第24話


斎藤さんは約束通り、俺が取材で喋ったことを記事にしてくれた。


斎藤さんの記事は、新聞と、それからインターネット場の電子新聞サイトにそれぞれ公開された。


そして半日とたたずにネット上で大炎上した。


『毒親』


『親ガチャハズレ』


『東雲透可哀想』


『家族の裏切りはマジできつい』


『身内が信じてくれないのはマジで辛い』


『うちの親も世間体ばかり気にしてるから東雲透の辛さはめっちゃわかる』


『自分の息子を犯罪者だと勘違いして飯も与えないとかマジで終わってる。こんな家庭に生まれなくて良かった』



ネット上にはそんな、俺の家族に対する罵詈雑言と、俺への同情の声がたくさん投稿され

た。


なぜ非難の矛先が俺の家族に向いたかというと、それは斎藤さんの記事の書き方が、如月家で起こった事件よりもむしろ俺に焦点を当てたものだったからだ。


記事には、濡れ衣を着せられ、犯罪者のレッテルを貼られた俺がその後周囲にどういうふうに扱われたかがあの日の俺への取材に基づき、事細かに書かれてあった。


プロの文章というものはすごい。


まるで斎藤さん自身がそういう体験をしたかのような迫力のある文章で、俺が周囲から受けたリンチの詳細が、読者の同情を誘う構成で書かれていた。


まるであらかじめ不当なリンチを受けた俺への同情を誘い、記事を炎上させるのが目的かのような記事の書き方だった。


記者は、アクセス数を稼ぐためにわざと炎上しそうな見出しと内容の記事を書くと聞いたことがある。


「まあ、俺にとっては好都合か…」


仮にそうだったとしても、俺は斎藤さんを恨む気持ちは微塵も湧いてこなかった。


むしろ斎藤さんが広めてくれた事実は俺にとって都合がいいもので、感謝すらしていた。


もうすでに広まっている俺の無罪の事実が、この記事によって補強されたわけだし、俺を不当に虐待した家族が世間からバッシングを受けているのは、何だか気持ちが晴れるような思いだった。


味方は理沙と隼人の幼馴染たった二人だけで、それ以外の全ての人間から犯罪者のレッテルを貼られて罵詈雑言を浴びせられた俺の気持ちが、これで少しは彼らにも伝わっただろうか。


「記事どうだった?」


記事が公開され、炎上された数日後,斎藤さんから自宅へ電話がかかってきた。


斎藤さんは、ネットに上がった記事について俺に感想を求めてきた。


「素晴らしかったと思います。ありがとうございます。事実を広めていただいて」


「そうか…それなら良かった。ちょっと狙いがうまく嵌りすぎて燃えてしまったんだけど……それは構わなかったかな?」


「正直スッキリしています。自分の代わりに誰かが親を叱ってくれているみたいで。子供の立場だと何も言えないので」


「そうか。君にそう言ってもらえるとこちらも刺激的な記事を書いた甲斐があったよ」


斎藤さんと俺はその後しばらく雑談をした後に、如月のことについても話した。


「如月姫花さんはもう少し警察の方に拘留されるそうだよ。まだ学校にはきていないんだろう?」


「はい、そうですね。あれから見ていないで

す」


「もし良かったら何だが……如月姫花さんが学校にまた登校するようになったら君に取材をさせてくれないかい?今度は如月家に焦点を当てた記事も書きたいと思っていてね」


「別にいいですよ」


「そうか、ありがとう。協力感謝するよ」


斎藤さんは俺に次回の取材の約束を取り付けて電話を切った。


「ふぅ…」


電話を終えた俺は吐息を漏らしてから、手元の斎藤さんにもらった名刺に視線を落とした。


斎藤さんの取材要請に応えているのは、別に親切心からじゃない。


この繋がりが武器になると思ったからだ。


最近、父親の家での様子がおかしい。


炎上騒ぎがあってから、仕事に行く様子もなく、家で酒を飲んでは寝るという生活を送っている。


たまに階段などで俺とすれ違うと、憎しみのこもった目で睨みつけてくる。


また俺の身に何か良くないことが起こるかもしれない。


そうなった時に、斎藤記者とのコネクションは絶対に何かの役に立つと俺は確信していた。


「ま、一番は何もないことだが…」


できればこれ以上もう面倒ごとに巻き込まれたくないなとそんなことを考えながら自室に戻ろうとした俺を、どうやらずっと電話が終わるのを待っていたらしい妹の美桜が呼び止めた。



「ねぇ、お兄ちゃん」


「…」


声をかけられたので無視して自室に入ろうとすると、腕を掴まれた。


「ねぇってば!!話を聞いてよ!!」


「何だよ。俺に触らないでもらえるか?」


俺は美桜の手を払いのけながらそういった。


「…っ」


美桜が何かに耐えるように表情を顰める。


まさか今の一言で傷ついたとかじゃないよな?


