#6

シファールの屋敷があるポエーナ帝国の中心までは、馬の足でも数日はかかる。


もちろんルモアを野宿させるわけにはいかないので、ベアールは途中にある町やとりでで宿泊すると言った。


ルモアはシェールス国とポエーナ帝国――長年戦い続けた両国の和解という、歴史的な出来事の立役者だ。


因縁ある隣国――それも王族同士の結婚は、おそらくアポストル大陸全土を驚愕きょうがくさせるだろう。


この出来事が、今も覇を競い合う各国にどのような影響を与えるかは未知数だが。


少なくともシェールス国でルモアとシファール皇子が夫婦になることを発表したときは、多くの民が驚きながらも喜んでいた。


元々シェールス国の民が平和主義者が多かったのもあるだろうが。


誰もがいつ敵国が襲って来るかと怯える必要がなく、侵略される心配や不安がなくなるのは歓迎すべきことだった。


ルモアはそんな民の様子に喜び、これもすべてシファールがいてくれたおかげだと思っていた。


だがしかし、彼女はこうも考えてしまう。


一体どうしてシファールは、自分を結婚相手に選んだのか?


理由は本人から聞いているが(同じ夢を持つ者同士)、世界から争いをなくし、大陸の統一をすると周囲に言い回っていたのは、まだルモアが幼い頃の話だ。


それなのになぜシファールは、自分の夢のことを知っていたのだろう?


「考えてもしょうがないけど……やっぱ考えちゃうよね……」


あの日からルモアの中で――。


夜の湖に現れたシファールの姿と言葉が、ずっと離れずにいる。


(ヤバッ! つい思い出しちゃったじゃないの!)


彼の一糸まとわぬ姿を想像し、思わず赤くなるルモア。


ふと振り返った御者席にいたアルボールは、そんな彼女を見て妙な不安を覚えてた。


「姫、ルモア姫。なんか顔が赤いけど、大丈夫か?」


「だ、大丈夫だよ! へー今の私って顔赤くなってたんだ! なんでだろ!?」


慌てて空を見上げて返事をする。


まさか、これから結婚する相手の裸を思い出したからなんて、とてもじゃないが言えやしない。


なんとか誤魔化し、それからルモアは視線を周囲へと向けた。


初めて来たポエーナ帝国は、国境付近ということもあってか、物々しい雰囲気に満ちている。


シェールス国とは違い、舗装ほそうされた道は馬車の揺れが少ないので楽だが、時折ときおり目に入る兵士たちは、なにか切羽詰まっているようだった。


ルモアはそんな兵士たちを見て不可解さを覚えたが、すぐに思い直した。


いや、この数百年戦争が続くアポストル大陸で、シェールス国が特別なのだ。


暖かい気候あっての豊かな大地や素晴らしい自然は、幻獣たちによって他国の脅威きょういから守られているからだ。


さらにいえばポエーナ帝国は、大陸きっての軍事国家。


そんな相反する国同士を、自分の尺度しゃくどで測ってはいけない。


ルモアは、そう思いながら前方を見た。


馬車の先を進む、馬に乗った老将軍ベアール·シックエイ。


彼は、先ほど顔を合わせたときとは打って変わって、まるで敵陣に向かうかのような威圧感を周囲に放っている。


フォレトーナも四十前後というのに若々しいが、前を行く老将軍はそれ以上に感じた。


皺だらけの顔に白髪しらが交じりの頭髪なのに、年齢を感じさせない風格がある。


しかし、少々特殊であっても、ベアールもまた見張りに立っていた兵士たちと同じだ。


この国――ポエーナ帝国に生きる者は、皆ああいう覇気をまとっているのが普通なのだ。


「彼も……同じ……なのかな……」


思わず呟く。


シファールは言葉こそ足りない男だったが、今見ているポエーナ帝国の軍人のような雰囲気は持ってなかった。


だが、先ほどのベアールがそうだったように、やはり普段の彼も兵士たちと同じなのか。


だとしたらなんだか嫌だなと、ルモアは、シファールが他の者たちと違うことを願った。


「おい、そこの赤毛の小僧。もうすぐ今夜泊まる場所に着くと、幻獣姫殿どのに伝えてくれ」


「ああ、了解……って、おいおい、ベアールさんよぉ。俺もさっき名乗ったよな?」


「うん? いちいち細かい奴だな。別にいいだろう、赤毛の小僧で」


ガハハと笑い飛ばすベアール。


その見た目どおり。


老将軍はかなり豪快な性格のようだ。


対して名前を覚えてもらえなかったアルボールは、小指で耳をほじりながら言い返す。


「いや、よくないから。俺がこんなんだからわからないだろうけど、一応あのフォレトーナ·アルヴスピアの一人息子なんだから」


アルボールの出自を聞き、ベアールの表情が変わる。


「だから頼むぜ、そのへん。ポエーナ帝国へ行って名前も覚えてもらえなかったなんて母さんが聞いたら、一体なにを言われるかわかったもんじゃないんだよ、こちとらさ」


「ほう、フォレトーナの息子なのか。たしかによく見れば面影がある」


「なんだい? なんかよく知ってるみたいな言い方じゃないじゃん」


「よく知ってるも何も、わしとフォレトーナは結婚寸前までいった仲だからな」


ベアールの一言が耳に入り、二人の会話に興味のなかったルモアも、思わず窓から身を乗り出していた。

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