第6話
「…っ」
ズキリと心に痛みが走る。
破壊された俺のロッカーの中には、簡単に消えないペンキや油性マジックで心無い言葉がたくさん書かれていた。
言わずもがな部員たちがやったのだろう。
噂が広まってから、俺は部活内で完全に疎ましい存在として扱われていたので、いつかこんなことが起こる予感はしていた。
「はぁ…マジか…」
俺はため息を吐き、壊れたロッカーに荷物を置いてそのまま着替え始める。
「今日ランニングあるかな?」
「どうだろ」
「監督の気分次第だろ」
「あの人気分屋だからなぁ……機嫌が良ければ今日はランニングなしで……あ」
「うわ」
俺がちょうど着替え終わる頃、後輩部員たちが5、6名ほど会話をしながら部室に姿を現した。
俺と目が合うと、彼らはあからさまにいやそうな表情を浮かべ、無言で部室へと入ってくる。
「ちっ」
「マジかよ…」
「犯罪者が…」
「最悪だ…」
「きめぇ…」
後輩部員たちは、着替えながらわざと俺に聞こえるようにボソボソとそんなことを呟いてくる。
事件の前、あれだけ慕ってくれていた後輩部員たちに口々に心無い言葉で罵られ、俺の気分はどんどん沈んでいく。
「先に行って準備してくるわ」
そういって彼らの方を見ても、誰一人として返事を返さない。
もはや先輩として俺を尊敬している後輩部員は一人もおらず、皆が穢らわしいものを見るような目で俺のことを見ていた。
たまりかねた俺は、後輩たちの視線から逃げるように部室を後にする。
「あいつマジできもいよな」
「早く退部してくんないかな」
「俺らまで犯罪者の仲間だと思われたらマジでだるいんだが」
「早く辞めろよあいつまじで」
「ゲームで今日もあいつ削りまくろうぜ。そしたらそのうち辞めんだろ」
「ギャハハ。それいいな!」
閉めた扉の向こう側から、そんな会話と笑い声が聞こえてきた。
= = = = = = = = = =
「痛つつ……」
午後7時。
部活が終わった俺は,ズキズキと痛む足を押さえながら片付けをしていた。
今日も部活での俺の扱いは酷いものだった。
同級生、先輩、後輩からは完全に無視され、練習でペアも組めなかった。
マネージャーは俺の分の水やおにぎりは用意してくれず、監督も俺のことをいないものとして扱っていた。
唯一、隼人だけは俺を庇ってくれたのだが、他の部員たちはどうやらさっさと俺に辞めてほしいと考えているようだった。
「先輩〜、あ、違った。犯罪者〜、片付けよろしくお願いしまーす」
「おい、犯罪者。お前一人で片付けな」
「レイプ魔。片付けは任せたぞ〜。お前一人でやれなー」
「犯罪者先輩〜。片付け全部よろしくお願いしまーす。捕まったら刑務作業で片付けとかあると思うんで今のうちに練習しておいた方がいいっすよ。なんつって」
「ギャハハ!!」
結局部員たちが俺に声をかけたのは最後の片付けを押し付ける時だけだった。
俺は数十人分の片付けを一人で任されて、削られまくってあちこちあざらだけの足を引き摺るようにしながら道具を一人で片付けた。
「おい、透。手伝うぞ」
「いいって……お前まで嫌われちまうぞ?」
「俺は気にしねぇよ。周りの連中のことなんかほっとけ」
「俺が気にするんだよ。俺のせいでお前まで腫れ物になったら申し訳なさすぎて部活に来れなくなるわ。いいから戻ってろって」
「…そうか。じゃあ、先に着替えて待っとくぞ」
「おう」
隼人は片付けを手伝おうとしてくれたのだが、俺のせいで隼人まで嫌われるのは絶対に避けたいことだった。
俺が一人で大丈夫だというと、隼人は渋々部室へと引き上げていった。
「痛たた……くそ…好き勝手スライディングしやがって…」
体のあちこちが痛い。
もはや部活内には、俺は何してもいい相手という空気が漂っており、部員たちはゲームとかになると俺に好き勝手スライディングやタックルなどのファールをしてくる。
審判をしている監督も、俺がファールされた時は絶対に笛を鳴らさない。
おかげでゲームをしている間中、俺はほとんどサンドバックのような状態だった。
「絶対に冤罪を証明してやる……証明して…あいつらに土下座して謝らせてやる…」
