#21

まさか襲撃か?


アルボールは、そう考えながら慌てて控室に入る。


そこには結婚式用のドレスに着替え、綺麗に化粧をほどこされたルモアの姿があった。


基本的に化粧っ気はなく、ドレスは着てても女らしさを感じさせなかった彼女の美しい姿に、アルボールは見とれてしまう。


「ちょっとアルボール!? 大丈夫!? 今の大きな音って、外でなにかあったの!?」


「え……? あぁ、そ、そうだなぁ! えーと、とりあえず姫はみんなとここに居てくれ! 俺は外の様子を見てくるからッ!」


ルモアに声をかけられ、ハッと我に返ったアルボールは、そのまま大急ぎで控室を出ていった。


廊下から礼拝堂へと出て、出入り口まで走るアルボールは思う。


ポエーナ国へ来てからというもの、自分の知らない姫をよく見るようになった。


それが良いのか悪いのかは判断できないが、先ほどのルモアはとても綺麗だったと。


「母さんに話したら驚くだろうなぁ……。ってッ! 今はそんなこと考える場合じゃなかった! 切り替えてこう!」


ゆるんだ気を引き締め、アルボールが外へ出ると、そこには巨大な犬がいた。


三つ首、へびの尾をやした、教会を超える体を持った魔犬。


アルボールはその巨大な魔犬のことを知っていた。


この魔犬は、彼の故郷こきょうにも生息する幻獣――ケルベロスだ。


「昨日はユニコーンで今日はケルベロス!? おいおい、一体いつからポエーナ帝国は幻獣が住むようになってんの!?」


さらにそこへ、武装したポエーナ帝国の兵士たちが集まってきており、教会は完全に包囲されていた。


ベアールが残した彼の配下らも、すでに全員捕らえられてしまっている。


そして、アルボールに気がついたポエーナ軍によって、彼もまた取り押さえられた。


「幻獣姫、ルモア·エートスタイラー! あなたが中にいるのはわかっている! 速やかに出てきてもらいたい!」


教会を包囲したポエーナ兵士の中から、指揮官と思われる男が前へと出て、声を張り上げた。


状況が飲み込めないまま捕まってしまったアルボール。


しかし、訳がわからなくとも、これがルモアの危機だということは理解し、一暴ひとあばれして脱出をこころみようとしたとき――。


「ええい、退けい! これは一体なんの騒ぎだ!?」


老将軍――ベアール·シックエイが現れ、ポエーナ軍の中を馬で突っ切ってきた。


ベアールは指揮官に説明を求めると、今目の前でおこなわれていることが、すべて第一皇子シフェルからの指示であることを告げられた。


いくら国の重鎮じゅうちんであっても、皇子の指示には従っていただくと、指揮官の言葉に呼応して、兵たちがベアールのことを囲み始める。


「ベアールさん!? なんなんだよ今の話は!? シファール皇子の兄さんは、式に参加するって言ってたんじゃなかったの!?」


「どうやらわしらの想像以上に、シフェル皇子は幻獣姫がお嫌いなようだ……。アルボール、今は大人しくしていろ。悪いようにはせん」


「はぁ!? なに言ってんだよ、あんた!? こいつらの好きにさせたら姫がヤバいじゃん!?」


「儂を信じてくれ。幻獣姫のことは、必ずなんとかする……」


ベアールの声を殺した言葉を聞き、アルボールは脱出するのを止めた。


たしかに冷静に考えて、この場から逃げ出すのは無理そうだ。


さらに側に立つケルベロスは、昨夜の暴れ馬のようなユニコーンとは違い、ポエーナ軍に対して忠実に動いているようだった。


ここで下手に騒ぎを大きくして、幻獣に教会を破壊されたら、それこそルモアの命が危なくなる。


「ベアール将軍。素直にお引きいただいて感謝いたします」


「感謝などするな。この状況ならば、さすがの儂でも動けん」


指揮官はベアールの返事を聞いて一礼する。


それから手を上げ、教会内へ侵入するように、兵士たちへ指示を出した。


「では、おまえたち! 中にいるシファール皇子の従者らと幻獣姫ルモア·エートスタイラーを捕らえろ! いいか、抵抗されようが姫だけは絶対に傷つけるなよ! シフェル皇子からは無傷でお連れせよとのご命令だ!」


――その後、教会の中にいた人間はすべて捕らえられた。


この帝都での早朝からの騒動は、シファール皇子をそそのかし、ポエーナ帝国を乗っ取ろうとした幻獣姫の捕縛のためだと、国から正式に発表された。


そして、教会の前で指揮官が口にしたように、ルモアだけが城内にいるシフェルの前に連れて来られていた。


「貴様が幻獣姫か。こうして見るのは初めてだが、とても幻獣をしたがわせられるようには見えんな。犬や猫とじゃれ合っているほうが似合いそうだ」


教会の襲撃から数時間が経ち、陽が落ち始めた頃だ。


自室にて、両手を縛られたままのルモアを見たシフェルは、フンッと鼻を鳴らした。


皇子の例えが面白かったのか。


彼の傍に立つ魔術師バティームや、剣士パイモが肩を小さく揺らしていた。


だが、それでもルモアは、まるでさげすむような視線を受けながらもおびえず、シフェルのことをじっと見つめている。


「シフェル·エンデーモ皇子……。そんなに私を信用できませんか? そんなに私とシファール……シェールス国とポエーナ帝国がつなががるのが御嫌おいやですか?」


「敵に説明する必要はない」


シフェルはルモアをにらみ返す。


しかし、ルモアは目をそらさなかった。


視線をぶつけ合う両者。


静かな戦いが、室内を緊張感で埋め尽くしていく。


そして、先に目をそらしたのはシフェルだった。


「長く続いたポエーナ帝国とシェールス国の戦いも、これで終わりを迎える。残念だったな。大陸統一などと弟をたぶらかさなければ、自国で平穏に引きこもっていられたものを」


「私が彼を誑かした……? それはどういうことですか? 私には思い当たりません。どうか、どうかそのお話を詳しく教えてください、シフェル皇子」


「知りたければ本人に教えてもらえ。まあ、二度と弟と会えるとは思えんがな」


シフェルはルモアに背を向けると、窓から外を眺めた。


そこには何匹もの飛竜が、暗くなった城下町の上を飛んでいた。

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