第27話


「え…東雲…?」


「先生。マジで何言ってんすか?」


俺は担任を正面から冷えた目で見つめる。


担任が明らかに挙動不審になり目を右往左往させる。


「先生、俺のこと助けてくれませんでしたよね?」


「いや…それは…」


「俺がリンチされていじめられてる時、俺一回あなたに助け求めましたよね?真実を話して味方になってくれって頼みましたよね?その時に先生が俺に何を言ったのか、俺まだ覚えてますよ?」


「し、東雲…待ってくれ、一旦落ち着いて…」


「いや、俺は事実を言っているだけなんで」


担任が俺の口を塞ごうと伸ばしてきた手を俺は払いのける。


「助けを求めた俺に、先生はこう言ったんですよ。自業自得だから自分でなんとかしろって。先生は俺のいうことを信じてくれなかった。真実を訴えようとした俺に寄り添うどころか話すら聞いてもらえなかった。それが事実でしょ」


「…っ」


担任が苦々しい表情と共に口をつぐむ。


担任の周りで教師たちが,まずいことになったと言わんばかりに頭を抱える。


俺はなおも自分の偽らざる思いを担任にぶつける。


「先生は俺を見捨てたんですよ。担任としての責務を放棄した。俺にとってあなたは他の連中と変わりないです。事実無根の罪で俺をリンチしていじめた奴らと同罪です」


「さ、流石にその言い方は…」


「え、何か俺間違ったこと言ってますか?反論があるんなら聞きますけど…」


「た、確かにそう言ったかもしれないがあれは…」


「あれは、なんです?」


「…」


「なんですか。言いたいことがあるならはっきり言って欲しいです、先生のあの言葉の真意が知りたいです」


「…っ」


何も言えずに口を閉ざしてしまう担任。


まるで怒られている生徒のように肩を落としている。


これじゃあ、どっちが教育者かわかったものじゃない。


「先生は俺が助けを求めた時にそれに答えずに見放したんです。なのにどうして急に味方だなんて言い出したんですか?まさか炎上したから慌ててそう言ったんですか?」


「ち、違う…先生は元々お前を…」


「助けるつもりだった、とそう言いたいんですか?」


「あ、ああ…」


担任がガクガクと頷いた。


信じて欲しそうに俺を見つめてくる。


だが、俺はそんな担任の言葉を一向に信用する気にならなかった。


もし本当に担任に俺を助けるつもりがあったのだとしたら、行動に移すのがあまりに遅すぎる。


俺には、この件がネットで炎上してこの学校の教師陣がネット民に責められているから切羽詰まっていまさらになってこんなことを言い出したようにしか見えなかった。


「仮に先生に俺を助けるつもりがあったとして……それだったら今言ったことを無罪発覚直後に言って欲しかったですね」


「…っ」


担任が痛いところをつかれたというような表情になる。


俺はそんな担任を冷えた視線で睨みながら淡々と事実を突きつける。


「百歩譲って俺がこの学校において如月を無理やり組み敷いた最低な男だとされていた時にあなたが俺の味方をしなかったのはよしとしましょう。でも、無罪が発覚してからの数日間、あなたは俺に対して別に謝りもしなければ接触してこようともしませんでしたよね?」


「…っ」


「なのに今更になって突然俺を呼び出してこうして押し付けがましく仲間だ、味方だとアピールしてくる。一度俺のことを疑ったことを謝罪もせず、まるでずっと前から味方だったような口ぶりで」


「…っ」


「これって流石におかしくないですか?矛盾していると感じるのは俺だけですか?」


「…っ」


担任は俺に対してもはや何も言えなくなっていた。


職員室の他の教師たちも、まるで一緒に叱られているかのように俯いている。


俺はそんな担任を冷えた目線で見下ろした。


反論できるはずがない。


俺が今言ったことは全て事実なのだから。


何一つ嘘入っていないし、決して大袈裟でもないのだから。


担任のとった行動は、炎上したから仕方なく自己保身のために俺に接触してきたと見られてもおかしくないようなものだし、担任もおそらくそのことを自覚しているのだろう。 


だから、俺に何一つ言い返せずに口を閉ざしているのだ。


「はぁ…」


俺はため息をついて立ち上がった。


そういや斉藤さんにインタビューされた時に、担任のことについて話してなかったな。


この事実、他に似たような事件で被害者が出ないように話しておいた方がいいかもしれない。


この事件をきっかけに、自己保身のためにいじめを隠蔽いたり助けを求める生徒を無碍にあしらうような教師が一人でも減れば、それはそれで世直しになるからな。


「そうだ…このこと、斉藤さんに言っておいた方がいいかもな」


「…?」


黙ったまま何も言わない担任のためで、俺はポケットから名刺を出した。


担任が顔を上げる。


「俺が助けを求めた時に、担任もそして学年主任も誰も助けてはくれなかった……生徒を守るべき立場であるはずの教師は自己保身のために俺を遠ざけ、そして炎上してから初めて接触してきた……この事実は拡散されるべきだよな、普通に考えて」


