偽装結婚から始める~幻獣姫と銀髪皇子の大陸統一~
コラム
#1
満ちた月とは反対に、空を見上げている女性の顔は浮かない。
月明りに照らされて輝く鮮やかな金髪も虚しく、その青い瞳にはどこか憂いが含まれていた。
彼女は大きくため息をつくと、歩を進めて木々の間を抜けていく。
この女性の名はルモア·エートスタイラー。
数百年は争乱が続いている広大な島国――アポストル大陸にある一国の女王だ。
ルモアはまだ二十二歳と若いが、王と王妃だった両親が戦争で亡くなり、仕方なしにその跡を継いだ。
「こんな平和が……いつまで続くんだろう……」
口から言葉が漏れる。
彼女の周りには陽が落ちて活動的になった動物――いや、幻獣たちが佇んでいた。
双頭の犬、角の生えたウサギ、牙を持ったリスなどが、それぞれの領域を侵すことなく共存している。
これはルモアの国――シェールス国ならではの光景だ。
シェールス国は代々エートスタイラー王家によって治められており、その血の力は幻獣と心を通わせることができる。
当然ルモアにもその力があり、優秀な配下のおかげもあって、王が亡くなった後も国に大きな問題はなかった。
だが、ルモアは不安だった。
その理由は、他国の脅威に他ならない。
未だに大陸全土で争いが続いているのだ。
幻獣たちが国の至るところに住んでいるおかげで守られ、シェールス国は今日も平和そのものだが、それがいつまで続くのか……。
たしかに幻獣は強い。
それでもやはり無敵というわけではない。
さらにいえば、シェールス国は代々平和主義を掲げていて、自国に軍も持たない国だ。
もし他国が被害を気にせずに、圧倒的な物量で攻めてきたら……。
もし幻獣に対抗する強力な魔法などを使える者が現れたら……。
ルモアは両親が亡くなってから、毎晩そんなことを考えてしまっていた。
「ダメダメ! もっと良い方向に考えなきゃ! でも……前向きに考えても……結局、不安が消えるような政策は出ないんだよね……」
声を張り上げたと思ったら、沈んだ声を出すルモア。
彼女はそのままトボトボと歩き続け、あるところに向かっている。
そこは、ルモアが悩んでいるときに、つい足を運んでしまう場所――森の中にある湖だ。
このところは毎夜、湖に行っては、物思いにふけることが彼女の日課になっていた。
「いつ来ても綺麗だな……ここは……」
水面に映る満月。
湖の端には鳥の翼を持った白馬がおり、喉が渇いたのか水面へと近づいていた。
蹄の足音に、ルモアも続こうと歩を進めた次の瞬間――。
「え……? どうしてこんなところに……ッ!?」
湖には先客がいた。
裸の男が水浴びをしており、近寄ってきた白馬の頭や翼を撫でている。
男は一糸まとわぬ姿で、濡れた銀色の髪を振り、赤い瞳で現れたルモアのことを見つめていた。
「思ったよりも早く会えたな……」
細身ながら鍛え抜かれた体。
割れた腹筋と、骨っぽい引き締まった長い手足が動く。
笑みを浮かべた男は、白馬から離れ、ルモアのほうへ近づいてきた。
「な、なんであなたがこんなところにいるんだよ!?」
ルモアは吠えるように訊ねた。
身構え、というよりは体を強張らせながら、チラチラと男のことを見ている。
ルモアは、この銀髪の男のことを知っている。
男の名はシファール·エンデーモ。
エートスタイラー王家が治めるシェールス国の隣にある敵国――ポエーナ帝国の皇子である。
敵国の王家の人間だ。
当然、国同士の話し合いの席で、何度か顔を合わせたことはある。
しかし、まともに会話したことなど、これまでに一度もない。
「今夜はついてる。もしかしたら幻獣たちが、おまえのところに導いてくれたのかもな」
シファールは湖から上がると、側にあった木に手を伸ばし、枝にかけていた服に着替え始めた。
ルモアのほうは顔を真っ赤にしながら、早く質問に答えろと怒鳴るが、彼はまったく気にしない。
日課の散歩道で、いきなり現れた敵国の皇子。
それだけでも動揺するのに、さらに男の裸など初めて見たルモアは、もうまともに頭が働かない状態だった。
見たところ武器などは持っていなさそうだ。
だが、夜に敵国へ来る理由などわかり切っていると、ルモアはさらにシファールに食ってかかる。
「ずいぶん大胆じゃない! たった一人で敵の領地に入ってくるなんて!」
「勘違いするな。俺は、おまえと取り引きをしに来たんだ」
「え、取り引き?」
ルモアが首を傾げると、シファールは彼女の目の前まで一気に距離を詰めた。
息を吐けばかかるくらいの近さ。
逃げ出そうとしたルモアだったが、シファールの赤い瞳で見つめられると、なぜか動けなくなってしまう。
取り引きとはなんだ?
わざわざ単身で乗り込んでくるような話とは?
そうやって油断させるつもりか?
自分はこのまま殺されてしまうのか?
そうルモアが思って両目を瞑ると、シファールは言う。
「大陸統一のため……この世界から争いをなくすために、俺と結婚してくれ」
「え……? えぇぇぇッ!?」
ルモアは目を見開き、驚愕の声をあげた。
これが二人の戦いの始まり――長きに渡る大陸統一への第一歩だった。
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