#4

――ルモアが事情を説明していた頃。


シファールは自国へと戻り、彼もまたルモアとの結婚を、父である皇帝フェルーキ·エンデーモと兄シフェルに伝えていた。


皇帝の寝室で、銀髪の赤い瞳の兄弟、親子がそろって向かい合っている。


彼らの銀色の髪と赤い瞳は、エンデーモ王家の特徴である


「シファール、訊きたいことがある」


ベットで横になりながら話を聞いたフェル―キは、息子に訊ねた。


なぜ単身で敵国に乗り込む危険を冒したのか?


そんな大それた考えがあったのなら、事前に話してくれてもよかっただろうと。


訊ねられたシファールは、国を左右するような勝手な真似をしたことを詫びつつも父に答えた。


すべてはアポストル大陸から戦争をなくすため――大陸統一の夢を果たすためであると。


「くだらんな。なにが大陸統一だ」


その答えに、兄シフェルが声を荒げた。


シェールス国のような幻獣頼りの国と親類になったくらいで、大陸から戦争がなくなるものか。


そもそも軍すら持たず、この戦乱の世で平和をうたい、日和見主義を貫いているシェールス国など我らとは水と油。


政略結婚ならば他の国としたほうがまだマシだと、怒気をにじませた声で言う。


だが、シファールは兄の反論におくせず言葉を返した。


ポエーナ帝国の未来のため、大陸から争いをなくすためには、どうしてもその相手がルモア·エートスタイラーでなければならないと。


シファールの強い意志が感じられる返事は、シフェルの怒りの火にさらに油を注ぐ結果となったが、皇帝フェルーキは彼をなだめてから口を開く。


「そこまで言うか……。どうやらおまえは余程あの幻獣姫を買っているようだ」


幻獣姫とは、ルモアが他国から呼ばれている通称だ。


ルモアは気に入っていない呼び名だが、代々、幻獣と心を通わせることができるエートスタイラー王家ただ一人の生き残りの彼女には、付けられて当然の二つ名であった。


「はい。ルモア·エートスタイラーは、大陸統一に絶対に必要な人物。彼女以外には、この夢を叶える相手は考えられません」


「それは本当に国のための考えか!? それともおまえのただの恋慕れんぼか!? 大体あんな小娘になにができるというのだ!」


シフェルは、ルモアの力のなさを口にした。


エートスタイラー王と王妃が亡くなって跡を継ぎになったというのに、実際に国を動かしているのは参謀さんぼうだったフォレトーナ·アルヴスピアではないか。


幻獣と心を通わせることができるといっても配下に国を任せるような情けないルモアは、大陸統一どころか自国すら守れていないのではないかと。


「箱入り幻獣姫など、獣をあやすことしか能がない無能ではないか」


「兄上にはわからないでしょう。彼女……ルモアこそが俺の夢を叶える相手に相応しいことが」


風に吹かれた柳が逆らわずなびくように――。


シファールは、シフェルの言葉を受け流すように答えた。


そんな弟の態度に、シフェルがたまらず身を乗り出したが、フェルーキは再び彼を止める。


「やめい、シフェル」


「ですが、父上! こいつの言ってることはおかしなことばかりですよ!?」


止められたシフェルは、今度は父に言い返す。


「王族の結婚は国にとっての大事な外交であり、政治の手段です! それをシファールの奴は勝手に決めようとし、あまつさえシェールス国をその相手に選ぶなど――ッ!」


「もうよいと言っている」


フェルーキは、静かながら力強い声を発した。


ベットで横になっている者とは思えぬ威圧感で息子を黙らせ、そして言葉を続けた。


これまでポエーナ帝国の皇帝として、戦いの人生をすごしてきた。


何も考えず悩まず、ただ生まれた時代に合わせるように、敵の血を浴び、己の血を流し続けた。


だが、それでもふと想うことがなかったと言えば、それは嘘になる。


「争いのない世界……大陸統一……。私も考えたことがあった……。しかし、それは険しい道だぞ。敵を討つことのほうが簡単だ」


「それでも、俺はその道を歩みます」


真っ直ぐに父を見つめ、そう答えたシファール。


そんな息子を見たフェルーキは、ふっと笑みを浮かべると、シェールス国とのことはシファールに任せると言った。


「私も老いた……。もう長くはないだろう。ここで昔、片隅にあった想いを、次の時代に繋げるのも悪くない……」


「よいのですか父上!?」


「安心しろ、シフェル。国を継ぐのはおまえだ。ただ、おまえにもシファールと同じ夢を……。私のかすみだった想いを理解してほしい……ゴホッゴホッ!」


フェルーキは咳き込むと、シフェルとシファールに下がるように言った。


皇帝の寝室を出た二人は、短い言葉を交わす。


「父上も老いたな……」


「兄上……。今はまだ理解してもらえないと思いますが……」


「わかってるさ。おまえの考えはな」


シフェルは弟の顔を見ることなくそう言うと、その場から去っていった。


兄の背中を眺めながら、シファールはうつむく。


しかし、すぐに顔を上げて自室へと歩を進めた。


とりあえずルモアとの結婚は認めてもらえた。


今はそれだけでいいと思いながら。

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