第14話


その日のサッカー部の練習において、俺は昨日までとは違った意味で腫れ物として扱われた。


練習の間、誰も積極的に俺に声をかけては来なかったが、それは昨日までのように部員全員で俺を追い出すために無視をしているということではなく、部活全体でリンチしていた俺が無罪だと判明してどう関わっていいかわからないというのが理由のようだった。


部員たちは終始気まずい雰囲気で練習をしており、監督もどこかぎこちなかった。


ゲームになっても、俺が昨日までのようにチームメイトに削られまくるということはなかった。


むしろ俺がボールを持つと、皆遠慮してなかなかボールを取りにこなかった。


水を飲もうとすれば、先輩さえもが俺に一番を譲り、マネージャーは慌てたように冷えたボトルを渡してきた。


皆俺に対して申し訳なさを感じてはいるようだった。


しかし誰一人として謝罪の言葉を口にするものはいなかった。


やはり部員たちからも、クラスメイトや家族と同様に俺の方から何かを言ってほしいというような雰囲気が漂っていた。


俺の方から今までのことは水に流すよ、と笑って冗談めかして行ってきてほしいと、そんな圧力をひしひしと感じられた。


だが、絶対に俺は自分から彼らを許すなどと口にするつもりはなかった。


むしろ俺には謝られたとて、彼らを許すつもりはなかった。


もう俺の中で、部員や監督やマネージャーは、完全に信用と信頼を失っている。


ここから何があったとしても彼らに対する俺の評価が変わることはないだろう。


「じゃ、じゃあ…今日の練習はここまでということで……」


やがて完全下校時刻が迫ってきた。


監督がそう言って部活を締めくくり、逃げるようにして校舎へと引き返していった。


「あ、東雲先輩…」


「片付けはいいっすよ…」


「俺らでやっとくんで…」


「先に帰ってください…」


俺が後片付けを始めようとすると、後輩たちがそう言って俺の掃除用具を奪おうとした。


俺はそんな彼らを手で押し除けた。


「邪魔すんな。あっちいけよ」


「「「…っ!?」」」


俺に拒絶された後輩部員たちは呆気に取られたように俺を見ていた。


俺はそんな彼らを無視して掃除を始めようとする。


俺を特別扱いし、優しくすることで許してもらおうとする彼らの魂胆は丸見えだった。


もしかしたらそのまま優しく特別扱いをしていれば、俺が機嫌を直し、自分達が俺にしたことも謝罪せずともなぁなあで許されるかもしれないと考えているのかもしれない。


だが、俺は絶対に彼らを許すつもりはなかった。


彼らの施しを受けるつもりはないし、掃除を代わってやったぐらいで彼らが俺にしたことが帳消しにできると死んでも思われたくなかった。


俺に拒絶され、どうしていいかわからずにお互いを見ている後輩部員たちを放っておいて、俺は一人掃除を始める。


「ちょっと……!そんな言い方はないんじゃない!?」


「あ…?」


俺が一人で黙々と後片付けをしていると、いきなり高くて耳障りな声が背後から聞こえてきた。


マネージャーの朝倉愛菜だ。


仁王立ちで、苛立ったように俺のことを睨んでいる。


俺は声の主が朝倉だとわかると、即座に取り合う必要なしと判断し、無視して掃除を再開させる。


「ちょっと、無視しないでよ!!!」


だが、それが朝倉の逆鱗に触れたようだ。


いきなり歩み寄ってきて俺から掃除用具を取り上げてくる。


「なんなの!?部活の雰囲気悪くして……こっちが気を遣ってるのに……無視はないんじゃないの…?」


「は…?」


俺は呆れて浅倉を見てしまった。


まるで被害者のような物言いだ。


昨日まで自分たちが勘違いで俺をリンチして、そのせいで部活の雰囲気が悪くなっているのに、まるで俺に原因があるかのような言い方だ。


俺は正気を疑う浅倉の口調に、思わず浅倉のことを二度見してしまった。


「は?じゃないでしょ。確かに私たちも如月さんの件は悪かったけど……いいかげん機嫌を直したらどうなの?」


「…っ」


怒りが込み上げてくる。


こいつは自分たちが俺に何をしたのか認識していないのか?


