#5

――後日。


ポエーナ帝国から使者が来て、ルモアとシファールの結婚が正式なものとなった。


それは皇帝であるフェルーキ·エンデーモからの直々の書状を携えた訪問ということもあって、フォレトーナをひどく驚かせた。


まさかあのフェルーキが、敵国の姫と息子である皇子が夫婦になることを認めるとは、彼女は思わなかったのだ。


さらにはポエーナ帝国の使者の態度や、婚姻こういんの贈り物――金銀財宝の質や量など見ても、とても何か裏があるとは思えぬほど大げさなものだった。


これは案外、偽装結婚などではなく、シファール皇子は本気でルモアを愛しているのでは?


――と、フォレトーナが思ってしまうほどだ。


その効果もあって、シファールの真摯しんしさから、フォレトーナは納得いかないところがありつつも、反対していたルモアとの結婚を受け入れた。


式はシェールス国ではなく、ポエーナ帝国でおこなわることになり、ルモアはそれまでの間をシファールの住む屋敷で過ごすという話を聞く。


これには当然フォレトーナは苦い顔をしたが、アルボールをお付きにつけることで受け入れた。


「もう、フォレトーナは心配しすぎだよ。協力者である私に、シファールが何かするわけないじゃない」


「ルモア様は何もわかっていませんね。国を出れば、もう幻獣たちが守ってはくれないのですよ。シェールス国には軍隊はなく、まともに護衛をできる者もいない。本当なら私がついていきたいところなんですから」


「え? でも護衛としてアルボールも行くんじゃないの?」


小首を傾げたルモアに、フォレトーナは大きくため息をついてから言った。


アルボールは密偵であり、不意打ちや闇討ち、暗殺などにはひいでているが、正面切っての戦闘となると本物の強者には敵わない。


もしポエーナ帝国の者がルモアに刺客を送り込んだときは、アルボール一人ではルモアを守り切ることはできないだろうと、自分の息子へ厳しい評価を下す。


話を聞いたルモアは、ではなぜアルボールをお付きにするのだろうと、ますますその理由がわからなくなっていた。


そんな眉を下げて頭を悩ます彼女に、アルボールが声をかける。


「わかんないの、ルモア姫? 俺がついて行くのはポエーナ帝国の様子を見るため、つまり敵情視察だよ」


護衛としては頼りないアルボールをルモアについて行かせる理由は、ポエーナ帝国の動向や内情を探るため――。


それがフォレトーナの意図だった。


だが、このとき彼女はルモアに言わなかったが。


フォレトーナの考えは敵情視察だけではなく、もしものことがあればエンデーモ王家の誰かをアルボールに捕らえさせて人質とし、ルモアを救う交渉材料としようとも考えている。


いくら政略結婚とはいえ、自国の主が無防備に敵国に行くのだ。


臣下であり、ルモアの親代わりでもあるフォレトーナの立場からすれば、これくらい当然の対応だろう。


「うーん……。まあ、いきなり知らない土地で暮らすわけだし、アルボールが来てくれるのは私も心強いけど……」


ルモアとしては、そんなことする必要はないと思ったが、それでフォレトーナが納得してくれるならと、何も言わなかった。


余計なことを口にして揉めるよりは、彼女の言うとおりにしようと。


「そうは言っても、もちろんこの子には密偵の仕事だけではなく、ちゃんとルモア様を守ってもらいます。できますよね、アルボール?」


「仕事が多いのはヤダけど、まあ、なんとかこなすよぉ」


母に訊ねられたアルボールは、やる気があるのかないのかわからない態度で答えていたが、そもそも彼はいつもこんな調子なので、ルモアもフォレトーナも気にしなかった。


それからアルボールのみを連れ、ルモアはポエーナ帝国へと向かった。


その移動中に、幻獣たちが彼女の乗る馬車に向かって、別れを惜しむように鳴いていた。


炎に包まれた鳥の群れ、二本足で立つ狼の集団――。


さらには竜や人魚、空を飛ぶ白鯨、石の体を持つ巨人など、数えきれないほどの幻獣たちが主を見送る。


ルモアは、寂しそうな声を出す幻獣たちに向かって手を振り、笑みを返す。


今生こんじょうの別れではない。


すぐにとは言えないけれど、また必ず戻ってくる――そう心に想いながら。


「お待ちしておりましたぞ、幻獣姫殿どのわしの名はベアール·シックエイ。シファール様から、姫殿を案内するように言われております」


そして、シェールス国とポエーナ帝国の国境付近で、甲冑姿の者たちがルモアたちを出迎えた。


その指揮を執る男は、白髪交じりの頭髪の男で、顔だけ見るとかなりの高齢に見えた。


だが、その筋骨きんこつ隆々りゅうりゅうな体と黒い瞳から放たれる眼力には、とても年寄りとは思えぬ迫力があった。


それから簡単な自己紹介をされて知ったが、どうやらこの男はポエーナ帝国の将軍らしく、シファールに剣を教えた人物でもあるらしい。


名の経歴を聞いても「へー」と、どうでも良さそうなルモアに、アルボールが耳打ちする。


「おい、姫。あんたマジであのおっさん知らないの?」


「なによアルボールったら、ベアールさんって、そんなに驚くほどの有名人なの?」


ルモアの返事を聞き、アルボールは呆れた。


ベアール·シックエイといえば、ポエーナ帝国を代表する歴戦の将軍だ。


その名は数十年前から他国にも通っており、ベアールは魔力を持たないというハンデがありながら、武力のみでのし上がった人物として大陸中で畏怖いふされている。


そんな高名な人物を、しかも敵国の将軍をなぜ知らないのだと。


アルボールは開いた口が塞がらなくなった。


「でも、そんな怖い噂の有名な人なのに、なんか優しそうじゃない」


「そりゃ皇子の結婚相手には優しくするだろうさ。しかしまあ、あまり気を許し過ぎるなよ。姫の悪いくせなんだからな、そういうとこ」


苦言を吐かれたルモアは、まるでフォレトーナのようだとアルボールを見て思った。


普段は呆けていることが多いアルボールだが、やはり親子なのだなと。


「おい、これは笑い事じゃないんだよ。真面目に聞けって」


「はいはい。真面目に聞いてますよ~」


それからルモアたちは、ベアールらの案内でポエーナ帝国へと入った。

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