「…っ!?」


担任がビクッと体を震わせる。


泣きそうな表情で俺を見てくる。


「し、東雲…?何をする気だ?斉藤さんって誰のことだ…?その名刺は?」


「これですか?これは斉藤さんからもらったものです。この事件のことに関して、味方になるからいつでも連絡してきて欲しいって、もらったんですよ。自宅で取材を受けた時に」


俺は担任に斉藤さんからもらった名刺を見せる。


「…!?〇〇新聞!?」


担任が名刺に書かれた大手新聞社の名前に目を見開く。


「さ、斎藤ってもしかして、記事の…?」


「はい、そうです。今回炎上した記事を書いて事実を広めてくれた記者の方です」


「…!?し、知り合いなのか…?」


「今回の事件の取材が初対面でした。でも斉藤さんは俺に味方になってくれるって言ってくれました。先生、はっきり言って今回俺があなたに受けた扱いは客観的に見てもかなり酷いものでした。あなたの行動は、炎上したから自己保身のために俺に接触して今更のように味方づらをしたと見られてもおかしくないものだと思います」


「ち、違う…私は…」


「あなたの本心は違うかもしれない。それは他人の俺にはわからないです。でも俺はありのままの事実を斉藤さんに伝えようかと思います。今後、俺みたいな犠牲者が出ないように……一人でも多くの教師が生徒に寄り添う教師になるように……それは別に構いませんね?」


「や、やめてくれ…何をいう気なんだ…?」


「何って、だからあなたが俺にしたこと全て」


「頼む!!そんなことやめてくれ。そんなことされたら私は…っ…」


「ダメなんですか?」


「クビになってしまうっ…この学校にいられなくなってしまうっ…頼むからやめてくれっ」


縋り付いてくる担任を俺は振り払う。


「触らないでください。暴力ですか?」


「ち、違うっ…すまない、そんなつもりは…」


「俺はただ事実を伝えたいだけなんです。それであなたがどうなろうと……自業自得なんじゃないですか?先生が俺に言ったように」


「…やめてくれっ…謝るっ…先生が悪かったっ…私が悪かった…っ…この通りだっ…許してくれ東雲っ…」


「…」


ついにみっともなく泣き出した担任は、地面

に首をたれ、俺に土下座し始めた。


周りの教師たちは、もう見ていられなくなったのか完全に顔を背けている。


担任は泣きじゃくり、みっともなく俺に許しを乞うてくる。


「私が悪かったっ…全部お前のいう通りだ…私はお前を見捨てた…そして炎上したから今になってお前の味方になろうとしたんだっ……全部自分のためだっ…私は最低な教師だっ……生徒であるお前を冤罪から守れなかった、最低な担任だっ…」 


「…」


「頼むっ…先生にもう一度チャンスをくれっ…先生のことを記事に書かせないでくれっ…そんなことをされたら、もうここにはいられなくなってしまう…私は職を失ってしまうっ…」


「…」


「許してくれ東雲っ…すまなかった…お前にしたこと、本当に悪かったと思っている……うぅ…」


「…」


俺は泣いている担任を見下ろした。


気の毒だとは思わなかった。


全て担任のいうところの「自業自得」だと思った。


けれど、惨めに泣きじゃくり、すがってくる担任を見て別にこれ以上追い詰めても俺に得はないなと思った。


すでにこの学校の教師陣は、必要以上にネット上でバッシングを受けている。


ここで新たに担任という個人にまで攻撃を加えて、学校を立ち去らせる必要までは俺はないと思った。


「わかりました、先生」


「…東雲?」


「今回のことは斉藤さんには伝えないでおこうと思います。これ以上炎上に油を注ぐ必要もないと判断してのことです」


「あ、ありがとう…ありがとう東雲ぇ…」


「勘違いしないで欲しいのは、俺はあなたを許してないってことです。俺はあなたを、如月の嘘に踊らされた他の生徒たちと同類だと思ってます。多分何があっても許さないです」


「ああ…それでいい…私は許されないことをした…」


「あなたにいうことはもうないです。心配しなくても斉藤さんに担任のことを喋ることはないので、もうこれ以上この件で絡んでこないでください。俺の願いはそれだけです。では」


「うぅ…うぅううう…」


俺は言いたいことを言って職員室を後にする。


背中からは、担任の啜り泣く声が聞こえてきていた。

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