第16話 いざ、領地へ!

 エマがカロッタ家に来て、三カ月が過ぎた。

 ヒューゴも随分と人間らしさを取り戻し、もう骸骨と呼ぶ者はいない。食事も睡眠もきちんととるし、歩くだけだった運動は何を血迷ったか剣を握るほどになった!

 健やかな身体を手にしたおかげで研究も順調で、最近では王城にある研究所に五年振りに顔を出した。

 突然王城に現れたヒューゴに国王だけでなく伯母である王妃も驚き、そして涙を流して喜んだ。

 王城中の誰もの度肝をぶち抜いたヒューゴだが、一番色めきだったのは令嬢達だ。

 骸骨魔道具師と恐れられ遠ざけられていたヒューゴが、冷たく知的な美丈夫に生まれ変わったのだから。

 元々家柄や職業や将来性や財産はピカ一だったのに、見た目が骸骨なのとそれに伴う悪評が敬遠された理由だ。それが改善されたとあれば、令嬢達の態度もコロリと変わる。



 今日も日課となった庭の散歩をしているヒューゴだが、やけに不機嫌だ。

「何でお前と散歩をする必要がある? 散歩くらい一人でできる!」


 庭に置かれたテーブルで、いつも目の前に座るのはエマだ。それなのに今日はヘンリーが座っている。

 エマとの時間を楽しみにしている自分に驚きながらも、それが自分だけなのかと思うと腹が立つ。その怒りをヘンリーにぶつけるように睨んで、ヒューゴはエンガディナーをほおばる。

 プイッと顔を背ければ、この三カ月で庭に随分と緑が増えたが目に入る。エマが手配した肥料で土壌改良が成功したのと、荒れ地でも育つ野菜や植物が根付いたからだ。

 そんなヒューゴの気持ちはお見通しのヘンリーは、それを顔に出さずにシレっとしている。


「今のヒューゴなら一人で行き倒れる心配はないが、何か気になるものを見つけるとその場から動かなくなるとエマ様が心配されているからな。一応、お目付け役だ」

「だったら、いつも通りエマがついて来ればいいだろう!」

「旦那様、それは無理ですよ」

 エンガディナーをつかんで、そう言ったのは庭師の息子セキレスだ。


 いつの間にか庭でのお茶会には、庭師親子も同席するのが日常になっていた。植物の成長具合と改善方法をエマと庭師親子が話し合うためだったのだが、ヒューゴもその話を聞くのが楽しくて、最近では植物の本なども読んで意見を出したりしている。


 父親同様に物怖じしないセキレスは、三つ年上のヒューゴにも遠慮がない。

「エマ様は、親父と一緒に領地に向かいましたからね」

 驚きのあまり声を失ったヒューゴだが、二カ月前にエマが相談した際に「好きにしろ」と空返事したことをヘンリーに知らされた……。



 カロッタ家の領地は、良質のクリスタルが取れる豊かな街だ。

 アースコット国らしく植物は育ちにくいが、カロッタ家の庭同様に今それが少しずつ改善されようとしている。

 今回の視察の表向きの理由は、その進捗確認と改善のためということになっている。もちろんそちらも手を抜く気はないエマは、全力で領地を走り回った。


「エマ様! 見て下さい! この野菜は緑の葉を出して、こんなにも成長しました!」

「エマ様! 食べて下さい! エマ様のお陰で小麦の質が良くなって、パンがとても美味しくなりました!」

「エマ様! これです! 野菜やキノコを干して日持ちさせる方法を実践しました!」


 エマが進もうとしても次々と人が寄ってくるため、なかなか前に進めない。

 それを嬉しそうに見ていた庭師が、エマに耳打ちする。

「カロッタ家に来たばかりの時は酷い目にあったのに、領地では大人気ですね」

 庭師の言う通りで、エマは苦笑するしかない。


 エマが商会の詐欺に気付く前から、領地では品質が落ちていく商品に不信感を募らせていた。

 だが、貴族至上主義のこの国では、領主様に意見するなんてもってのほかだ。とはいえ堪えるのも我慢の限界だったところで、エマが悪徳商会を叩き出してくれた。

 新しい商会の持ってくる品は、随分と上質だ。その上、この土地で植物を栽培しようとするエマに、領民が好意的でない理由が見つからない。


「ここだけの話ですが、貴族だ魔力だと騒ぐのは王都の連中だけですよ。地方に出ちまえば、魔力どころか魔道具だって大した意味をなさない」

 領民の話は、エマのアースコット国に対する印象を覆すものだった。


 領地を回ったエマは、領民の話が嘘ではないと身をもって知ることになった。

 まず誰もエマを「魔力なし」と蔑まない。


「魔力の国だと言いますけどね、私ら平民の魔力なんてないも同然だ。儂なんて魔道具が反応しないことの方が多いくらいだ」

「それに魔道具って貴族向けだから、私ら田舎の平民の生活とはかけ離れていますよ」

「私の子供は王都で働いているけど、王都の平民でも同じような話をしていると言っていますよ」

 と魔道具の評判はあまり良くない……。

「これいいですね! こんなランプが欲しかった! これをこの街でも売ってもらうことは可能ですか?」

 エマが持参した魔道具ではない製品の評判の方がいいくらいだ。


「ちょっと待って! もちろんランプを仕入れることはできるけど、カロッタ家の当主は宮廷魔道具師ですよ! 魔道具の改良をお願いしましょう」

 屋敷では神のように崇められているヒューゴだが、領地での評判は芳しくない。

「そうは言ってもねぇ……。領主様は子供の頃見たことがある程度だし。私達の意見を聞いてくれるとは思えないね」

「もう何年もこっちには戻ってきていないから、俺達のことなんて忘れているだろう?」

 聞けば、十七年前から領地には姿を現していないという……。

「私が責任をもって、改善点を伝えます! 意見がある人は並んでくださーい」

 ヒューゴの評判も改善するため、エマは領地でも奮闘する……。

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