俺は咄嗟に浅倉に殴り掛かりたい衝動に駆られる。


だが、暴力行為なんてやったら俺をリンチしたこいつらと同じ土俵に立つことになるとなんとか自分を押さえた。


「おい、浅倉。流石にその言い方はないんじゃないか…?悪いのは透じゃないだろ?勘違いして如月の言い分を信じてしまった方だろ?流石にその言い方はあんまり」


「隼人。やめてくれ」


今朝のように隼人が出てきて、俺の代わりに浅倉を咎めようとしてくる。


だが俺はそんな隼人を手で制した。


2度も、隼人に嫌われ者の役を買ってもらう必要はない。


ここまで言われたんだ。


俺にだって言いたいことをぶちまける権利はあるだろう。


俺は正面から浅倉を見て行った。


「お前正気か?」


「…?何が?」


「自分が…何をしているのかわかっているのか?俺を犯罪者呼ばわりしたんだぞ?無実の罪で、攻め立てて部活から追い出そうとしたんだぞ?」


「…っ…そ、それは…」


浅倉が極まり悪そうな顔になる。


俺は暴言を吐いてしまいそうになるのをなんとか自制しながら、あくまで冷静に言葉を紡ぐ。


「まずそのことに関して何かいうことがあるんじゃないのか?間違いを犯したらすることがあるよな?」


「…っ…わ、悪かったと思ってる…」


「それだけか?ちゃんと言葉にしろよ」


「け、けど…あれは仕方がなかったことじゃない!!!」


「…はい?」


わかりやすく謝罪を要求した俺に対して、浅倉が「ごめんなさい」も口にせずにいきなり開き直った。


俺は浅倉の人間性を疑い、開いた口が塞がらなかった。


浅倉は、呆れる俺の前で必死に自己弁護を繰り広げる。


「みんながあなたを犯罪者だと思ってた…!如月さんの方を信じてた…!そういう空気だったの!!だから……私たち部員が勘違いするのはある意味仕方がなかったことなの!」


「…っ」


「私たちに謝罪を要求するなら、他の生徒……それこそこの学校の全生徒に謝罪を要求しないとおかしいわよね…?じゃないと理屈が通らないわ」


「…はぁ」


思わず呆れのため息が漏れてしまった。


こいつ本当に高校2年生か?


まるでガキのような言い分だ。


ただ単に自分が謝りたくないがために、過ちを認めたくないがために屁理屈を捏ねているだけだ。


話にならない。


こんなバカに自分の過ちを正せだなんてことを求めた俺が間違ってた。


こいつは救いようのないクズだ。


謝罪させる価値もない。


「ねぇ…前の透に戻ってよ…部活に尽くす優しい透に…私たちちょっとした行き違いがあったけど、まだやり直せると思うの。だか

ら……今回のことは水に流して……ね?」


「…っ」


ふつふつと怒りが込み上げてくる。


浅倉の口振からは、自分たちが俺にしたことをあまり悪いと思っておらず,軽んじている様子がありありと感じられた。


俺を犯罪者呼ばわりし、部員全員でリンチし、部活から追い出そうしたことを、謝罪もなしに許されると本気で思っているらしい。


「何が前の俺に戻ってだ?戻れるわけないだろ。普通に考えたらわからないか?こんなことされて怒らない奴がいるか?」


「だからそれに関しては仕方がないことじゃない!!どうしてわからないの!?」


「はぁ…だめだ。話にならねぇ…」


他の部員たちを庇うためなのか…それとも自分の過ちを認められないほどに性格がクズなのか。


多分両方なんだろうが、とにかく浅倉は絶対に俺に謝罪をして間違いを認めたくはないようだった。


俺はこれ以上話にならないと、その場を立ち去ろうとする。


「待って!!どこに行くの!?まだ話は終わってない!!!」


「いや、お前らに話すことは何もない」


「私たちにはあるわ…!今日部活の雰囲気を悪くしたのをまずは謝ってよ!!!」


「俺に触るな!!!」


「きゃっ!?」


俺は腕を掴もうとしてきた浅倉の手を払いのける。


そしてそのまま監督の前に歩いて行って、言った。


「俺、部活今日で辞めます。今までありがとうございました」


「お、おう…」


監督は特に引き留めもせずに頷いた。


なんでもいいから面倒ごとが消えてくれればいいと考えているのか、あっさりと監督は俺の退部を認めた。


「退部届けは出す必要ありますか?」


「い、いらない…俺が書いておこう…」


「そうですか、ありがとうございます」


俺は監督に一礼して、その場を立ち去ろうとする。


だが途中で足を止めて、無言で黙っていた部

員たちに向かって言った。


「あ、あとそれから、今回俺がこの部活で受けた暴力行為とか誹謗中傷行為について、もしかしたら警察に相談するかもしれないです」


「「「…っ!?」」」


監督や部員たちが目に見えて焦り出した。


俺は動揺する彼らに、冷たい声で言い放った。


「実は誹謗中傷の音声とか、壊されたロッカーとか、練習中に俺だけ削られまくったところ、映像に収めたりして証拠集めてたんで……とりあえずそれを警察に見せてこの部活で起きたありのままのことを説明したいと思ってます」


「ちょ、」


「それは…」


「透先輩!?」


「待て透…!!!」


先ほどまで黙りこくっていて、俺が退部すると言っても引き留めもしなかった部員たちが、焦り始める。


皆が動揺して、焦ったように俺の名前を呼ぶが、俺はそれらを無視して部室等へと向かって走って行ったのだった。

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