#14

――陽が落ちて夜となり、シファールの屋敷では、明日の結婚式への準備が完了したことで、ささやかな前夜祭がおこなわれていた。


屋敷にいる者だけで祝うパーティー。


テーブルを庭へと並べ、いつもよりも肉料理が多く、めずらしくワインが出される豪華な食事が外へと運ばれる。


さらに庭にはささやかながらも照明でライトアップされ、執事やメイドたち、ベアール直属の兵士たちも一緒になって杯を重ねていた。


その中心には、明日の式の主役である二人――シファールとルモアが並んでおり、ベアールとアルボールが周りを巻き込みながら、大声で話をしている。


「うん、美味い酒だ! 前日からこの美味さでは、明日はどれだけ美味くなるのだろうな!」


「おいおい、ベアールさん。あんまり飲みすぎんなよぉ。いくら祝い事だからって、あんたは一応は護衛の指揮をする立場なんだからな」


「固いこと言うな、ラルボール。長い人生の中で、これだけ美味い酒はなかなか飲めんのだぞ。なんせあの女に興味のなかったシファール様が嫁を迎えるのだ。しかもそれがシェールス国の幻獣姫と来れば、喜ばずにはいられんわい」


「俺は“アルボール”だよぉ……」


ベアールとアルボールのやり取りに、屋敷の者たちがさらに盛り上がる。


そして、この場にいるアルボール以外の誰もが老将軍と同じ気持ちだった。


シファールは、エンデーモ王家の特徴である銀色の髪に赤い瞳を持つ色男だが、これまで一度も浮いた話がなかった。


それは彼が皇子という立場だからなのかと国中の者は思っていたが、兄である第一皇子のシフェルは、若い頃から女遊びが絶えなかった(現在ではそんなことはないが)。


二人とも手足の長い細身の体型で容姿端麗で、さらに父である皇帝フェル―キからは、「敵を殺した人数と同じ数だけ女をはらませろ」と冗談交じりで言われていたのもあって、エンデーモ王家の男は性には奔放ほんぽうだった。


だが、そんな浮名を流していた兄と女遊びをすすめる父がいながらも、シファールは一切、女性とは縁を持たなかった。


今年で二十五歳になるというのに、彼は未だに女性経験もなく、どうしてだか異性に興味を示さないでいた。


ひょっとして第二皇子は同性愛者なのか?


そんな噂が帝都内で流されるくらい、シファールは性的なものに潔癖けっぺきだった。


それが自ら単身で敵国へと渡り、その国の主である女性を口説き落としたのだ。


今までのシファールをよく知る者からすれば、もうこれだけでも大事件といえる。


「飲んでますかな、シファール様に幻獣姫!」


騒いでいたベアールが、シファールとルモアのところへとやってきた。


もはや杯ではなく、ワインだるを片手に顔を真っ赤にして、明らかに酔っ払っている状態だ。


「おいおい、主役に絡むなよ」


そんなベアールの後ろには、呆れているアルボールがついてきていた。


彼は、違う意味でルモアの護衛をしようとしているのだろう。


ルモアの盾になるように彼女の前に立ち、さりげなくベアールから遠ざけようとしている。


「めずらしいな、ベアール。おまえがここまで酔っているのは」


「そりゃ酒もすすむってもんですわ! ここ数日はわしにとって、嬉しいことばかりですからな!」


主を相手に遠慮なく絡み続けるベアール。


普段からこうなのだろうとは思われるが、それにしても主従関係など感じさせない物の言い方だ(まあ、最低限の礼儀はあるが)。


「母さんが言っていたけどさ。男の、特に年寄りの絡み酒が最もみっともないって、この光景を見るとわかるな……」


アルボールが引きつった笑みを浮かべてルモアに言った。


酒が入り、主人の女性関係を暴露ばくろする臣下など、殺されても許されない大罪だ。


シファールは、そんなベアールの人柄をわかっていて側に置いているのだとしても、あまりにも酷い。


ルモアは、アルボールが口にしたことで、フォレトーナが昔に言っていたことを思い出していた。


「ルモア様。もしこの先、男性と関係を持ちそうになったとき、その者が酒にだらしない人間だった場合は即刻その対象から外しなさい」


今思えばあのときの言葉は、フォレトーナ自身の経験から来るものだったのではないか?


フォレトーナがベアールと婚姻関係だった過去を聞いただけに、ルモアはそう思わずにはいられなかった。


「ベアールさんって……誰にでも気さくでいい人なんだけどねぇ……」


「まあ、こんなことしても罰せられないのは、それだけ国に貢献こうけんしてるってことなんだろうけどな。……でも、俺はこうならないように気をつけよう」


「そうだね……。アルボールが酒癖が悪くなったらフォレトーナが泣いちゃうだろうし、私もすっごく嫌……」


二人が静かに同意し合っていると、突然、屋敷の外から物音が聞こえてきた。


馬のひづめの音だ。


その数は一匹だけだが、なにやら物凄い勢いで屋敷に向かって来ていることがわかる。


「おまえたち! 全員辺りを警戒しろ! 敵かもしれんし、相手が一人とも限らんぞ!」


すると、それまで足元もおぼつかなかったベアールが酒樽をテーブルに置き、配下の者たちに向かって声を張り上げた。

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