第15話


警察の存在をちらつかせて部員たちを脅した俺は、そのまま着替えるために部室棟へと引き返していく。


本当のところを言うと、警察に相談すると言うのは単なるハッタリだった。


謂れのない誹謗中傷をされたのも、部活中にほとんど暴力行為のようなことをされたのも事実だが、証拠があると言うのは嘘だった。


まぁ今から落書きされ、壊されたロッカーを写真に収めればそれが証拠になるんだろうが、俺はそんなにこの件を大事にするつもりはなかった。


俺の本音は、一刻も早くこの部活を辞めてあの連中との関わりを断ちたいと言うことだった。


最後に警察に相談するかもしれないと言ったのは、ちょっとした復讐だった。


これであいつらは、いつ俺にこのことを事件にされて部活が停止になったり、続けられなくなったりするのか、ビクビクしながら過ごすことになるだろう。


俺に積極的に暴力を振るったり、ロッカーを壊したりした連中は、退学を恐れるだろうし、それらを全て見過ごしていた監督などは、責任を問われてこの学校を去ることになるかもしれないと怯えるかもしれない。


だが,そうなったとしても、はっきり言って全部自業自得だ。


謝罪もせず、自分の過ちを認められなかった連中に、それぐらいの罰があったっていいと俺は思う。


「はぁ…なんかスッキリしたな…」


ずっと頑張ってきた部活だったが、こうしてやめられてどこか晴れやかな気分だった。


これで部員たちやマネージャーの浅倉が俺に誠心誠意謝ってきたら、ひょっとすると後味が悪かったかもしれない。


今日部活に参加した時点で俺は辞めることをすでに心に決めていたのだが、もし部活の連中が、クラスメイトや俺の家族なんかと違い、自分の過ちを認め、誠心誠意赦しを乞うてきたら、若干だが辞めづらくなったかもしれない。


だが、部員たちはある意味期待を裏切らなかった。


あいつらは俺にしたことを、謝罪もせずに許してもらえると思っていた。


マネージャーの浅倉に至っては、部活の雰囲気を悪くした俺が謝るべきだと逆ギレしてきた。


清々しいまでのクズっぷりだった。


あんな連中とこれ以上部活を続けられるわけもない。


辞める選択は間違っていないと、俺に確信させてくれたことにお礼を言いたいぐらいだった。


「おい、透!!!」


「ん?」


俺が更衣室で一人着替えていると、隼人が走ってやってきた。


俺の肩を掴んで、必死に説得を試みてくる。


「辞めるなんて言うなよ!!たのむぜ!!ずっと一緒に頑張ってきただろ!?」


「隼人…」


「お前はこの部活に必要なんだよ!!俺はお前と一緒にサッカーやりたいんだよ!頼む辞めんなよ!!!」


「いや…すまん。俺もうあいつらとサッカー頑張れねぇわ…」


俺がそういうと、隼人は悲しそうな顔になった。


「そうか…」


「ああ…ごめんな。お前のことは応援してるから、隼人」


「…どうしてもダメか?俺が今からあいつら全員ぶん殴ってお前の前で土下座させてやる、監督にも、絶対にお前に謝らせる。俺が辞めるって脅せば、監督はお前に謝ると思う。それでもダメか?」


「ダメだな」


俺は首を振った。


「もうあいつらのことは信用できない。あの部活に俺の居場所はないだろ」


「…っ」


「安心しろ、隼人。警察に相談するってのは嘘だ。あいつらにちょっとでも意趣返ししたくて行っただけのハッタリだよ。お前がいる以上、部活動停止になるようなことは出来ないからな」


「おい透待てよ。俺がそんなこと心配してお前を説得に来たとでも?」


「なわけあるか。お前が俺のこと思って行動しているのは知ってるよ」


俺は隼人のかたをポンと叩いた。


「お前とはこれからも親友だ。本当に一番きつい時に俺を信じてくれてありがとな。感謝してる」


「お、おう…」


隼人がちょっと照れくさそうに頭をかいた。


着替え終わった俺は、荷物を持って更衣室を出る。


「頑張れよ隼人。大会とかはこっそり応援に行ってやるよ」


「ああ……ありがとよ」


こうして俺は一年の時からずっと続けて頑張ってきたサッカー部を辞めたのだった。



= = = = = = = = = = 



〜浅倉愛菜視点〜



私、朝倉愛菜はサッカー部のマネージャーだ。


マネージャーになったきっかけは、学年の王子様と言われている日比谷隼人くん。


かっこいい彼がプレイしているのを近くで見たくて、私はマネージャーになった。


サッカー部のマネージャーはとても大変だった。


朝早起きしておにぎりを作ったり、水の用意をしなければならないし、時には汗を吸った臭い部着を洗わなければならないこともあった。


私と同じように隼人くん目当てで入った女子たちは、次々に辞めて行った。


けれど私はサッカー部のマネージャーを続けた。


理由は、隼人くんじゃない他の人を好きになったからだった。


彼の名前は、東雲透。


同じ2年生で、サッカーはあまり上手くない補欠の部員だった。


隼人くん目当てでサッカー部に入った私は、次第に彼に惹かれるようになっていった。


下手くそだけど、誰よりも真面目に練習に取り組む透。


常に直向きで、チームに貢献することばかりを考えている。


まさに縁の下の力持ち。


マネージャーの私の負担が減るように仕事を手伝ってくれたこともある。


私はそんな彼の優しさに次第に惹かれて、気がつけた透のことが好きになっていた。


「透って、誰か付き合っている人とかいるの?」


「別に。いないな」


「どうして?好きな人がいるの?」


「いない。勉強と部活ばっかりでそんな余裕ねぇよ」


「ふぅん…そうなんだ…」


部活の合間に私は透にそんな質問をしたりしてみた。


ちょっと思わせぶりな態度をとってみたこともあるのだが、鈍感な透は私の気持ちには気づいていないようだった。


「どうしよう…告白してみようかな…でも断られたら…」


私が透に思いを伝えようかどうか迷っていると、透はある日あっさりと如月姫花さんと付き合ってしまった。


「ね、ねぇ…透…?如月さんと付き合ったっ

て本当…?」


「ああ…実はな。如月さんが俺に告白してくれたんだ。嘘見たいだろ?」


「…っ」


初めての失恋だった。


透は如月さんとそれまであまり喋ったこともなかったのに、告白されて付き合うことになったらしい。


そりゃ如月さんは学年で一番と言われるほどに美女だけど、そんなに簡単に透が如月さんと付き合ってしまったことがショックだった。


「なんで…私と過ごした時間のほうが長いのに…」


私は可愛い子に告白されて、あっさりと付き合い出した透に苛立ちを感じていた。


毎日楽しそうに如月さんと過ごして、部活で惚気たりしてくる透に、内心向っ腹が立っていた。


「はぁ…やっぱり透なんて好きになった私がバカだった……もう一回隼人くん追っかけようかな…」


透はもう自分のものにはならない。


透と如月さんは順調そうで、何より透が如月さんにぞっこんだった。


私は透のことは忘れて、隼人くんをもう一度追いかけようかとそんなことを思っていた。


そんな矢先、事件が起きた。


「ねぇ、聞いた?東雲くんが、如月さんをレイプしたんだって…」


「え…?透が…?」


透が如月さんを無理やり犯したという信じられない噂が私の耳に飛び込んできたのだった。

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