#26
――後日。
ポエーナ帝国で起きた幻獣の事件は、シフェル皇子のしていた研究によるものだと発表された。
魔導具による幻獣を使役するための研究の失敗。
その発表もあって、皇子の
事実としては、シフェルが皇帝フェル―キを監禁して実権を奪い、ルモアを捕らえようとしていたのだが。
それはルモアからの願いもあって、住民たちには
さらに彼女は、シフェルを含めた彼の計画に加担した者たちの処罰も免除するように頼み、その罪はシフェルの軟禁のみという形になった。
現在は、半壊したポエーナ城の
ベアールを中心に、なぜかアルボールも駆り出され、毎日、職人や材料集めなどで国内を走り回っている。
被害は小さくないが、この騒動にも良かったことはあった。
それは、ルモアが幻獣の暴走を止めたことで、彼女に対して不信感を持っていたポエーナ帝国の人間たちが
怪我の功名、禍を転じて福と為す、雨降って地固まる――言葉はなんでもいいが。
ともかくこの騒動からルモアは、ポエーナ帝国の皇子シファールの結婚相手として、彼女こそ相応しいと言われるようになったのだった。
「よかったのか? 兄上たちにお
ルモアはシファールの屋敷で彼と共に、半壊した城を遠くから眺めていた。
シファールの質問に、彼女は笑みを浮かべて答えた。
シフェルや彼の配下を処刑することは簡単だが、バティーム·エイティンもパイモ·ナインズも、これから始まる大陸統一への道にきっと必要になる人材。
なによりシフェルは、将としての
そのような者たちを失うのは、自分たちの夢にとって大きな損失であると。
「しかし、兄上はまたおまえのことを狙うかもしれないぞ」
「私たちはこれから数百年続く戦乱を止めようとしているんだよ。あの人たちみたいな人材を使いこなすくらいの器量がないと、この先やっていけないって。それに……」
「それに?」
言葉尻をそのままを返したシファールに、ルモアはさらに口角を上げて笑って言う。
「もしものときは、またあなたが守ってくれるでしょ」
シファールは、まるで子どものような笑顔で言ったルモアを見て、呆れて笑い返すことしかできなかった。
そして思う。
ルモア·エートスタイラーは変わったか?
いや、何も変わってはいない。
血に震え、恐怖を覚える娘のままだ。
だがそれでも、たとえ怖くても、彼女は前へ進もうとしている。
それはあの頃――。
初めて彼女と会ったときと変わらない……。
「そうだな。おまえに何かあっても、俺が守ればいい」
「ね、ねえシファール! 実はま、前からずっと訊きたかったことがあるんだけどッ!」
シファールが答えると、ルモアは先ほどの笑みはどこへやら、急に落ち着きをなくした。
彼女は顔を真っ赤にしながら身をよじり、シファールを横目で見ながら訊ねた。
どうして自分の夢が大陸統一だと知っていたのかと。
ルモアの質問に、シファールはクスッと微笑みを返した。
彼の笑顔を見たルモアは、小首を
「なにその笑顔? いいから早く教えてよ」
「その話は、今度おまえの国へ行ったときに話そうか。場所はあの湖がいい」
「あの湖ってあなたが裸でいた……うぅッ! ちょっとやめてよね、急にあのときのこと言うの! おかげで変なことを思い出しちゃったじゃないの!」
「変なこと? なにかあったか?」
「覚えてないの!? もうぅ……シファールのバカッ!」
ルモアは、シファールがシェールス国にやってきた日の夜を思い出し、さらに顔を赤くすると彼に怒鳴った。
〈了〉
――それはまだシファールが幼かった頃。
アポストル大陸にある九つの国の代表が一堂に集まり、互いに数年間の停戦を交渉する場を
その理由は、大陸全土を襲った異常気象が原因だった。
つまりはどの国も、戦争どころではなくなったという話だ。
その異常気象――寒冷化はまず北部で起こり、やがて大陸すべてを寒波が襲った。
さらには寒さに続いて大雨が全土に降り、流される
どの国でも農作物が取れなくなり、それによってアポストル大陸始まって以来の
兵を食べさせることができない状況では、いくら戦いたくとも不可能だ。
ましてや民、貴族、王族、身分に関係なく厳しい状態だった。
これにルモアの父である先代のシェールス国の王が対応するために動き、すべての国に声をかけ、九つの国が集まるという歴史的な出来事が実現したのである。
当時のシファールは、ポエーナ帝国の皇帝である父フェルーキ兄シフェルと共に、集まりの場所に選ばれた中央地域の平原にいた。
妻か子――家族を
フェルーキは妻を早くに亡くしており、二人の息子を連れていくしかなかった。
集められた場所――平原には軍幕テントが二つ用意され、一つは九つの国の主らとその妻たち。
