#19

――ルモアたちが教会にたどり着いた頃。


シファールは、兄シフェルがいるポエーナ帝国の城に入っていた。


普段はあまり感情を表に出さない第二皇子も、兄が式に参加してくれると聞き、昨夜から笑みがこぼれっぱなしだ。


当然、何かあっての心境の変化ではあるのだろうが、素直に嬉しい気持ちが出てくる。


城内の廊下を進み、シフェルと父フェル―キが待っているという部屋へと向かうシファール。


弾む心を抑えながらも、動かしている足は実に軽やかだ。


しかし、そんな喜ばしい気持ちも、昨夜のことを思い出すと消え失せる。


ルモアは、血を見ただけで震えていた。


元々そういう切った張った世界とは無縁だとわかっていたが、やはり彼女には、これから進む世界平和の道――大陸統一への行路こうろは厳しいのではないのか?


シェールス国が軍も持たず、住む幻獣たちによって守られているというのもあって、ルモアは戦場を知らない。


ずっと穏やかな環境で育ち、殺し合いなどとは無縁だったはずだ。


それが、これまで戦場などに関りのなかったルモアを、争いの最前線へ連れて行くことになる。


大陸から戦争をなくそうとすれば、多くの血が流れる。


千人万人、いや、おそらくアポストル大陸始まって以来の犠牲が出るだろう。


民や兵はもちろんのこと、身近な者やそれこそ愛する者さえも失う可能性は高い。


そんないばらの道を、彼女に歩ませてよいのか?


「覚悟はが足りなかったのは俺のほうか……くッ!」


思わず声が漏れる。


ルモアを巻き込むことを決断したはずなのに、気持ちが揺らぐ。


「しかし、それでも彼女……ルモア·エートスタイラーしかいないなんだ……」


顔を上げ、表情を引き締めたシファールは、父フェル―キと兄シフェルがいる部屋の前で足を止めた。


せっかく兄が参加してくれるのだ。


情けない顔などしてられないと、シファールは気持ちを切り替えた。


「父上、兄上。シファールです。先ほど到着しました」


「シファールか。早く中へ入るといい。父上もお待ちかねだ」


兄シフェルの声が聞こえ、シファールは扉を開け、室内へと入った。


部屋に入った瞬間、彼は目を疑った。


なぜならばそこには、固まった状態の父フェル―キと兄の姿があったからだ。


「父上!? なッ!? これは一体どういうことだ!?」


シファールは、驚愕きょうがくしながらも状況を考える。


フェル―キは椅子に座り、人形のように動かない。


その傍には兄シフェル。


さらに彼の後ろには、黒いローブを着た女性のような魔術師と、閉じているかのような細い目をした軽装の剣士が立っていた。


皇帝フェル―キは気を失っているのか。


両目を閉じたまま硬直し、その周りには風が舞っている。


「この風魔法は……おまえかバティームッ!」


黒いローブを着た魔術師――バティーム·エイティンは、名を叫ばれてシファールに向かって頭を下げた。


彼のやったことが面白かったのか。


軽装の剣士――パイモ·ナインズが、ニヤニヤと隠すことなく笑みを浮かべている。


シファールはそんな二人の態度に顔を強張らせ、帯刀していた剣を抜こうとした。


「まあ待て、シファール」


そんな弟に声をかけ、シフェルが冷静になるようにと言った。


かといって落ち着いてなどいられないシファールは、兄に向かって声を張り上げる。


「兄上の指示ですか!? なぜこのようなこと!?」


「相変わらず心配性だな、おまえは。安心しろ。父上には少々眠ってもらっているだけだ」


シファールには、シフェルの考えていることがわからなかった。


これがもし王位継承権に関してのことならば理解できる。


父フェル―キが第二皇子であるシファールを次の皇帝に選び、第一皇子であるシフェルをそでにしたのならわかる。


しかし、そんなことはない。


やまいと長年戦場へ出ていた疲労から、自分はもう長くないと言っていたフェル―キは、次の王は第一皇子であるシフェルだと決めている。


これは、彼らが生まれたポエーナ帝国では、代々長兄が国を継ぐという伝統からだった。


だからこそシファールにはわからない。


次の皇帝は兄シフェル·エンデーモ。


それは、何があっても変わりようがない。


なのにどうして兄は、こんな反逆者のような真似をしているのだ?


それでも、もし思い当たるふしがあるとすれば――。


「俺がルモアと結婚するからですか? 俺が敵国と手を結ぼうとしようとしているから……兄上はこんな真似を……?」


「わかっているじゃないか。そのとおりだよ。私は他国など信用できん」


「兄上は誤解している! ルモアは自国だけでなく、大陸すべての平和を願うような人間だ! 会ってもらえれば、兄上にも必ずそれが理解してもらえます!」


シファールは兄に向かって、ルモア·エートスタイラーがどれだけ信用するに足る人物かを話し始めた。


計算高さとは無縁で、王族とは思えぬほど気取らない女性。


その親しみ深さから、ベアールを始めとして彼の配下の兵士たち、屋敷の執事やメイドらも、皆ルモアに心を開いている。


これから何があろうと、ルモアがポエーナ帝国を裏切ることなどないと、シファールは必死に兄へ訴えた。


だが、そんな彼の想いも虚しく、シフェルの心は動かない。


「幻獣姫が人が良いのはわかっている。だが、その周りにはどうかな?」


「どういうことですか……?」


シファールが訊ねると、シフェルはシェールス国のことを話し始めた。

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