#9
――国境を出発してから数日後。
ルモアたちはポエーナ帝国の中心――帝都へとたどり着いた。
これまで通った町や
広大な敷地は今まで見た城壁よりもさらに高く、見張りの数も倍以上。
遠くに見える城も実に立派なもので、ルモアが住んでいる城とは、大きさも豪華さも
ルモアの生まれたシェールス国が、天然の要害とそこに住む幻獣たちによって守られているのと比べて、ポエーナ帝国はすべてに人の手が入り、国内に管理、把握できないところはないと言わんばかりの光景だ。
自然や幻獣と共に育ったルモアとしては、このような物々しい街並みに違和感を覚えてしまう。
だが、これからここで暮らすことを考えると、彼女は早く慣れなければと思っていた。
それは、シファールとの取り引きであり契約――。
二人の夢であるアポストル大陸の統一、世界から争いをなくすためだった。
そのことを考えれば、文化の違う土地やより過酷な辺境にだって行くこともあるかもしれない。
なにしろ数百年続く戦乱を終わらせようとしているのだ。
あの日、夜の湖で――。
シファールが生半可な覚悟で、敵国の姫に取り引きを持ちかけてきたわけじゃないことくらい、考えなくてもわかる。
自分は選ばれたのだ。
同じ夢と目的を持つ協力者として。
「だから……最初はシェールス国とポエーナ帝国を……。すべてはそれから……」
そのためにまずは両国を平定し、地盤をしっかりと固めねば。
ルモアはそう思うと、シファールの顔を脳裏に浮かべながら、拳をギュッと握った。
「や、やっとぉ……着いたなぁ……」
「ちょっとアルボール。別に私たちは使者ってわけじゃないし、嫁入りで来てるけど。一応は国の代表としてここにいるんだから、もう少しシャンとしなさいよ」
ここまでに途中で泊まった場所では、夜な夜なベアールによる手合わせという名のしごきが
さらにベアールは余程アルボールのことを気に入ったようで、稽古の後はいつも酒の相手もさせられたようだ。
しかもアルボールは、皆が寝静まった後にポエーナ帝国の状況を調べる仕事もあったため、毎日ろくに休めていなかった。
「なにがシャンとしなさいだよぉ。全部おまえのせいだろ」
「え、私のせい? なんかしたっけ?」
「もういいよぉ……」
諦め顔でそう言ったアルボール。
ちなみにルモアは、彼が夜な夜な密偵の仕事をしていることは知らない。
その理由は、アルボールの母であり上司でもあるフォレトーナから、ルモアに気づかれないように仕事をするよう言われていたからだ。
フォレトーナは、シファールを信用しきっているルモアにこのことを話すと、今すぐ止めるように喚き出すと思っている。
だが今回の嫁入りは、国をルモアに代わり支えている彼女の立場からすれば、ポエーナ帝国の内部を知る絶好の機会だ。
ならば知られずにやるというのが、フォレトーナの出した結論だった。
そもそも彼女はルモアとは違って、シファールのことを完全に信用しているわけではない。
護衛も付けず武器も持たずにたった一人でシェールス国へ訪れ、危険を冒してルモアに会いに来たことに関しては、認めていないわけでもないが。
フォレトーナが直接シファールと話したわけでもなく、ましてやまだまだ秘密にしていることが多いのもあって、アルボールに探らせるのは当たり前だった。
しかし、予期せぬことが起こるのが世の常。
アルボールにとって、ベアールの行動にルモアの勘違い発言など、今回はただ不運だと思うしかない。
馬車は城下町を進み、ベアールの案内でシファールの屋敷へ向かっていた。
街では、ベアールの姿に気がついた住民たちが頭を下げており、中には手を振りながら跳ねて挨拶してくる子どもたちの姿があった。
どうやらこの老将軍は、国の重鎮でありながらも民に愛されているのだろう。
普段は見せぬ凄まじい威圧感を知らない者からすれば、身分が高いのに気さくな人物としてしか、民たちの目には映らないようだ。
「すみません、ベアールさん」
「うん? なんだ、幻獣姫?」
もはやルモアに対して、当たり前に友人口調になっていたベアールに、馬車を囲むポエーナ帝国の兵士たちが笑っている。
ルモアもそんな老将軍の態度を気にせず、むしろ堅苦しくなくて話しやすそうだった。
たった数日間の付き合いだが、ベアールたち案内役の一行とルモアとアルボールは、これまで敵国同士だったとは思えないほど距離が近づいていた。
これは、彼ら彼女らの人柄というか相性もあったといえる。
「彼……シファールは、屋敷にいるのでしょうか?」
不安そうに訊ねたルモアに、ベアールは笑みを返した。
シファールならば、今日に幻獣姫が到着すると伝えているので、きっと今頃は屋敷で待ちわびているだろうと。
「そう、ですか……」
老将軍の返事に、ルモアの表情がほころぶ。
そんな彼女を見たアルボールは少し不可解そうにしたが、ため息をついた後、すぐに前を向いた。
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