#2
――次の日の朝。
ルモアは、シェールス国の中心にある城へと戻っていた。
彼女は、まるで幽霊のようにユラユラと歩きながら、朝食を取る部屋へと向かっている。
その様子を見ていた城内の廊下にいた幻獣たちが、不思議そうに小首を傾げていた。
「告白……あの話は大陸統一のための告白……」
朝食の用意された部屋の席へとつき、ブツブツと言葉を呟きながら、パンを口に運ぶルモア。
何か様子がおかしい国の主を見て、側にいた赤毛の女性が訊ねる。
「ルモア様、どこか体調でも悪いのですか?」
声をかけた者の名はフォレトーナ·アルヴスピア。
ルモアの両親――王と王妃が亡くなってから、まだ若い彼女を支えている妙齢の女性だ。
シェールス国の内政や外交もフォレトーナが仕切っており、実質、彼女がいなければ国が回っていないほどの役割をこなしている。
すでに四十歳はすぎているが、フォレトーナのその品のある佇まいや伸びた背筋、女性らしさを残した筋肉質な体をしているため、実年齢よりも数段若く見える容姿をしていた。
「別に……モゴモゴ……どこも……モゴモゴ……悪くないよ」
「口に物が入っている状態で話さないでください……」
フォレトーナが、心ここにあらずといった様子で返事をしたルモアの行儀の悪さに呆れていると、部屋に若い男が入ってくる。
短い赤毛で背が低く、無邪気な顔をした人物。
「しょうがないよ、母さん」
彼はフォレトーナの息子で、名をアルボール·アルヴスピアという。
年齢は十八歳。
まだ若いながらシェールス国の
「姫は昨夜、お楽しみだったからさ」
息子の言葉を聞き、フォレトーナの表情が強張る。
お楽しみとは、まさか昨日の夜に城を出て、男とでも会っていたのかと勘繰り、ルモアを見下ろすように近づいた。
国を統べる立場でありながら――。
いや、それ以上に年頃の女が夜な夜な男と逢引きするなど言語道断。
――とでも顔に書いてあるかのような表情だ。
そんなフォレトーナを見たルモアは、驚いて食事を
「説明なさい、アルボール」
「わかってるよぉ。でも、こっちは夜通し巡回してて疲れてるんだからぁ。そう急かすな――ッ!?」
「早く言いなさい」
母に凄まじい
「わかった! わかったから! うぅ……なんか俺が怒られてるみたいだなぁ。えー実はルモア姫がこんなになってるのは、昨夜にやってきた皇子様のせいなんだよ」
水を勢いよく飲むルモアなど気にせずに、アルボールは話を始めた。
どうやら彼は、昨日の陽が落ちた時間に、自国に怪しい人が入ってきたと部下から知らせを受け、その人物――シファールのことを追っていたようだった。
そのため昨夜の湖でのことは側ですべて見ており、敵国の皇子とルモアに何があったのかも知っていた。
アルボールは、シファールの単身での侵入から話し、それから見たことをフォレトーナに伝えた。
湖の前にいた裸のシファールがルモアへと近づき、姫は顔を真っ赤にして恥じらっていたと。
「ちょっとアルボール! 勝手に話を作らないでよ!」
「大体あってるだろう? 裸のシファール皇子がルモア姫に結婚してくれって言ってるの、俺はたしかに見たぜ」
「すっ飛ばしすぎだから! 細かい大事なところ全部抜いて話さないでって言ってんの!」
声を荒げ、ルモアはアルボールに詰め寄った。
両手で
アルボールは、主であるルモアに対してずいぶんと砕けた口調と態度だが、二人は姉弟ように育ったのもあって、
「ル、ルモア様が裸の男とぉ……。し、しかも……その相手がシファール·エンデーモなんてぇ……」
「あぁぁぁッ! フォレトーナッ!?」
フォレトーナがその場に崩れ落ちた。
膝から屈し、今にも額が床につきそうな状態でその身を震わせている。
亡き王と王妃にルモアを託され、これまで大事に育ててきた彼女にとって、ルモアは娘も同然だった。
それが、一体なんの間違いで敵国の皇子などとそのような関係に……。
フォレトーナは自分の教育が悪かったのだと、自責の念に潰されそうになりながら、何度も亡き王と王妃に謝罪し始めていた。
「こんなはしたない娘に育ってしまって……。あぁッお許しを、王様、王妃様! すべてはこのフォレトーナの責任です!」
「フォレトーナったら私の話を聞いてよ! 別にシファール皇子とやましいことなんて何もないから!」
ルモアは必死にフォレトーナに説明しようとしたが、彼女は発狂し出す勢いで窓から見える空に謝り続けていた。
もう誰の声も届かない状態だ。
それでもなんとか話を聞いてもらおうとしていたルモアは、アルボールにも手伝うように叫ぶ。
「コラ、アルボール! フォレトーナがこんなになっちゃったのもあなたのせいなんだから! 見てないで早くなんとかしなさいよ!」
「俺のせいかなぁ。でも、母さんがこうなったら、しばらく人の話は聞かないと思うけど」
しっかり者のフォレトーナは、たとえ国に危機が訪れようとも、常に冷静な人物なのだが。
彼女はルモアのことになると、心を乱してしまうところがあった。
そのせいか、フォレトーナが正気に戻るまで数十分はかかった。
「すぐにでも二人には言うつもりだったんだけど……」
その後、改めて話の場を開き、ルモアは歯切れの悪い言い方ながら、昨夜のことを説明する。
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