#10

城下町を進んでいくと、ルモアたちの乗る馬車は、次第に木々に覆われた場所へと入っていった。


その道にあった多くの樹木じゅもくは、まるで彫刻などの置き物のように並んでいる。


ポエーナ帝国で見た自然は、ルモアの生まれたシェールス国とは違って、人の手が入っているように見えた。


その整列した軍隊のような木々の道を抜けると、奥には屋敷があった。


こんな城壁都市の中にあるには、ずいぶんと違和感がある建物だ。


おそらくは屋敷の主が意図して作ったのだろう。


どこか人工的ながらも、おとぎ話でも出てきそうなところは、ルモアの故郷を思い出させる。


「なんだよ、シファール皇子って森の住人にでも憧れてんの?」


アルボールが、顔を引きつらせながらそう言った。


ルモアと同じく自然の多い国で育った彼からすれば、今目の前にある屋敷は、金持ちが道楽で作ったものにしか見えなかった。


これはアルボールが特別というわけではなく、シェールス国に住む者なら、誰でも同じ感想を抱くはずだ。


どうしても滑稽こっけいに映る。


いくら自然の多い国で生まれた女をめとるからといって、こんな屋敷を作るか?


軍事国家の皇子というのはずいぶんと気前が良いのだなと、アルボールは不快さから次第に気持ちが変わり、呆れ果てていた。


だが、ルモアは違った。


彼女もアルボールと同じように、この人工的にシェールス国を意識した建物や周囲の景色に違和感を持ったが。


シファールが自分のために用意してくれたと思うと、悪い気はしなかった。


むしろ嬉しくさえ思う。


「おっ、シファール様自らお出迎えのようだ」


先頭を走るベアールがそう言った先には、屋敷の前に立つシファールの姿があった。


そこには、彼を中心に執事やメイドなどの従者が並んでおり、わかりやすく歓迎しているのがわかる光景だった。


アルボールが屋敷の前で馬を止め、ルモアが馬車から出てくると、並んでいた従者たちが一斉に頭を下げた。


「待っていたぞ、ルモア。ようこそポエーナ帝国へ」


シファールは馬車へと近づき、ルモアに手を差し出し、彼女をエスコートした。


戸惑いながらも彼の手を取ったルモアは、なんだか気恥ずかしくて頬を染めてしまう。


彼女はシファールの赤い瞳で見つめられたせいで、風で揺れる彼の銀髪すら見れずにいる。


「ふぅ。何はともあれ、これでやっとゆっくりできるよぉ」


「おい、小僧。おまえはこっちだ。これから稽古をつけてやる」


「はぁ? ちょっと来たばっかでなに言ってんだよ、ベアールさん!? わッ離せって!?」


ベアールは御者席から降りたアルボールの首根っこを掴んで、そのままどこかへ行ってしまう。


これまでの移動中、ずっと手合わせという名のしごきを続けていたが。


どうやらベアールは余程アルボールのことが気に入っているようで、彼の意志など無視して、まだまだ彼を鍛えるつもりだ。


ベアールに強引に連れて行かれながら、アルボールが悲鳴のような声をあげる。


「ルモア! おまえからもなにか言ってくれ!」


「あら、いいじゃないの。ベアールさんもあなたには見込みがあるって言ってるし」


「言ってるし、じゃねぇよ! こっちは長旅でへとへとなんだぞ!」


だが、そんなアルボールの叫びも虚しく、彼は屋敷の裏へと引きずられて行ってしまった。


その光景を見たシファールは呆気に取られていたが、すぐにルモアのほうを見て言う。


「あの従者はたしか、話していたフォレトーナ·アルヴスピアの息子だったか。珍しいこともあるものだ。あのベアールが稽古をつけたがるなど」


「ああ見えてもなんだか互いに惹かれ合うものがあるみたいで、すっかり仲良しにみたい」


「そいつはよかった。では、ルモアは私の部屋へ。お茶でも飲もう。いろいろ話したいこともあるしな」


去っていったベアールとアルボールを眺め、ルモアとシファールは笑みを交わし合うと、屋敷内へと入っていった。


それから口にしていたとおりシファールの部屋へと通され、予め準備されていた紅茶や茶菓子をテーブルに置くと、執事やメイドたちは部屋から出た。


すると、部屋に二人っきりになった途端――。


穏やかだったシファールの表情が変わっていく。


先ほどの良き皇子の顔が崩れ、人間味のない仏頂面になった。


そんなシファールの顔を見たルモアは、「ああ、やっぱりこっちが本性だよね」と、ハハハと乾いた笑みを浮かべた。


実際にルモアが皇子と話したのは、シェールス国での夜の湖が初めてといえるが。


以前から何度か顔を合わせたときのシファールの表情は今のほうだと、彼女は顔を引きつらせていた。


しかし、それでも今のシファールのほうが妙な緊張をしなくて済むと、強張っていた体から余計な力が抜ける。


「来て早々悪いが、確認させてくれ。おまえと俺の関係を知っているのは、フォレトーナ·アルヴスピアとその息子だけだな?」


口調もあの夜と同じものに戻っている。


そうだ。


これが自分の知るシファールだと思いながら、ルモアは答えた。


事前に伝えていたとおり、自分とシファールの偽装結婚のことを話したのは、今あげた二人だけ。


他には誰にも漏らしていないと。


テーブルを挟んでふむふむと頷いたシファールは、ルモアに言う。


「そうか。できれば俺たちのことを知る者は少ないほうがいいからな。ちなみにこっちで知っているのはベアールだけだ」


「えッ? ベアールさんだけって……。私も人のこと言えないけど、あなたには他に信用できる人はいないの?」


「意地の悪いこと言うな。皇子とはいっても俺は第二継承者。兄が国を継ぐのが決まっていて、それでも俺をかつごうなんて酔狂すいきょうな人間は、この国にはいない」


そう言いながら笑ってみせるシファール。


ルモアはそんな自嘲気味に笑った彼が、なんだか寂しそうに見えた。

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