悔しさを紛らわせようとそんなことを言いながら、俺は痛む体を引きずって練習用具を片付ける。
「ねぇ、犯罪者。いいかげん退部しなよ」
「…?」
唐突に背後から犯罪者呼ばわりされた。
振り返ると、そこにはこのサッカー部のマネージャー……浅倉愛菜が立っていた。
腕を組み、厳しい表情で俺を睨みつけている。
「なんだよ。何かようか?」
「はぁ?なんだよじゃないでしょ。さっさとこの部活辞めたらって言ってんの」
「なんで辞めなくちゃいけないんだ?」
「そんなの決まってるでしょ。あんたが犯罪者だからよ」
「…っ」
犯罪者。
あの事件が起きてから何度言われたかわからない言葉だが、未だにズキリとくる。
俺は犯罪をしていない。
俺が如月をレイプしたというのは全て如月がでっち上げた冤罪だ。
犯罪者と言われるたびにそう訴えたくなるのだが、しかし実際に口に出せば嘘つき呼ばわりされさらに罵られるのは分かりきったことだった。
結局言い返すこともできず、俺は唇をかみ、無力感に苛まれる。
相手は俺が言い返さないのを見て、さらに言葉を募らせてくる。
「如月さんに謝ったの?力の弱い女の子に無理やりするなんて本当に最低」
「…っ」
「早く部活辞めてくれない?迷惑なの。私たちまで犯罪者の仲間だと思われる。サッカー部の評判が悪くなる」
「…っ」
「隼人だって幼馴染だからって理由で一応あんたを庇ってるけど本音ではあんたに退部して欲しいと思ってるはずよ。はっきりいう。犯罪者はうちの部活に入らない。さっさと辞めて。退部届けを監督に提出して」
「ふざけるな。なんで俺が辞めなくちゃいけないんだ?」
一方的に怒鳴られ、思わず言い返してしまった。
辞めた方がいいとわかっているのに、今まで溜め込んだ鬱憤が言葉として流れ出していく。
「お前も、みんなも……なんで俺を犯罪者だと決めつけるんだ?なんで如月の言葉だけを信じる?俺はやっていない。如月が俺に濡れ衣を着せたんだ」
「嘘つかないで。出鱈目言わないで自分の罪を認めたらどうなの?」
「出鱈目じゃない。じゃあ聞くが、俺が如月を無理やり犯したという証拠はどこにあるんだ?実際に見てもいないお前がなんでわかる?」
「…そ、それは」
浅倉が一瞬、逡巡するような表情を浮かべる。
本当に一瞬だけ、俺の言葉に心を揺さぶられ、こちら側に傾いたような感触があった。
だが、次の瞬間には思い直したようにぶんぶんと首をふり、まるで自分に言い聞かせるように言った。
「だって…み、みんながあんたが悪いって…あんたが犯罪者だって……」
「みんながそう言ったらお前も加担するのか?証拠もないのにリンチに参加するのか?」
「う、うるさい…!如月さんが嘘つくわけないでしょ!?如月さんが泣いているところ、私も見た…!!!あんたが如月さんに酷いことしたのは絶対に本当なの!!!」
「ああ、そうかよ。じゃあ、お前はそう思ってろよ」
埒が開かない。
結局こいつも感情論で喋っているだけだ。
自分が信じたいものを信じているだけなのだ。
論理的に説得してもなんの意味もない。
俺は浅倉を説得するのを諦めて、片付けを再開する。
だが、浅倉はすぐにいなくならずに、無視している俺にまだごちゃごちゃと色々宣ってくる。
「本当にショック……まさかうちの部員が性犯罪犯すなんて……」
「…」
「私…あんたのこと…いいやつだって思ってた…こんなことするなんて思わなかった…」
「…」
「プレーは下手くそだけど……献身的でいつもチームのこと考えてて……本当にいいやつだって思ってたのに……本質は違ったんだね…」
「…」
「本質は……力の弱い女の子を無理やり押さえつけて自分の欲望をぶつけるような最低のやつだった……一瞬でも真面目でいいやつだなんて思った私がバカだった…」
「…」
「さようなら。もうあなたにいうことはない。早く部活辞めてね……じゃないとサッカー部の評判が下がるから。それじゃ」
言いたいことだけ言って、浅倉は去っていった。
「ちくしょう…何も知らないくせに…」
誰もいなくなった暗いグラウンドに、悔しさの滲んだ俺の呟きが消えていった。
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