#17

――昨夜に起きた幻獣ユニコーンの襲撃後。


屋敷内は慌ただしくなっていた。


今日までの穏やかな雰囲気は消し飛び、ベアールの配下の兵士たちが代わる代わる巡回をしている。


幸いなことに従者たちや兵士にケガ人はおらず、シファールのみが手当てを受けているといった状況だった。


「まだ起きてたのか?」


心配になったアルボールが、ルモアの様子を見にきた。


彼女は与えられた自室におり、そこにはユニコーンが運ばれていた。


これは彼女が願ったことであり、ベアールも拘束されている状態ならば問題はないだろうとの考えからだった。


ユニコーンは四本の足を縛られ、角には分厚い布が被されて横にされている。


これらならばもし目覚めても、暴れ出すことはできない状態だ。


「うん……。あんなことがあった後だから、なんだか眠れなくて……」


ルモアは覇気のない返事をした。


彼女は意識を失っているユニコーンに寄り添いながら、今にも泣きだしそうなほど目に涙を溜めている。


そんなルモアを見たアルボールは、なんと声をかけていいかわからなくなっていた。


ここまで落ち込んだ姫を見るのは初めてだ。


アルボールがよく知る、いつもの軽快で冗談をいう明るいルモアは、そこにはいなかった。


今、彼の目の前にいるのは、悲しみに打ちのめされている、ただの女の姿だった。


ルモアから何があったのかを簡単に聞いたアルボールは、それも仕方がないことだと思う。


たった一つの誇り。


幻獣と心を通わせることができるはずが、それが上手くできなかったのだ。


さらには、共に大陸統一を掲げた相手――シファールを幻滅させてしまった。


今のルモアには、たとえ彼女の親がわりであるフォレトーナ·アルヴスピアの言葉すら届かないだろう。


それほどまでに今の彼女は、自分に対して自信を失ってしまっている。


「眠れないなら何か食べる? それともお茶でも飲む? 持ってくるよ」


「いや、いい。いらない……」


「そっか……」


横になるユニコーンを撫でる素っ気ないルモア。


だが、それでもアルボールは、彼女の傍を離れなかった。


何も言わずに、ただ黙ったまま瞳を潤ませている彼女の近くにいた。


(なにやってんだ、俺は……。姫を守ることも、励ますこともできず……。母さんなら、こういうときどうするんだろう……)


心の中で己を攻める。


自分がなんのためにルモアについて来たのかを自問する。


しかし、アルボールは自責の念ばかりがふくれ上がる。


幻獣が現れたときの自分の不甲斐なさ。


虚を突かれてもすぐに行動したベアール·シックエイと比べて、自分はなんて情けないのだろう。


あろうことか、ルモアなら幻獣を止めることができると、彼女に任せようとさえした。


今回のようなことがあるかもしれないと、以前から母フォレトーナから聞いていたというのに……。


「あッ、気がついたの!?」


アルボールがルモアの声を聞いて顔を上げると、ユニコーンの目が開いていた。


ユニコーンは四本の足に巻かれたなわを解こうと、激しく身をよじり始める。


今度こそ自分がルモアを守らねばと、アルボールはナイフを抜いてユニコーンに駆け寄った。


だがルモアは彼を手で制し、幻獣に語りかける。


「さっきはごめんね。あなたが急に現れたから、ちょっとみんなビックリしちゃっただけだから。もう大丈夫……ここにあなたに酷いことをする人はいないよ」


そう言いながら、そっと幻獣を抱きしめるルモア。


しかし、ユニコーンはそんな彼女の肩に噛みついた。


着ていたドレスが破け、血に染まる。


言わんこっちゃないと、アルボールはユニコーンとルモアを力づくで引き離そうとしたが――。


「アルボール……。大丈夫……私は大丈夫。この子……とっても怖い目に遭ったんだよ。だからこんなに怯えちゃってるんだ」


「幻獣の心配している場合じゃないだろ!? 待ってな、すぐに引き離してやる!」


アルボールはルモアの言葉を無視して、彼女を助けようとした。


いくら拘束されているからといっても、幻獣に噛まれたのだ。


血も流れているし、けして傷は浅くはない。


それにこれ以上ユニコーンがあごに力を込めたら、最悪、一生残る傷がついてしまう。


そう思い、駆け寄ってナイフを振り上げようとしたアルボールだったが、ルモアに噛みついていたユニコーンは自分から歯を収めた。


それどころかルモアの肩を舐め始め、呻くように鳴き出している。


まるで謝罪しているかのように、弱々しい声をルモアに向けて発していた。


「わかってくれたんだね。うんうん、もう大丈夫。あなたのことは私が責任をもって安全な場所へ連れて行ってあげるから」


ルモアは、ユニコーンをなだめることに成功した。


それは、お世辞にもエートスタイラー王家の血の力――幻獣を従わせるといったものではなかったが、たしかに心を通わせ、ユニコーンの不安を取り去った。


そう――。


これがルモアだ。


これまでのエートスタイラー王家の者たちとは違うが、彼女は彼女なりのやり方で幻獣と繋がることができる。


アルボールは、改めてルモアの持つ力を目にすると、強張っていた体から力が抜けていった。


「ね、アルボール。大丈夫だったでしょう」


「さすがだねぇ……ルモア姫は。さて、姫の傷薬を取ってくるついでに、ベアールさんにユニコーンのことを報告してくるよ」


いつもの表情に戻ったアルボールは、ルモアに背を向けて部屋を出ていった。


廊下を歩きながら彼は思う。


自分が信じなきゃ、誰がルモアを信じるのだ。


もう二度と彼女の力を疑うなと。


「それと、次はないと考えなきゃ……。俺はシェールス国の影……。そして、ルモア·エートスタイラーの懐刀だからなんだから……」

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