そしてもう一つには、王の子らを待たせるものとして使われた。
シファールは、兄シフェルと共に王の子らとその軍幕テントにいた。
各国の王の子らの護衛は一人という状況で、その中で年齢が少し上だったシフェルは周りの子たちと一言も話さず読書をしていた。
当時、今からは考えられないほど人見知りが激しかったシファールもまた、そんな兄に
王の子とはいえ、幼い少年少女が集まれば自然と騒がしくなる。
最初のうちは気にしていなかったシファールだったが、ある少女が発した言葉で、そちらへと気が向いた。
「みんなもお父さんお母さんに言っていきましょう! もう戦争をやめようって!」
一体何の会話をしてそんなことを言い出したのか。
シファールは少女の一言が気になって、彼女から目が離せなかった。
その少女は金色の髪を振り回しながら、青い瞳を大きく開き、王子や姫らに向かって言葉を続けていた。
今はまだ小さいから無理でも、大きくなったら自分たちが戦争をなくそう。
だからそのために、まずここにいるみんなが仲良くなろうと、その小さな胸を張って声を張り上げていた。
周りで少女の話を聞いていた王の子らは、そんな彼女のことを否定していた。
お前はバカだ。
このアポストル大陸は、自分たちが生まれるずっと前から戦争をしているんだ。
それを止められるはずがないだろうと、少女のことを知識のない頭の悪い子だと責め始めた。
この子ども同士の騒ぎは、次第に各国の護衛たちも動かざる得ないほど大きくなっていく。
だが、一斉に責められた少女は泣きそうになりながらも、その覇気をなくしてはいなかった。
「なら私がこの世界を平和にしてやる! みんなが笑顔で暮らせるように、すべての国を……大陸統一をしてやるんだから!」
王の子らはそんな彼女に怯んでいると、軍幕テントに迎えがやって来た。
どうやら王たちの話し合いが終わったらしく、各国の子らは皆その場から去っていく。
「行くぞ、シファール」
「う、うん……」
シフェルは真っ先に軍幕テントを出ていき、シファールも兄に続いた。
それから二人は護衛に連れられて、父である皇帝フェル―キと合流し、故郷であるポエーナ帝国へと戻った。
その移動中、シファールはずっと、あの金髪碧眼の少女のことが気になっていた。
騒ぎの中心にいた子だ。
彼女が口にした大陸統一という言葉が、シファールの頭にこびりついて離れない。
「兄上……。さっきの女の子はどこの国の子ですか?」
シファールは思い切ってシフェルに訊ねた。
兄は弟に問われ、呆れながら少女の出身国と彼女名を教えた。
「シェールス国、エートスタイラー王家の一人娘だ。なんだ、シファール? あんなふざけた女に興味を持ったのか?」
「うん……。なんだかずっと気になっちゃって……。そっか隣の国の子なんだね……。ねえ、兄上。彼女の名前はなんていうの」
「たしかルモアとか言ったか。まあ、もう二度と会うこともないだろう。ああいうのは、この戦乱の世では長生きできんだろうからな」
「あの子……死んじゃうの?」
「ああ、自分が王族という立場のある人間だということを忘れ、人目も気にせずに自己主張するような奴は、どこぞの
金髪碧眼の少女――ルモア·エートスタイラーが死ぬ……。
シファールは、どうして彼女が死んでしまうのか理解できなかった。
それは、彼にとってルモアが良いことを言っていると思ったからだ。
大人たちは王族、貴族、平民と身分に関係なく、戦争を当たり前のことだと思っている。
シファールは、そんな常識にずっと違和感があった。
どうして戦争は苦しいのに、互いに憎み合って武器を取るのか?
こんなこと早くやめてしまえばいいのにと。
だが、やがてシファールも戦争を普通のことだと思うようになっていったが、今日出会ったルモアの言葉で、彼は忘れていた自分の疑問を思い出していた。
それとそう言い放った彼女を死なせてはいけないと、心が熱くなっていくのを感じていた。
「大陸統一……。そのためにも……彼女を守らなきゃ……」
「うん? どうした、シファール? 男がブツブツものを言うな」
「兄上、俺……。強くなるよ。剣も魔法も覚えて勉強もいっぱいして、いつか兄上や父上みたいに強くなる!」
シフェルはそんな弟の頭を撫で、穏やかな笑みを浮かべていた。
可愛い奴だと言いたそうに、その優しい眼差しをシファールに向けていた。
尊敬する兄に撫でながらシファールは思う。
強くなって彼女――ルモア·エートスタイラーと共に、世界を平和に、大陸統一を成し遂げるのだと。
偽装結婚から始める~幻獣姫と銀髪皇子の大陸統一~ コラム @oto_no_oto
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