#18

――翌日の朝。


ルモアは、結婚式がおこなわれる教会へと向かっていた。


目覚めてから出かける用意をして馬車に乗り、その周囲には騎馬に乗った兵士たちを連れ、かなり厳重な態勢で移動する。


もちろんその一団の先頭には、老将軍ベアールがいる。


ベアールは馬の手綱を引きながら、周囲を威嚇いかくするようにポエーナ帝国の城下町を進んでいく。


そんなベアール率いる花嫁の集団を、帝国の住民たちは怪訝けげんそうな顔で見ていた。


馬車内にはルモアとアルボールがおり、二人はベアールからあまり窓に近寄らないように言われている。


「ねえ、アルボール。あの子は元気かな?」


ルモアがユニコーンのことを訊ねた。


あの後――。


ユニコーンが目覚めた後に、アルボールから報告を受けたベアールは調べることがあると言い、幻獣を別の場所に運ぼうとした。


その処置にアルボールは猛反対したが、ルモアがユニコーンを刺激せずに安全な場所へ連れて行ってくれるならと、その話を受け入れた。


現在、幻獣ユニコーンは、シファールが信頼する馬丁ばていのもとにいるようだ。


ルモアによって落ち着きを取り戻したのもあって、そこでは拘束も外され、大人しく草をんでいるらしい。


「メチャクチャ食欲あるってベアールさんが言ってたよ。まあ、姫のおかげで暴れる心配はないって思われるし。式が終わってからシェールス国へ連れて行ってやろう」


「そうだね。あそこなら仲間もいるし、きっと喜んでもらえるよね」


ルモアは笑みを見せたが、アルボールからするとどこか元気がなく感じた。


昨夜のことを考えれば当然だろうと、アルボールは思う。


彼女はユニコーン襲撃のときの態度で、シファールに失望されていると思っているのだから。


しかし、皇子の立場になってみれば、彼のことを責められない。


シファールからすれば、共に大陸統一をそうとしている人物が、まさかあのような醜態しゅうたいを見せたのだ。


彼がルモアに戦闘能力を求めていたということはないだろうが、長所と思えた幻獣を止めることもできず、ただ震えているだけというのは協力者として頼りなく映ったはずだ。


これからアポストル大陸にある九つの国を平定しようというのに、昨夜のことぐらいで動けなくなっているようでは、とても協力者としてやっていけないと思われてもしょうがない。


(だけど、姫から事情を聞いてなかったら、ただじゃ置かなかったけどねぇ……)


なまじルモアの夢を知っているだけにもどかしい。


もし自分が何も知らなければ、話を聞いた瞬間にシファールのもとへ行き、その綺麗な顔を殴り飛ばしているところだ。


そして、そのまま国へ帰って今回の結婚話は破綻はたん、すべてなかったことにする。


それからは以前と同じ暮らしに戻るだけだったのだが――ルモアがそれを望んでない。


昨夜だって彼女は、無理をしてユニコーンと心を通わせようとした。


みつかれても抱いた手を離さず、痛みにえて語り掛けていた。


当然ユニコーンを落ち着かせたいという彼女の想いが前提ではある。


だが、そこまで必死になるルモアを、アルボールは初めて見た。


「ああ、シェールス国うちは幻獣たちにとっちゃ楽園みたいなもんだからね。絶対に喜ぶさ」


――その後。


ルモアたちは、何事もなく結婚式場へとたどり着いた。


扉から礼拝堂へと入り、会場に歩を踏み入れる。


中には横に長い椅子や祭壇、十字架や燭台しょくだいなどが見え、何よりも目を引くのは色鮮やかなステンドグラス。


王族同士の式会場にしては質素だったが、それでもルモアの目はそれらに奪われていた。


「ここでシファールと……」


ルモアは昨夜のシファールの言葉を思い出し、目をせた。


会場を見て輝いていた目は閉じられ、彼女は胸を押さえながらうつむく。


今の彼は、この結婚をどう思っているのか……。


取り引き相手として――。


同じ夢を抱く者として――。


役不足だと思っているのではないか?


そうだとすると、政略結婚、または偽装結婚の意味がなくなる。


「何を考えておいでかな、幻獣姫?」


わかりやすく落ち込んで見えたルモア。


そんな彼女の姿に、アルボールを含めた護衛の兵士たちが戸惑う中、ベアールがルモアに声をかけた。


「いえ、なんでもないです……。想像していたよりもずっと立派な式場だったから、ちょっと驚いちゃって……」


「それならいいが。シファール様のことを考えておられるなら、なんの心配もいらんですぞ」


「え……?」


驚くルモアに、ベアールは言葉を続けた。


シファールは、一度や二度の失敗を気にするような人間ではない。


そもそも幻獣を止められなかったことを気にしてなどいないと、いつもの礼儀の足りない態度で、あっけらかんと言った。


「もし、昨夜のことでシファール様が冷たくなったと感じているなら、それはきっとあなたを危険に巻き込んでしまったことへの負い目からであろう。ああ見えて皇子は、かなりの心配性だからな」


「……ベアール将軍。あ、ありがとうございます……」


ルモアの表情に笑顔が戻る。


それを見ていた兵士たちが、コクコクとうなづきながら誰もが口角を上げていた。


老将軍の配慮がないと思われかねない言葉が、礼拝堂内の雰囲気を明るいものへと変えたのだった。


「うん? はて? わしは礼を言われるようなことは申しておりませんが? しかしまあ、礼を言われるのに悪い気はせんな。ガッハハハ!」


ベアールは礼拝堂に響き渡るほどの大声で笑うと、これからシファールを迎えに行くと話し始めた。


どうやら昨夜になって急に、第一皇子であり、彼の兄でもあるシフェル·エンデーモが、式に参加すると言い出したようだ。


そのため、喜んだシファールは、朝早くから兄のところへ向かったらしい。


一方でこちらは予定よりも早く着いたこともあって、これから皇子たちのところへいくつもりだと、ベアールはルモアに説明しながら背中を向けて歩き出す。


「やるじゃん……。俺はなんも言ってやれなかったのにぃ……」


「そう肩を落とすな。こういうのは身近者よりも、距離のある年寄りのほうが向いていたというだけだ」


去り際に声をかけてきたアルボール。


ベアールはそう言い返すと、彼の背中をバシッと叩き、教会を後にした。

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