#3

昨夜ルモアが散歩でよくいく湖に、シファール·エンデーモがいた。


シファール本人の話によると、彼が湖にいたのは偶然で、別にルモアを待ち伏せていたいたわけではないらしい。


湖にシファールがいた理由は、敵国であるシェールス国へ入る過程で道なき道を進んだため、汚れた体を洗うためだったそうだ。


けして意図的に裸で、ルモアの前に現れたわけではないようだった。


「だからフォレトーナが心配するようなことは一切ないんだよ」


「そうですか。それならよかったです。ですが、結婚というのは?」


フォレトーナは、胸を撫で下ろしながら訊ねた。


けしてやましい関係ではないことはわかった。


だが、なぜ突然、敵国――ポエーナ帝国の皇子であるシファールが、ルモアに結婚を申し込んだのか?


現在、主であるルモアに変わって国を回しているフォレトーナにとっては、その理由は重要なところだ。


彼女の問いに、ルモアは変わらず言葉をにごすような言い方で答える。


「そ、それは、両国のための政略結婚というか……互いの夢のための偽装結婚というか……」


「うん? 政略結婚というのは理解できますが、夢のための結婚というのはなんなのですか、ルモア様?」


フォレトーナの顔が強張る。


さっき見せた発狂寸前ほどまではいかないが、厳しい顔でルモアに問いかけた。


そんな彼女の横では、アルボールが乾いた笑みを浮かべながら、何食わぬ顔で黙っている。


「ゆ、夢のためってのは、そのつまり……彼と私の願いというか……目的というか……それが同じだったみたいというか……」


「ルモア様」


「は、はいぃぃぃッ!」


フォレトーナが口から出した低音で、ルモアの体がピシッと硬直した。


まるで石像のように固まった彼女を見つめ、フォレトーナは静かに言う。


「はっきりとおっしゃってください。先ほどは取り乱しましたが、もうどんなことを聞いても醜態しゅうたいをさらしませんから」


落ち着いた声で、宥めるように言ったフォレトーナ。


そう言われたルモアは、一度アルボールのほうを見た。


彼は「もう言っちゃえ」とでも口にしたそうに、コクコクとうなづいている。


そんなアルボールを見たルモアは、ぐっと表情を引き締めると、フォレトーナに向って口を開いた。


「シファール皇子……彼は、このアポストル大陸で数百年続く戦争を止めるために……大陸を統一するために……同じ夢を持つ私に協力してほしいって!」


器に入った水が溢れるように――。


それからのルモアは、止まることなく話し続けた。


シファールはどうしてだが、ルモアの幼い頃から思い描いていた願いである世界平和を、大陸統一の夢を知っていた。


それはもうルモア本人も忘れかけ、諦めていた夢だ。


そして、そのルモアの夢は、シファールもずっと思い描いていたものだったようで、時期が来たからルモアの前に現れたのだと、彼は言ったようだ。


話を聞いたフォレトーナは、フムフムと頷きながら、変わらず静かに口を開く。


「ではルモア様とシファール皇子の結婚というのは、大陸統一の足掛かりとして、シェールス国とポエーナ帝国の統一ということでよろしいのでしょうか?」


「詳しくは正式にシェールスへ来たときに話すって、彼は言っていたけど。フォレトーナが今言ったことで当たっているとは思う」


「ふむ。少々強引に感じますが、まあ両国の関係を考えたら、結婚というのが手っ取り早く、かつわかりやすいのはたしかですね」


話の内容を飲み込んだフォレトーナは、気になることはありそうながらも納得していた。


彼女たちが住む広大な島国――アポストル大陸には、それぞれ強国がある。


まずはルモアが主である、幻獣に守られているシェールス国。


シファールの父である皇帝フェルーキ·エンデーモが治める、軍事国家ポエーナ帝国。


他は、異民族や宗教団体を含めた独自の勢力を無視すれば、ドイラープ国、ラス国、ヴィーエン国、スウロー国、グリド国、ニトラーグ国、ラースト国がこうしている今も覇を競い合っている。


そんな群雄ぐんゆう割拠かっきょの中でも、シェールス国とポエーナ帝国は特に関係が悪かった。


この二つはアポストル大陸の西側にあり、シェールス国が南西、ポエーナ帝国はその北側にある国という、他には見られない距離の近い隣国というのもあったが。


何よりも代々自然や生き物を愛し、平和主義を貫いているシェールス国と、力こそすべてと実力主義を掲げているポエーナ帝国とでは、互いに思想を認められなかったことが大きかったのだ。


何代にも渡りいがみ合ってきた両国が手を取りあうには、互いの国の王族同士で夫婦になるのが一番良い。


そんなことは、少し考えればわかることだった。


「まあ、大陸統一ってのは話が大きくなりすぎてアレだけど。両国の関係を良くしようってのはいいよな」


これまで黙っていたアルボールが話に入ってくる。


どうやらアルボールが昨夜の湖でシファールを捕らえようとしなかったのは、皇子の話に自分も賛成したということからだったようだ。


敵国の皇子であるシファールの侵入に対して、あえて泳がせていた理由としては後付けでしかないが、アルボールなりに思うところがあったのだろう。


ルモアの説明を終え、それぞれ意見を言ったが、フォレトーナが「まだだ」と言わんばかりに口を開く。


「アルボールと同じように、大陸統一は私のような一介いっかいの臣下にはおよそ理解の及ばぬことですね」


「ハハハ、そりゃそうだよね……。だってこんなの、子どもが言いそうなことだもん」


「それでもそれがルモア様の夢ならば、このフォレトーナはあなたに従います」


「フォレトーナ……。ありがとう」


「ですが!」


礼を言ったルモアに、フォレトーナは顔を強張らせながら言った。


敵国の皇子シファール·エンデーモもとい、ポエーナ帝国の人間は一切、信用できないと。

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