#16

「シファール! その子のことは私に任せて!」


飛び出してきたルモアを見て、周囲にいた者たちは安堵あんどした。


その理由は簡単だ。


なぜならばルモアは、幻獣と心を通わせることができる唯一の人間――エートスタイラー王家の者だからだ。


これはアポストル大陸に住む者ならば、たとえ子どもでも知っている事実であり、その力によって彼女の一族は代々シェールス国を守ってきたのだ。


ルモアが幻獣姫という異名で呼ばれているのも、すべてはその血の力によるためである。


暴れる幻獣の一匹や二匹くらい、すぐに落ち着かせることができるだろうと、誰もが思っていた。


「大丈夫、大丈夫だよ。この人たちは敵じゃない。心配はいらな――キャッ!?」


だが、ユニコーンは止まらなかった。


シファールの前に立って手を伸ばしてきたルモアに対して、幻獣はまるで彼女を拒否するように頭で振り払った。


そして、雄叫びをあげて、倒れたルモアに向かって角を突きつける。


その光景に誰もが目を疑った。


ルモア·エートスタイラーは、幻獣を使役することができるのではなかったのか?


まさかうわさだけで、実はそんな力などはなからなかったのか?


子どもでも知っているはずの事実がまさか崩れたことで、庭にいた全員が驚愕きょうがくして身を固めてしまっている。


執事もメイドも、ベアールと彼の配下の者たちも両目を見開き、その場に立ち尽くす。


特にショックが大きかったのはアルボールだ。


彼は幼い頃からずっと、ルモアとは姉弟のように育てられてきた。


実際に彼女が、幻獣と心を通わせているところも何度も見ている。


それだけに、今、目の前で起きていることが、アルボールには信じられなかった。


「下がれ、ルモア!」


そんな中でただ一人。


立ち尽くすことなく動いた者がいた。


ポエーナ帝国の第二皇子――シファール·エンデーモだ。


彼はルモアを狙ったユニコーンの角を剣で受け、そのまま弾き飛ばす。


しかし、その程度で幻獣は怯まない。


むしろシファールの銀色の髪と赤い瞳を直視すると、さらにいきり立っていた。


「お願い聞いて! この人たちは……シファールは敵じゃないよ!」


「いいから下がっていろ。どうやらこの幻獣、おまえの声が届かぬ状態のようだ」


「なら尚更なおさらだよ! この子は怖くてこんなになっちゃってるんだから!」


ルモアが前に出ようとすると、シファールは彼女をさえぎり、その身を盾にする。


そこからユニコーンの猛攻が始まった。


螺旋状らせんじょうの一本角を素早く突き出し、まるで嵐のような激しさでシファールの貫こうと攻撃してくる。


対するシファールは、剣で攻撃をさばきながらも反撃はしなかった。


皇子という立場ながら幻獣の攻撃をしのぐ剣技は見事なものだったが、受けているだけではいずれやられてしまう。


「あぁ……シファール……。血が……」


ルモアが言葉にならない声を漏らす。


次第にユニコーンの角が、シファールの体をかすめ始めていた。


その度に血が流れ、気がつけばシファールは血塗れになっていた。


大事な部分は傷ついていないとはいえ、軽傷でもこのままでは命に係わる。


「くッ!? ユニコーンを生け捕ろうなど無茶なこと……。シファール様! わしが背後から取り押さえます! シファール様も続いてください!」


「こういうときのベアールは察しがよくて助かる……。わかった、おまえに続くぞ!」


駆け付けたベアールは、シファールの意図を察してユニコーンを取り押さえに入った。


ベアールが皇子の言うことを聞きつつも苦い顔をしたのには、とある事情があるからだった。


それは、ユニコーンを人の力で殺すことはできても、生け捕りにすることはできないと言われているため。


たとえ生きたまま捕らえられたとしても、飼い馴らすことはできず、激しい逆上の中、自殺してしまうという話は、まともな教育を受けた者ならば誰でも知っている常識だ。


それを可能にしたのがエートスタイラー王家の人間だったのだが、どうしてだが、ルモアにはユニコーンを止めることはできなかった。


「傷つけるなよ、ベアール!」


「わかっております!」


ユニコーンを背後から押さえつけたベアールに続き、シファールも剣を捨てて飛びかかった。


二人がかりで取り押さえ、強引に締め上げる。


ベアールが胴体を掴み、シファールは首に手を回すと、やがてユニコーンは意識を失って倒れた。


兵士たちも慌てて駆け寄り、ぐったりした幻獣を拘束する。


「ケガはないか?」


シファールは、地面に腰を抜かしていたルモアに手を差し伸べた。


だが、彼女は震えてその手を掴むことができず、動けずにいた。


それどころか血塗れの皇子の姿を見たルモアはさらに怯え、出された手を掴むどころか、シファールを避けるようにってしまう。


そこへ執事やメイドたちが駆け寄ってきて、シファールに早く傷の手当てをと叫び始めていた。


「やはりおまえには覚悟がないか……。残念だ……」


シファールはルモアに背を向けると、去り際にそう言い残し、従者たちを連れて屋敷へと歩き出していった。

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