第13話 一刀両断
カロッタ家の新妻から大事な相談があると言われて、意気揚々と乗り込んできたサクロス国の商人は二人。
五十代の商会の代表と三十代の男で、ずんぐりむっくりな二人組だ。二人が親子なのは明らかで、商人らしいと言うより狡猾さが透けて見える茶色の瞳もそっくりだ。
新婚ほやほやの奥方に呼ばれたとあって、金の匂いを嗅ぎつけて来たにもかかわらず、商品を見せられているのは自分達だ。この予想外の展開に、二人の冷汗は止まらない。
カロッタ家の地味で陰気な応接室が、異様な緊張感で張り詰めている。
目の前に自社商品とロンバルト商会の商品が並べられ、ご丁寧に値段が大きく書かれた紙まで置かれているからだけではない。
新婚ホヤホヤで金遣いが荒いはずの奥方が問題だ……。
「まずは、この品質の違いについて、説明していただきたいの」
そう言った奥方はニッコリと微笑んでいるようで、全身から冷気を発している。その後ろに控えるのは、怒りを隠さずに腕にも顔にも血管が浮き出てしまっている料理長と庭師と家令だ。
この状況で自分達の詐欺がバレたと気づかない方がおかしい。
「……そう言われましても、私達からするとこれが順当な商品と金額です」
証拠を見せたからといって、商人がそう簡単に罪を認めるとはエマも思っていない。
だからといって逃す気もないエマは、年かさの男のとぼけた顔の前に一枚の紙を置いた。
それは毎年サクロス国で行われる小麦競売の入札金額だ。この金額を基に、その年の相場は決められるのが慣例になっている。この相場価格より安くなることはあっても高く売られることはない。
サクロス国の店頭価格とも言える小麦の金額を見せられて、商人達は驚きの顔をエマに向けた。
「これは先々月にサクロス国行われた、小麦の入札金額よね? カロッタ家への販売価格が、相場より高いのはなぜかしら? この時に貴方達が出した価格より、四割も上乗せされている理由も教えて欲しいわ?」
年かさの男の顔には、暑くもないのに玉のような汗が浮かんでいる。両手で強く握られたズボンも、クシャリと皺だらけだし手汗で色が変わっている。
それでも小娘相手に罪など認められないのだろう。
「……商品を、厳選しておりますので……」
「商品だなんて、よく恥ずかしげもなく言わるわね! こんな家畜の餌に回す物を売るなんて良識に欠ける!」
「この家からは、何の指定も何の文句もなかった! だったらこれで十分だろう!」
下手に出ていた男が、開き直ってふんぞり返った。
元々アースコット国の貴族なんて見下している上に、年若いエマに責められて逆切れしたのだ。
親ほどの年上の男性からガラの悪い怒りをぶつけられても、エマには全く怯む様子がない。
「商人としての欲だけの貴方達には、良心の欠片もないのね!」
「そんなものを優先していたら、商売はできない!」
「あら? 貴方、間違っているわよ?」
怒りで真っ赤な顔をした商人に向かって、エマはニッコリと微笑んだ。
「商人としての良心があると商売ができないと思っているようだけど、貴方が商売をできなくなる理由は違うわ」
「は? 商売ができなく……?」
アースコット貴族ごときに何ができる? という顔をした商人に、エマは冷静に最後通告をした。
「商人として良心がないから、商売ができなくなるの。だって、貴方達みたいなクズと一緒にされたら、真っ当な商売をしている人達に迷惑がかかるでしょう?」
「アースコット貴族への詐欺など、誰だってやっていることだ! 何も知らずに偉そうにしているだけの馬鹿共は、カモでしかない。それに気づかずに騙される方が悪いに決まっているだろう!」
「まぁ、それも一理あると思うけど。でも、犯罪者が居直った声なんかを聴いていたら、法律が意味をなさなくなるわよね?」
「俺は犯罪者じゃない! 商人だ! 希望通りに商品を売ってやっただけだ!」
「あれは商品じゃないと言ったでしょう?」
「カロッタ家は喜んで受け取って、金を払った! 商品だ!」
家畜の餌に回すようなものを相場より高く売る。サクロス国の信用問題に関わることだが、商人にはそれが問題視されるはずがないと自信があるのだ。
「サクロス国の商業ギルドには通報済みよ。もう二度と商売はできないわ!」
エマが冷たくそう言い放つと、商人は馬鹿にしたように大笑いを始めた。
節くれだった太い人差し指をエマに向けると、男は勝ち誇ったように立ち上がり胸を張る。
「これだからアースコット貴族は世間知らずだ! 優秀なサクロス国の商業ギルドが、アースコット貴族ごときの意見に左右されるわけがない!」
商人が言っていることは、残念ながら事実だ。
魔力があると言っても微々たるもので、他国を脅かすようなものではない。アースコット国内に重要な産業があるわけでもなく、農作物は輸入に頼っている。
周りの国から見れば、アースコット国はただのお荷物だ。そんな国の不満に耳を傾けている暇などないというのが、周辺諸国の本音だ。
男は高笑いでエマを見下ろし、ニタニタと勝ち誇った顔を向けてくる。
「残念だったなぁ。貴族ごっこが通用するのは、この国の中だけだよ!」
商人の皮を破り捨てた態度に、エマの後ろに立った三人は怒り心頭だ。飛び出しかけた庭師を、エマは右手を上げて制する。
「貴方も商人を名乗るなら、もっと情報収集を徹底した方がいいわ」
背後に立つ三人が真っ赤になって怒っているのに対して、エマだけが何事もなかったような顔で冷たく微笑んでいる。
「負け惜しみを! アースコットのことなら、よぉく調べているよ! 気位が高いだけで、世の常識を知らない国だとな!」
「それは調べるまでもなく、誰だって知っていることでしょう? 私が言っているのは、そんなことじゃないの」
「アースコットみたいなチョロい国のことを、それ以上知るなんて時間の無駄だ」
「国のことじゃなくて、商売相手のことよ。カロッタ家と商売をしているのなら、カロッタ家が最近嫁をもらったことくらい知っているでしょう?」
その嫁が目の前にいるエマだと分かっているからこそ、商人はそれはおかしそうに笑った。
「知っていますよ、奥方様。だからこそ私は、事前に宝石やらドレスやらを売り込もうとしました。ですが、この家の人達は『出来損ないに買い与える物は何もない』と言っていましたよ?」
今更驚きもしない事実だが、後ろの三人は気まずそうに勢いを削がれてしまう。その様子を見た商人は、自分の優位を確信して余計に調子に乗る。
「貴族至上主義の国なのに、高位貴族である女主人を馬鹿にするなんてあるまじき行為ですよね? 奥方様のお気持ちをお察しします」
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