十代で、息子のセキレスと共に働いている。
大人しく物静かな使用人が多いカロッタ家では異色の存在で、とにかく声がデカくて口が悪い。相手が誰であろうと思ったことを何も考えずに言ってしまうが、悪気もなく裏表もない。カロッタ家でエマが最初に仲良くなったのが、庭師親子だ。
「おいおい何だよ、料理のことなんて何も分からない俺が見たって、右が酷いのが分かるぞ!」
そう言いながらタンクトップとズボンで厨房に入ってきて、うなだれている料理長の肩をバンバンと叩いた。
「お前の気持ちは、俺が一番よく分かる!」
そう言って笑顔を引っ込めた庭師は、エマと向き合うと顔にも声にも悔しさを滲ませた。
「肥料も植物もみんな、この厨房の状況と変わらねぇ! 残念だが、エマ様の言っていることが正しい」
庭師は料理長と家令と目を合わせると、結論を述べる。
「悔しいけど、俺達は騙された!」
食物の育たないアースコット国では、野菜や穀物などは隣国からの輸入に頼っている。痩せた土壌を改善するために使う肥料や苗なども同様だ。
国内の商会を通して買うのが基本的なやり方だが、カロッタ家のように裕福な貴族は他国の商会と直接やり取りをすることも少なくない。
貴族としては仲介手数料を払わなくて済むし、相手国の商会としては金払いのいい貴族はいいお客様だ。そんなwin―winの関係に見えて、実はそうでもないのがカロッタ家を見ればわかる。
貴族がしているのは商会の真似事だ。
相場もろくに知らなければ、商品の品質基準だって分からない。他国の商会はそこに付け込み、廃棄寸前の商品でぼろ儲けをするのだ。
どうして簡単に騙されてしまうのかといえば、アースコット国のお国柄が反映されているとしか言えない。
魔力があることを誇りにしているアースコット国民は、自国が一番だという思いが強い。加えて生活の大半を便利な魔道具に頼っているため、他国では暮らせない。他国の言葉も分からず国から出ないため、外国の様子を全く知らないのだ。
持ってこられた商品に対して「これが最高級品です」「今年は災害が影響して不作で、これが精一杯です」と言われれば、基準が分からないのだから信じるしかない。
また、魔力が全てであるこの国では、魔力が多い貴族は敬われるのが当然だ。貴族は自分が馬鹿にされたり騙されるなんて露ほども思わない。
――さすがに言えないけど、その無知と驕りが詐欺のカモになる理由なのよ。騙す方が悪いに決まっているけど、騙される方もそれなりに反省すべきよね。
とはいっても詐欺を働いた悪徳商人をこのまま放っておけるわけがない。
どうやって懲らしめてやろうかと悪い顔をしたエマが廊下を歩いていると、背後から声がかかった。
振り返ると、ダークブロンドを後ろに撫でつけた家令が立っている。
出会った当初こそエマを見下していた家令だが、ヒューゴの生活改善を始めてからはエマを女主人として扱ってくれている。
その家令が、苦しそうに顔を歪めている。
「詐欺に気付けずに、カロッタ家に損害を与えたのは私です。エマ様の気が済むように処分して下さい」
「えっ! ちょっと待ってください! そういうのは困りますから、顔を上げて!」
膝と額がくっつくほどに頭を下げられている。慌てたエマは、家令の肩を掴んで体を起こさせた。
「タイラーさんは先代の指示に従ってやってきただけです。もっと言えば、先々代が今の商会に変えた時から詐欺は始まっています。タイラーさんのせいではありません」
「ですが私は、今の取引が適正かなんて考えたこともありませんでした。アースコット国の貴族であり、名門であるカロッタ家を騙す者がいるなんて考えてことがなかった……」
家令は悔しそうに唇を噛んでいるが、その考え方はこの国では全国共通だ。おそらく騙されているのはカロッタ家だけではないとエマは思っている。
――大体、誰のせいかと言えば、本来であれば当主である伯爵の管理不行き届きなのよね。魔道具の研究しか興味ないから、本人は気付いてないけど……。
「とにかく済んだことを言っても仕方がありません。予防策も含めて、これからのことを考えていきましょう」
「……私にその資格があるとは思えません」
いつになく自信を失った家令に、エマはため息を堪えた。
「この家のことを知り尽くしているタイラーさんの力が必要です! 私の気の済むようにしていいのなら、今まで通りでお願いします!」
エマへの非礼の数々を恥じているタイラーは、完全に弱気になっている。
それじゃなくても妻であるデルマナを筆頭とした侍女達は、いまだにエマへの態度を改めようとしない。それが余計にタイラーを苦しめるのだ。
エマは全く気にしていないのに……。
エマは身の回りのことは自分でできるし、魔道具が使えなくても最低限の生活が送れるようサクロス国から道具も持ってきている。デルマナ達の助けがない方が暮らしやすいくらいだ。
乳母だったデルマナが、母親を亡くし落胆したヒューゴを支えた話はエマだって知っている。
ヒューゴの側にいるために侍女になったデルマナは、我が儘を聞き入れ、やりたいようにさせた。その過保護な溺愛がヒューゴの心を癒したのかもしれないが、それが骸骨魔道具師を作り出してしまったとも言える。
そのことにデルマナも気付いているからエマに対して素直になれないとヘンリーは言っていたが、エマにはそんなことはどうでもいい。
「とにかく私は、この家に長く居座ったりしません。女主人として大きな顔をする気もありませんから、皆さんは心配しなくても大丈夫です」
エマがそう言うと、タイラーはより一層困り果ててしまった。
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