#24

――燃え盛るポエーナ城。


ベアールとフォレトーナが協力し、兵を率いてケルベロスや三匹のワイバーンを止めようとしているが、焼け石に水といった状況だった。


それは、なるべく幻獣たちを傷つけずに無力化しようとしているからに他ならない。


ロープを何本も繋げて巨大な網を作っておおっても、すぐに破られてしまう。


ベアールやフォレトーナが本気で攻撃すれば止められなくもないが、みょうな魔導具の影響で暴走している幻獣に、できることならば手荒な真似まねはしたくない。


なわくらいでは幻獣らを止められんか……。このままじゃ不味いぞ」


「何かないのですか? ポエーナ国は軍事国家なのですから、鉄条網てつじょうもうくらいはあると思っていたのに」


「幻獣を覆うほどのものを造るには時間が足りなすぎるだろう? そもそも鉄条網ってのは、人間用の柵なんだからな」


二人が策を考えているとき、そこへアルボールとパイモがやってきた。


さすがにこの混乱の中、彼らは一騎打ちを止めて駆けつけてきたのだ。


さらにはその場にバティームも現われ、フォレトーナが彼に詰め寄って、魔法でどうにかするように声を荒げた。


だが、彼の表情は強張るばかりだった。


そして、、まるでこぼれたように言葉を吐く。


「無理だ……。ああなってはもはや制御できない。元々試作品なのだ、あの魔導具は……」


「あらら、最初から使えないものだって言っとけばこうならなかったのによ。きっとシフェル様に良いところ見せようとしたバチが当たったんだな。てーいうか、バティームが無理ならもう無理じゃね?」


バティームの話を聞いたパイモが気の抜けて声を出し、その態度が怒りをあおったのか、フォレトーナは腹いせに二人の頭に拳骨げんこつを落とした。


その一撃で彼らは気を失い、見ていたアルボールとベアールが、二人して顔を引きつらせる。


アルボールはやはり母が怒ると恐ろしいと思い、一方でベアールのほうは、数十年ぶりに会っても相変わらずだとでも言いたそうな表情だ。


しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。


一刻も早く幻獣たちを止めなければ、このままでは城下町のほうまで被害がおよんでしまう。


何か手はないか。


その場にいた誰もが頭を悩ませていると、どこからかひづめが石を踏み鳴らす音が聞こえてきた。


音のするほうを見て、フォレトーナが叫ぶ。


「あれは……ルモア様!?」


それは、ユニコーンに乗って走るルモアだった。


彼女は何を考えているのか。


火の海となった城内を駆けて、みるみる上層階へと上がっていく。


燃える城を駆け上がるなど自殺行為だ。


だが、フォレトーナとアルボールは、ルモアがやろうとしていることに気がついた。


「まさかルモア様は、幻獣たちに声が届く場所までいくつもりじゃ!?」


「ならもう安心だね」


「何を馬鹿なことを言っているんですか、アルボール!? 城内は今火の海なんですよ!? これではルモア様が幻獣を止める前に、先に焼け死んでしまうでしょ!」


フォレトーナが吠えるように声を荒げると、アルボールはそんな母を見て笑みを返した。


何を笑っているのだと再び怒鳴ろうとしたフォレトーナだったが、ベアールが彼女を止める。


老将軍は何も言わずにフォレトーナを見つめ、ただコクッとうなづく。


その顔は、息子を――幻獣姫を信じろと言っているようだった。


「なにを悟った顔してんだコラッ!」


しかし、そんな何の保証もないことを信じられないフォレトーナは、アルボールとベアールの頭に拳骨を落とした。


二人も先ほどのバティームとパイモと同じように、その一撃に倒れ、そのまま動かなくなってしまった。


そしてフォレトーナは、気を失った四人の男を放って、上層階へと向かっていくルモアのことを追いかける。


「ったく、頼りにならん男どもです。結局ルモア様を守れるのは私だけッ!」


残されたポエーナ帝国の兵士たちは、プンスカと湯気を立てながら火の海へ入っていく彼女を見ても、誰も止められなかった。


――四人の男がそれぞれ一撃で倒されていたとき。


ルモアはユニコーンに乗って階段を駆け上がり、城壁の上へと移動していた。


彼女が目指しているのは、ケルベロスやワイバーンに声が届く位置だ。


すでに周りは火におおわれているが、ルモアは怯まずに炎の中を突き進む。


「こんな危険なことに突き合わせちゃってごめんね……」


走りながらユニコーンに謝るルモア。


申し訳なさそうに言った彼女に、ユニコーンは優しく鳴き返した。


その鳴き声を聞き、笑みを浮かべたルモアだったが、表情を真剣なものへと変える。


暴れているケルベロスやワイバーンたちのほうを見上げる。


だが、ルモアの体は小刻みに震えていた。


怖いのだろう。


恐ろしいのだろう。


当然だ。


ルモアには身を守るすべがないのだ。


彼女にできるのは、幻獣と心を通わせることだけ。


本来ならば、このような場所にいていい人物ではない。


しかし、それでもルモアは己を奮い立たせる。


あの日、夜の湖の前でした取り引きのために――。


そして、同じ夢を持つ者と、なにより自分のために――。


「私はシファール·エンデーモのきさきになったんだ……。世界から争いをなくすために……大陸統一のために……。だから、これくらいのことで怖がってなんていられない!」

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