第15話 昔話

「産まれた時から魔力が高く優秀な俺は、周りの子供とは全く話が合わなかった」

「……合わないというより、合わせる気がなかったのでしょう?」

「エマみたいに言ってくれる奴が周りにいればよかったのかもしれないが、それもいなかった」


 ――人のせいにしているけど、完全に自分のせいですよ……。


「そうやって世の中を舐め切っていた俺は、魔力が高いことで周りに甘やかされて育った。それを唯一諫めてくれたのが母だった」

 母のことを語るヒューゴの声は優しい。


 ――魔力の高い子供の気持ちは、同じように魔力の高い親にしか分からないってことだね……。


「自分より優秀なのは母と師匠だけと思っていた俺は、二人の話以外は聞かない生意気な子供になったというわけだ」

 ヒューゴの偉そうな物言いにも慣れてしまったエマは、呆れを通り越して笑ってしまう。

 それに反してヒューゴの表情は厳しい。

 空の色が藍色に飲み込まれるように、エマにも何とも言えない不安が押し寄せる。


「宮廷魔道具師を引退した母に、急な依頼が来たのが十七年前だ。父は『既に引退したのだから』と依頼を断ろうとしていた。だが、俺が『母上が作った魔道具を見たい!』と言って、母に依頼を受けるように頼んだ」

 尊敬する母の作る魔道具を見たいという、純粋な好奇心から出た言葉だった。それが分かっていたから、両親もヒューゴの願いを聞き入れたのだ。


「母が出かけた二週間後に王城の使者が駆け込んできた。その時に、『依頼に失敗した母が死んだ』と父に話しているのを聞いた」

 地面に膝をつき、ヒューゴはそっと墓石に触れた。そのヒューゴの顔が、夜の闇に覆われる。


「俺が魔道具を見たいなんて言い出さなければ、母は今も生きていた……」

 悲しみでかすれるヒューゴの声に、言葉なんてかけられない。

「あの時、生れて初めて父の泣き声を聞いた……」


 過去を悔やみ、影に覆われた道を拳で殴りつけるヒューゴが、このまま闇に飲み込まれていくようにエマには見えた。

 そんな闇を追い払いたくて、震えるほど握り締められた固い拳にエマは自分の手を置いた。


「……自分のしたことが怖くなった俺は、母の私室に逃げ込んだ。母との思い出に浸って、現実逃避をしたかったのだと思う。でも、失敗だった。希望に満ち溢れた母の研究資料を前に、その希望を断ったのが自分だと思い知らされた」


 ――伯爵の痛みは、苦しい……。


「しびれを切らして扉をぶっ壊した師匠が俺に、「『身分に関係なく誰もの生活を助けるのが魔道具だ』という母が叶えたかった夢を継げ」と言ってくれた。怖くて死ぬこともできない俺は、その言葉に逃げるしかなかった」

 自分を責めるように笑うヒューゴを見て、骸骨になるまで研究に没頭した理由が分かった。


 ――母親の夢を叶えるのはもちろん、自分の命を酷使することで伯爵は自分を責め続けている。


 ヒューゴの拳を握る手に、エマは力を込める。

「前伯爵夫人の夢を叶えたいのであれば、自分をもっと大事にしてください。長い長い長い一生をかけて、その夢のために尽くして下さい!」


 少しだけ緩ませた顔をエマに向けて、ヒューゴはまた母親の墓石と向き合った。

「最近になって、俺もそう思うようになった。だが……、俺がそんな生き方をしていいものなのか、分からない」


 ――伯爵の心は十七年前のまま、動いていない。両親への罪悪感が、心を縛り付けている。


「ご両親が伯爵のことを責めているとは、私には思えません」

「どうして、そう思う?」

「……私の話をしてもいいですか?」


 家族から愛されているヒューゴと、家族から憎まれているエマ。真逆だからこそ、分かることだってある。


「伯爵もご存じの通り、私には魔力がありません。家族との思い出といえば、『何か言いたげな諦めた顔』と『憐れみと蔑みの視線』です。七歳以前の私が家族をどう思っていたのかは記憶にありませんが、九歳までの二年間で思い知らされたことは『私に家族はいない』という事実です」


 珍獣でも見るように、遠巻きにエマを眺める家族。

 魔道具を使うことができないエマを馬鹿にする使用人。

 そんなエマを恥じるように、家族はエマを屋敷の奥へ隠した。いつしか外に出る自由も奪われたエマは、人間であることも忘れかけた。


「魔力を持たない私は、エデンバーグ家のお荷物であり最大の汚点です。でも、自ら望んで魔力なしの出来損ないに産まれたわけではありません」


 エマだって魔力が欲しかった。

 家族に優しい言葉をかけて欲しかった。

 家族に笑いかけて欲しかった。

 魔力もなく記憶もない不安な自分を、抱きしめて欲しかった!


「私は誰を恨めばよかったのでしょうか? 私を産んだ母ですか? この国を創造された神ですか? 魔力を持てなかった自分ですか?」

 心の奥に閉じ込めていた思いは、つい強い口調で飛び出していた。


「家族は私を恨みましたが、私はいまだに誰に怒りをぶつければいいのか分かりません……」

「魔力を持って産まれなかったのは特異なことだが、エマが悪いはずがない! エデンバーグ家がエマを恨むのはおかしい! 家族だからこそ、守るべきだ!」


 ついさっきまで自分の進退について悩んでいたはずのヒューゴが、エマのために怒っている。

 研究以外には興味がない冷徹な変人に見えて、実は繊細で優しい人なのだ。


「そう思えるのは、伯爵が家族に愛されてきたからです」

「…………!」

「貴方を愛する家族が、貴方の選択を許さないはずがない」


 魔力が多く周囲から一目を置かれ、家族から守られ愛されてきたヒューゴ。

 魔力がなく家族からも周囲からも蔑まれることに、一人で耐えてきたエマ。

 歩んできた道が違いすぎて全く分かり合えそうもないのに、なぜかヒューゴはエマの言葉を信じられた。

 いや、信じたかったのかもしれない。

 うなずいた自分に向かって嬉しそうに笑ったエマを見て、ヒューゴはそう思った。

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