#7

何百年という戦いの歴史がある両国――ポエーナ帝国とシェールス国。


そんな国の重鎮じゅうちんといえる老将軍と、今や主に代わって国を回している摂政せっしょうが、かつてそのような関係だったのか。


この話には、さすがのポエーナ帝国の護衛兵たちも驚いた様子を見せていた。


当然ルモアも立場的に、これは是非ぜひとも聞いておきたい話だ。


飾りとはいっても主である自分と、皇子であるシファールの関係は、昔のベアールとフォレトーナの仲に近いはず。


別れた理由も知りたいし、何よりも今後の参考になるかもしれないのだから。


「ふーん、母さんとポエーナ帝国の将軍さんがねぇ。そいつはまた凄い話だ、こりゃ」


だが、肝心の話相手のアルボールは、耳掃除でついた小指のあかを息を吹きかけて飛ばし、まったくもって興味なさそうだった。


ルモアは、そんなアルボールをにらみながら心の中で叫ぶ。


いいから早く詳しいことを訊け。


おまえにはどうでもよくてもこっちは興味津々なんだよと、凄まじい形相でアルボールのことを見ていた。


そんな顔で、馬車の窓から身を乗り出しているルモアに気がついたベアールは、白い歯を見せながらアルボールに言う。


「なんだ、興味ないのか?」


「わかってないな、ベアールさんよぉ。大体さぁ、母親の恋愛話を聞きたがる子どもがどこにいるんだよ? むしろ興味ないどころか聞きたくもないね。母さんとあんたの話なんて」


「そうか。まあ、そこまで言うならやめておくか」


その場にいたルモアを含め、ポエーナ帝国の兵たちも全員が内心で怒鳴った。


馬鹿野郎。


なんでそんなことを言うんだ。


こんなとんでもない話、もう二度と聞けないぞと。


このままでは不味い、話が聞けなくなると、ルモアは誰に言われたわけでもないのに、行動を起こすことにする。


「あの、ベアールさん。アルボールはちょっと性格的に天邪鬼あまのじゃくなところがあるんで、本当は興味あるのについ正反対のこと言っちゃってるんですよ」


「はぁ? なに言ってんだ、じゃなかった。何をおっしゃるんですか、ルモア姫? 俺がそんな人間じゃないことくらい、昔から知ってるでしょう?」


「もうアルボールったら照れちゃって。すみませんけど、ベアールさん。素直になれないこの子のためにも、フォレトーナとの昔話を話してあげてください」


ルモアは否定したアルボールを先ほどの鬼の形相で睨んで黙らせ、すぐにベアールへ笑顔を向けた。


この態度で幻獣姫の意図を察したアルボールは、ため息交じりに言う。


「まあ、聞きたいといえば聞きたいけど……」


「やっと素直になったね! ほらベアールさん! アルボールも正直になったことですし、是非ともお話をお聞かせください!」


満面の笑みを浮かべるルモアと、辟易へきえきした顔をしているアルボール。


そんな二人を見たベアールは、前方へと体を向けてその口角を思いっきり上げて笑った。


これにはポエーナ帝国の兵たちも思わず微笑む。


皆「ナイスだ、幻獣姫」とでも言いたそうな顔になっていた。


そして、皆が待ちに待ったフォレトーナとの昔話を始める。


わしとフォレトーナは、元々は中央地域の人間でな。流れ流れて南西部にたどり着いたんだ」


どうやらベアールとフォレトーナは、シェールス国でもポエーナ帝国でもない土地の生まれで、特に主を持たない流浪の立場だったようだ。


二人はこの南西の地域周辺へやってきたときに出会い、それから知り合ったらしい。


「では、ここへ来てから恋人になったんですか?」


「いやいや、そんな甘い関係ではなかったよ。そのときのわしは義賊気取りの盗賊の頭で、フォレトーナは自警団のようなものを率いてな。顔を合わせては殺し合いを続けた仲だった」


当時、三十代だったベアールは、まだ十代のフォレトーナの団とは馬が合わないだのなんだと、くだらない理由で小競り合いを続けていた。


だが、そんな二人のことを知ったポエーナ帝国が動き、自国へ取り込もうとした。


関係の悪い両勢力をまとめるには、それぞれの頭目と団長が結ばれるのが一番だと、当時のポエーナ帝国の主――先代の皇帝エンデーモが、ベアールとフォレトーナを夫婦になるように迫ったようだ。


「それで儂らとフォレトーナの団はそのままポエーナ帝国の軍に飲み込まれた。しかし、フォレトーナは帝国のやり方が合わなかったようでな。軍を辞めて国を出て行ったんだ」


代々軍事国家という組織体制であったポエーナ帝国と、民の幸福を第一に考えていたフォレトーナでは、思想が違い過ぎた。


もちろんポエーナ帝国が民をないがしろにしているわけではないことは理解しつつも、当時の彼女には、やはり民まで戦争に参加させるやり方は(徴兵とは違う形でも)、受け入れられなかったらしい。


その後、どういう経緯があったかはベアールにはわからないが。


フォレトーナはシェールス国へと入り、外敵と戦う幻獣たちの先頭に立って、国を守り始めたようだ。


「シェールス国は平和主義の国……。話を聞いたとき、あいつにピッタリの国だと思ったもんだ。まあ、平和主義者にしては腕っぷしが強すぎるけどな」


「あと性格もきついよぉ。口うるさいしぃ」


「たしかに。ククク……ガッハハハ! 言うじゃないか、小僧!」


アルボールが母のことを評すると、ベアールは肩を振るわし、やがて大声で笑い始めた。


彼の笑い声で、ポエーナ帝国の兵たちからも笑みがこぼれる。


雰囲気が少々湿っぽくなってしまったが。


ベアールとアルボールのやり取りで、空気が明るいものへと戻った。


だが、そんな和やかな場の中で、ルモアだけは表情を曇らせていた。


「フォレトーナのこと……止めなかったんですか?」


そして、彼女はベアールに訊ねた。

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