自分は俺に犯罪者だの一緒の家に住みたくないだの散々なことを言っておいて。


俺は妹の被害者ぶった顔が気に入らず、「ちっ」と小さく舌打ちをした。


美桜がまるで強がるように俺を睨みつけながら言った。


「もういい加減にしてよ!!いつまで怒ってるの!?」


「はぁ?」


「お兄ちゃん心が狭すぎ!そろそろ私たちを許してくれてもいいじゃん!!」


「何言ってんだお前」


「もう私たち家族は十分に罰を受けた。そうでしょう?それなのに、何をまだ怒っているの!?」


美桜は金切り声で捲し立てる。


まるで正義は自分にあって、悪いのは俺のような言い分だった。


バカを相手にすることに対する億劫を感じて、俺はガシガシと頭を掻いた。


「あのなぁ…」


「何よ!!」


「そもそも俺はお前や父さん、母さんから正式な謝罪も受けてないんだが?」


「…っ」


「過ちを認めることすらできない人間を許すわけないよな?そのぐらいちょっと考えたらわからないか?」


「はいはい…!じゃあ、ごめんなさい!!これでいいでしょ!?」


「いいわけないだろ。何だその適当さは。誠意を示せよ」


「誠意って何!?ちゃんと言われた通りに謝ったでしょ!?」


「そんなやっつけみたいな謝り方で許すわけないだろ。お前自分が俺に対して何をしたか分かってんのか?」


「謝れって言ったのはそっちでしょ!?どうして許してくれないの!?」


ついに発狂して怒鳴り散らす妹。


俺はこれ以上話をしても埒が開かないと妹を放っておいて部屋の中へ入ろうとする。


「うぅ…どうして許してくれないの…お願い…許してよお兄ちゃん…」


「…」


「前みたいな関係に戻ろうよ…また、家族になろうよ…何でまだ怒ってるの…?」


「…」


「私…お兄ちゃんのせいで…友達も失って……誰も連絡返してくれなくなって…クラスでも居場所がなくなって…うぅ…この先どうしたら…」


「どういうことだ?」


俺が尋ねると、美桜はしゃくりあげ、要領を得ない喋り方でポツポツと学校で何があったかを語り出した。


それによれば、斎藤さんの記事がネットで炎上してから、美桜は学校で今まで仲良くしていた友人たちとあまり話してもらえなくなったらしい。


いじめを受けたり、悪口を言われたりと、そこまでではないみたいだが、親友と呼べる関係の女友達を完全に失ってしまったらしい。


というのも、美桜の元友人たちが、美桜が俺にしていた仕打ちを斎藤さんの記事によって知ってからドン引きしたそうだ。


美桜は普段から俺の肯定的な話を彼女たちにしていたそうなのだが、その裏では両親と共に俺を家庭内でいじめていたことを知って、美桜は元親友たちに「何を考えているかわからない腹黒い子」と思われてしまったそうだ。


かつて休み時間や、放課後を一緒に過ごしていた女友達のグループから、今美桜はハブられている状況にあるらしい。


「私、ひとりぼっちなんだよ…?お兄ちゃんのせいで……ねぇ、どうしたらいいの?」


「いや…そんなのしらねぇよ。完全に自業自得じゃねぇか」


まるで俺に責任をなすりつけるかのような言い方をする妹に、俺は思わず突っ込んだ。


美桜の話を聞いた感じ、完全に今回のことは身から出た錆というか、美桜の自業自得だ。


俺にはどうすることもできないし、かけらほどの同情心も湧いてこない。


「そのぐらい自分で何とかしろよ。俺より遥かの状況はマシだろうが」


「…っ…そんなことないっ…友達に無視されて…すっごく辛くて…」


「すれ違うたびに悪口を言われるのか?」


「え…?」


「上履きや机の中に画鋲が入っていたりするのか?トイレのゴミ箱に持ち物が捨てられていたりするのか?」


「え…?え…」


「顔を見るたびに犯罪者呼ばわりされるか?部活でリンチされているのか?」


「…どういうこと?」


「すべて俺がこれまで受けてきた仕打ちだ。お前もそれに加担した一人だ」


「…っ」


「お前の状況は俺より遥かにマシだ。もう一度言う。美桜、お前の今の状況は完全に自業自得、自分で招いた状況だ。だったら自分で何とかしろ」


「うう…ぅううう…」


美桜が啜り泣き始める。


女はすぐこれだ。


都合が悪くなると、泣いて誤魔化そうとする。


俺はこれ以上言うこともないと、今度こそ部屋に入り、ドアを乱暴に閉めて鍵をかけたのだった。

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