#25

声を張り上げたルモアに呼応するように、ユニコーンも咆哮ほうこうをした。


発した声で、ケルベロスやワイバーンらの気が彼女たちへと向く。


その顔は、明らかに正気を失っているとわかるものだった。


目は色は失い。


歯はむき出し。


まるでずっと苦痛を与えられているかのように、幻獣たちは誰が見ても苦しそうに顔を歪ませていた。


これはシフェル皇子の側近そっきん――魔術師バティームの使った魔導具の影響だろう。


それで制御できればよかったが、その魔導具は試作品の段階だんかいを出ないものだったため、このような結果となった。


もはや幻獣たちも自身ではどうにもならず、なにより操っていたバティームがさじを投げている。


だが、ルモアは諦めない。


自分の力――。


代々受け継いでいるエートスタイラー王家の能力――。


幻獣と心を通わせることができるこの力があれば、きっと今のケルベロスやワイバーンたちにも声が届くはずと。


「お願い! 私の話を聞いて!」


ユニコーンから降り、ケルベロスやワイバーンたちに向かって声を張り上げたルモア。


両手を広げ、敵意がないことを表しながら、さらに幻獣との距離をちぢめていく。


「ウオォォォンッ!」


それでも幻獣たちの警戒は消えなかった。


まず動いたのはケルベロスだ。


三つの首を持つ魔獣は、その身をよじってルモアを威嚇いかく


城の側防塔そくぼうとうを破壊し、瓦礫がれきがルモアの頭上から落下した。


このまま彼女は瓦礫の下敷きになってしまうかと思われたが、そこへ赤毛に赤い甲冑姿の女が割って入ってくる。


「無茶をなさるのは昔からですね、ルモア様」


シェールス国の摂政せっしょうであり、ルモアの育ての親でもある――フォレトーナだ。


フォレトーナは槍のように長い戦斧せんぷ――バルディッシュを振り、ルモアに降り注ぐ瓦礫を払い飛ばした。


「フォレトーナ! 来てくれたの!?」


「ええ、来ましたよ。忙しい中、飛竜を飛ばしてね。これもそれも男どもが役に立たないからです。ルモア様がこういうことをしてしまうお方だとわかっていて、この有り様ですし」


「いや、その、なんかごめん……」


申し訳なさそうにするルモアに、フォレトーナは笑みを返した。


そして彼女は、バルディッシュの刃を幻獣たちに突きつける。


「あなたたちを傷つけたくないですが……。ルモア様に手を出すなら、私も本気で戦いますよ」


フォレトーナが身構え、幻獣たちを威圧した次の瞬間――。


怯んだワイバーンたちが一斉に炎を吐いた。


三方向から飛んでくる灼熱が、ルモアとフォレトーナを焼き尽くそうと放たれる。


余計な刺激を与えてしまった――と、フォレトーナは顔を強張らせた。


慌ててルモアの盾になろうと彼女の前に出ようとするが、三方向からと広範囲の攻撃だ。


とてもかばいきれないと思っていると、二人の目の前に突然、蒼炎そうえんの壁が現れた。


青い炎がワイバーンの吐いた赤い火炎を防ぐ。


「シファール……なのッ!?」


城壁の下から突き上げてきた蒼炎は、シファールが放ったものだった。


ルモアが城壁から身を乗り出してその姿を確認すると、彼女を見上げていたシファールは叫ぶ。


「傷つけさせないと言っただろう!」


「ありがとう! 見てて! 私があなたの国を守るところッ!」


ルモアはシファールに向かって大声で礼を言うと、すぐに幻獣たちを見上げた。


そして、再び両手を広げてうったえる。


「大丈夫だよ! 私たちは敵じゃない! ただ、苦しんでいるあなたたちを救いたいの!」


ルモアがそう叫んだ瞬間だった。


彼女の体を光が包み、それがケルベロスやワイバーンたちを包んでいく。


それは燃える城の火すらも凌駕りょうがする輝きを放ち、幻獣の目に色が戻っていく。


おだやかな表情へと変わり、落ち着いていく。


その光景を、ポエーナ帝国の兵士たちも、離れたところにいた城下町の民たちも眺めていた。


誰も聖女だと声を漏らし、ルモアが放つ光が消えるまで、彼女に見惚みとれて立ち尽くしてしまっていた。


「こ、これは、私がやっているの……?」


自分の全身から出ている光に戸惑うルモア。


そんな彼女に向かって、フォレトーナが声をかける。


「追い詰められたことで、ルモア様の中にあるエートスタイラー王家の血が覚醒したのでしょう。おめでとうございます。これであなたは、本当の意味で幻獣姫になられた」


そう言ったフォレトーナの瞳はうるんでいた。


笑みを浮かべながらも両目から水滴が流れ、こらえる必要などないと嬉しそうにしている。


涙を流すフォレトーナに笑い返したルモアだったが、先ほど光を放った影響なのか。


彼女はその場で気を失ってしまった。


フォレトーナが慌ててルモアを支えると、彼女は泣きながらつぶやく。


「なによりも喜ぶべきは……ルモア様が無事だったこと……。よかった、本当によかったぁ……」


こうしてポエーナ国で起きた騒動は、ルモアが幻獣たちをしずめたことで終わりを迎えた。

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