#22

ポエーナ帝国の中心――城へと近づいて来る飛竜ワイバーン三匹。


その飛行速度は凄まじく、警備をすり抜けて城壁内に侵入して来れるのもうなづけると、シフェルは驚きながら冷静に考えていた。


ワイバーンが城に近づくと、その飛竜の背に乗っている人物が声を張り上げる。


「私はシェールス国の宰相フォレトーナ·アルヴスピアである! 至急シフェル·エンデーモ皇子にお取り次ぎいただきたい!」


長い赤毛を振り回し、竜上からシフェルを呼び出すフォレトーナ。


その手には、この西側地域ではめずらしい武器――戦斧バルディッシュが持たれている。


バルディッシュは槍のように長い柄に、斧の刃が付いたものだ。


竜にまたがり、その上から武器を構えるフォレトーナの姿は、その赤い甲冑姿も相まって、まるで赤い竜騎士のようだった。


城内が騒がしくなる中、シフェルは窓から返事をする。


「これはこれは、こんな時間に宰相殿どのが何の用だ?」


「長話をするつもりはありません。こちらはエンデーモ家の揉め事に興味はない。すぐにルモア様を返してくれれば、このまま去りましょう。ですが、返さなければポエーナ帝国が火の海になりますよ」


威勢いせいがいいな、フォレトーナ·アルヴスピア。だが、こちらに姫がいることを忘れているようだ」


シフェルが窓から室内に視線を戻すと、ルモアの姿が消えていた。


彼は慌ててバティームとパイモに訊ねるが、どうやらいつの間にかいなくなってしまったらしい。


「なんたることだ! パイモ、さっさと捕まえて来い! ルモア姫はまだ城内にいるはずだ!」


「どうしたのですか、シフェル皇子? まさかルモア様が消えてしまったのですか?」


「飛竜を数匹ばかり連れているからといっていい気になるなよ! バティーム! あれを使ってワイバーンを操ってしまえ!」


――ポエーナ城の上空で戦いが始まろうとしていたとき。


ルモアは、助け出してくれたベアールとアルボールと共にいた。


彼女たちは城内を走り、すぐにでも外へ出ようとしている。


「助かりました、ベアールさん。でも、いいんですか? 私を助けて?」


「心配はいらんよ、幻獣姫。しかし、わしができるのはここまで。さすがにシフェル皇子に手は出せん」


どうやらベアールは、最初からルモアを助けるためにあえて抵抗しなかったようだ。


それから状況を調べ、すぐに早馬を飛ばしてフォレトーナに連絡したらしい。


「では、ここらで別れよう。儂は閉じ込められているフェル―キ様を探すのでな。アルボール。ここからはおまえが姫を守れよ」


「言われなくてもやってやるさ。ありがとな、ベアールさん」


城門が見えてきた位置で、ルモアとアルボールはベアールと別れた。


城内の兵士たちは、当然現れたフォレトーナと戦うために外に出ているようで、簡単にここまで来ることができた。


後は門を出て、フォレトーナと合流して国外へ出るだけだったが――。


「おっと、そこまでだ。これ以上は行かせないよ」


上層階から飛び降りてきたパイモが、二人の前に現れた。


パイモは剣を抜き、ゆっくりと二人に近づいてくる。


閉じているかのような細い目をした軽装の剣士――パイモ·ナインズ。


アルボールは、彼のことをベアールから聞いていた。


もしパイモに出くわしたら相手をするなと。


王子の傍にいる細い目をした男は、自称であるがアポストル大陸で最速の剣士を名乗り、まだ名は売れていないがポエーナ帝国で一、二を争う実力者だと(その話の付けたしに「まあ、儂を抜かしてだがな」と、言っていたが)。


ベアールの話を思い出しながら、アルボールはルモアをかばうように前に出て、パイモへと斬りかかる。


姫は先に外へ出ろと叫びながら、強引に剣を受けた軽装の剣士を押し止めた。


ルモアは躊躇ちゅうちょしていたが、アルボールの覚悟を感じ取ったのか、「絶対に死なないで」と返事をして城門を出ていった。


「ありゃりゃ、姫に逃げられちゃったよ。まあ、すぐに捕まえるけど」


「そうはさせない! 姫は俺が守る!」


「いいね、兄ちゃん! そういう好きだぜ!」


こうして城内では、アルボールとパイモの一騎打ちが始まった。


――ルモアが消えた後。


彼女をパイモに追いかけさせたシフェルは、バティームに命じてワイバーンを無力化しようとしていた。


バティームは、三つの輪を取り出すと、空に向かって放って詠唱えいしょうを始める。


すると風が巻き起こり、三つの輪がワイバーン目掛けて飛んでいった。


輪が飛竜の大きさまで変化すると、それぞれ首、足、尾へと取りつき、三匹ワイバーンがのたうち回る。


「こ、これは一体ッ!?」


「見たか、フォレトーナ·アルヴスピア! これぞ我らポエーナ帝国が密かに開発していた魔導具! 幻獣を操る道具だ!」


シフェルはシェールス国への対抗策に、幻獣の無力化を考えていた。


その結果バティームと共に長年研究を重ね、ついに試作品だが、幻獣を縛る――いや、操る魔導具の完成に成功。


今朝、教会を襲ったケルベロスがその成果で、昨夜シファールの屋敷に現れたユニコーンは彼らの研究施設から逃げ出した幻獣だった。


ワイバーンを魔導具でとらえ、勝ち誇るシフェル。


だが彼の予想を超え、とんでもない事態が起こる。


「バティーム!? 一体どうなっているのだこれはッ!?」


ワイバーンはフォレトーナを振り落とすと、そこら中に火を吹き始めた。

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