#20

ルモア·エートスタイラーが害のない者だとしても、シェールス国の人間たちはどうか?


特に実質、国を動かしているフォレトーナ·アルヴスピアは油断ならん女傑じょけつ


本人に関しても、幻獣頼りのシェールス国にして、めずらしく名の通った一騎当千の化け物だ。


政治、経済、外交に関しても、他の国以上に警戒するべき相手である。


さらに国というものは、個人の感情でまとめられるほど簡単なものではない。


多くの人間の思惑がうごめき、それでやっと成り立っているもの。


幻獣姫を一人懐柔かいじゅうできたところで、それだけで信用できるなど甘い考えだ。


「しかし、ルモアが俺と結ばれるのを、フォレトーナ·アルヴスピアを含めて民の皆が認めてくれたとッ!」


「では、おまえは知っているか? あの幻獣姫の護衛としてきた若い男、名をアルボールと言ったか? 彼奴あやつが毎夜ポエーナ国内をぎまわっていることを」


シフェルは、アルボールが護衛という名目でポエーナ帝国に入り、国内の情勢を探っていることに気が付いていた。


どうやら国境を越えて帝国に入ってきた段階で、その動きを見張らせていたらしい。


しかし、それが戦乱の世では常識だ。


こちらがルモア一行を見張らせるのも、シェールス国が密偵として動くこともだ。


ポエーナ帝国もシェールス国も正しいことをしている。


非難するようなことではない。


「互いに疑り合っていて、それで信頼し合えるのか? たしかにお前の言うとおり、報告を聞く限りでは、ルモア·エートスタイラーには悪意の欠片もないだろうがな。それなら尚更なおさら、手を取る相手としては役不足だろう」


「それも今だけだ……。この結婚さえ実現すれば、こちらの誠意も伝わり、必ずや盟友国としてシェールス国は!」


「シェールス国の協力などいらん。その証拠に、奴らの国の超兵器といえるものを、式会場に送り込んでおいた」


シフェルの言葉を聞いたシファールは、何かに気が付いたのか、その場から逃亡しようとした。


だが、皇子の考えを察した閉じてるかのような細い目をした軽装の剣士――パイモ·ナインズが剣を抜いて、扉の前に立ちふさがる。


そのあまりの抜刀ばっとうの速さに、シファールは何もできず、部屋のすみに追いやられてしまう。


「くッ!? パイモ、貴様ぁぁぁッ!」


「無礼を許してね。でも、幻獣姫を捕まえるまでは、シファール皇子にはここにいてもらうよ」


細い目を薄く開き、その鋭い眼差しでシファールを見据えるパイモ。


自称アポストル大陸で最速の剣士を名乗るだけあって、シファールの動きよりも彼のほうが素早い。


追い詰めた弟を見て、シフェルが言う。


「もう夢は見るな。大陸統一など叶えられるはずがないだろう。おまえは城で大人しくしていろ。国のことはすべて私に任せるんだ」


そう言ったシフェルを見た魔術師バティーム·エイティンが、自分の長い髪をいじり始めていた。


そして、剣を構えているパイモもまた、うれいを帯びた表情で、第一皇子に視線を向けている。


この一瞬のすきを、シファールは見逃さなかった。


彼は窓をぶち破って外へと飛び出す。


「しまった!? しかし、ここは上層階! 逃げだせたとしても自殺行為にだぞ!?」


バティームが声を荒げて、窓から外を見下ろした。


すると、そこには炎に包まれたシファールが、地面にゆっくりと着地する姿があった。


「爆炎で落下速度を殺し、無事に降りたのか……。やってくれる!」


「どうします、シフェル様? シファール様が逃げちゃいましたけど、追いかけますか?」


バティームが不覚と叫ばん勢いで声を荒げ、彼とは対照的にパイモはシフェルに指示をあおいだ。


だがシフェルは、弟のことは追わなくていいと、二人に言う。


「放っておけ。逃げられたのは残念だが、現状あいつ一人では何もできん」


シフェルは、弟が飛び出した窓へと向かう。


そこから見える光景は、ポエーナ帝国の城下町だ。


どこか遠くを見るような目をしていたシフェルだったが、式場があるほうを眺めると、その眼差まなざしが厳しいものへと変わった。


「すべてが終わったとき、あいつも理解するだろう。きっと……きっとな……」


――シファールが城から逃げ出したとき。


ルモアは、結婚式のためのドレスに着替えていた。


この日のために、毎日ずっと着ては脱いで着ては脱いでを繰り返して選ばれたドレスだ。


アポストル大陸では国によって多少の差はあれど、花嫁の実家の権力を示すため、赤や青など派手な色の下地に、金や銀の刺繍、宝石の飾りといった豪華なドレスが、ウェディングドレスとして選ばれるのが基本だ。


だが、今回ドレスを決めたのはポエーナ帝国の人間であり、そこにはルモアのアイデアも盛り込まれている。


そのためか、生地の薄い真っ白なドレスが選ばれた。


余計な装飾そうしょく刺繍ししゅうはされておらず、花嫁衣装としてはとても飾り気のあるものとは言えないが。


ルモアの強い意思を尊重して、白いドレスが選ばれていた。


色にはそれぞれ意味があり、白の意味は、決意、純粋、無垢、清潔、理想、可能性、神聖――そして、ルモアが特に意識した意味は“始まり”と“終わり”だった。


執事やメイドたちは、ルモアのシファールへの想いをそのまま服に表すことができるということで、アポストル大陸の結婚式ではめずらしい色のドレスを選び、彼女の意思を尊重したのだった。


「おーい、姫。そろそろ着替え終わった?」


「うん。終わったよ」


「じゃあ、入るからね」


アルボールが花嫁の控室の扉に手をかけた瞬間――。


教会全体に凄まじい衝撃が走った。

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