第25話
斎藤さんが書いて公開した記事による炎上は、俺の両親から学校にまで飛び火した。
ネット民たちは、俺の両親を叩いた後、その矛先を、いじめやリンチ状態を放置した部活の顧問や学校側に向けた。
『東雲透がいじめられている時に学校は何をやってたんだ?』
『また隠蔽か?』
『隠蔽だろうな。最低すぎる』
『教育機関の隠蔽癖はどうにかならんのか』
『記事読んだけどサッカー部の顧問終わってんな。部員によるいじめを放置とか……今すぐやめろよ』
『部活内でもリンチにあってたのか……マジでキツすぎるな』
『クラスでも家庭でも部活でもリンチされてたとかキツすぎる、俺なら絶対に自殺してる』
『家近いですけどこの学校には絶対に子供たちは通わせないでおこうと思いました』
『教師とかカウンセラーとか、誰か味方になってくれる大人はいなかったのかよ?』
『全然状況は違うけど、俺も学生時代いじめられてて教師とかに相談しても何もしてくれなかったからこう言う事件見ると胸が苦しくなるわ』
『とりあえず東雲透の担任と学年主任は懲戒免職した方がいいんじゃないか?それぐらいの案件だぞ?』
部員によるリンチを見過ごした部活の監督、クラスメイトたちによるいじめを放置した担任、そして何もしなかった学校側はネット民たちによってひたすら叩かれた。
学校の掲示板も集中攻撃を受け、荒らされて、一時サーバーがクラッシュする事態にまで発展したらしい。
学校の公式SNSも、ネット民による通報を受けたのか軒並み凍結しており、炎上の火は鎮火するどころかどんどん周囲を巻き込んで燃え
広がっていた。
ネット上で有名なインフルエンサーなどもこの事件に触れ、日本の教育機関の隠蔽体質などに絡めて問題提起をし、その影響もあって如月家で起こった事件は、よくある冤罪事件の一つから、日本の教育機関の悪い部分が露呈した全国的なニュースへと発展していっていた。
「まさかここまで大事になるなんてな」
それを側から見ていた俺は、少し驚いてい
た。
斎藤さんに取材を受けた時は、まさかこの事件がここまで大事になるなんて思っても見なかったからだ。
昨今いじめ問題などに敏感な時勢のせいもあって、たくさんの人の怒りの矛先が学校に向いていたが、俺は特にそのことに関して学校側が気の毒だなどとは思わなかった。
俺は斎藤さんに事実を喋っただけだ。
俺が冤罪で苦しんでいる時、周りの大人はいっさい手を貸してくれなかった。
理沙と隼人を除いて、誰も俺の話に耳を傾けてくれるものはいなかった。
真実を一緒に訴えて欲しいと俺に助けを求められた担任は「自業自得だ、自分でなんとかしろ」と俺を切り捨てた。
だからネット民たちの非難は間違っていない。
たとえ俺のリンチやいじめに直接加担していなかったとしても、事情を知っていながら見て見ぬ振りをした教師陣も、俺の中では虐げてきた生徒と何も変わらなかった。
だから世間が,まるで俺のずっと言いたかった気持ちを代弁して、俺の代わりに学校側に制裁を課してくれている様は、正直言ってかなり気分が良かった。
= = = = = = = = = =
「あ、透!良かった!!!来たんだね!!」
休み明け。
俺がいつものように登校すると、校門のところで理沙にあった。
理沙は俺の顔を見ると、嬉しげに手を振りながら駆け寄ってくる。
「よかった…透。ちゃんと学校に来た…」
「そりゃくるだろ」
「し、心配だったんだよ…?ほら、ネットでのこともあるし……もしかしたら透、もう学校に来づらくなっちゃったんじゃないかって…」
「まさか。むしろ前よりも俺としては快適なぐらいだ」
「そっか…それなら良かった」
理沙が安堵の吐息を漏らす。
きっと理沙は俺が、今回の炎上の責任を感じて学校に来づらくなるかもしれないと心配していたのだろう。
だが、そもそも俺は今回の冤罪事件でこの学校の教師陣や生徒たちに完全に愛想を尽かしている。
だからこいつらがネットでどれだけ叩かれようと自業自得としか思えないし、そこに俺はいっぺんたりとも申し訳なさを感じたりはしないだろう。
「心配してくれたのか?」
「うん……前にも言ったけど私は透の味方だから……何かあったら相談してね?」
「ああ、わかってる。本当に助かってるよ」
「うん……」
「…?どうした理沙」
理沙がちょっと悲しげな表情を浮かべてい
た。
俺が理由を尋ねると、理沙がおずおずと聞いてきた。
「あの…透?私ね……記事、読んだんだけど、炎上の発端となった記事…」
「おう」
「あそこに書かれていた……その、透の家族のこと……透を信じてくれなかったって……本当?」
「…っ」
「あ…」
家族の話題が出た途端に、俺は思わず顔を顰
めてしまった。
俺の表情を見た理沙が、何かを察して口をつぐむ。
「すまん……家族の話題はやめてくれないか…?」
「ご、ごめん…」
「もうあの三人は……今の俺には家族として
見れないんだ…」
「…っ…本当、だったんだね…記事に書かれてたこと…」
理沙はとても悲しい表情になった。
幼馴染である理沙は、俺の両親や妹にも会ったことがある。
三人と面識があり、俺たちの家族関係が元々良好だったことを知っていればこそ、家族が世間と一緒になって俺を責めたことが悲しかったんだろう。
「ああ…全て本当だ……あの三人には何度も本当のことを訴えたんだが信じてもらえなかった……だから、もう俺もあの三人を信じられない…」
「透…」
俺が思わず硬く握った拳に、理沙がみかねたようにそっと両手を添えてくる。
「理沙?」
「辛かったよね…?家族に裏切られて…」
「ああ…」
「透がどれだけ辛かったのか、想像できる気がする……あのね、透。もし良かったらなんだけど…もしもう家族が信用できないって言うなら……その、わ、私のこと…家族だと思ってもらっていいから」
「…家族?」
「うん……私、透の力になりたいから……透が辛そうにしているところ、もう見たくないから……だから、本当に何かあったら絶対に私に相談して?私、何があっても透の力になるから」
「…理沙」
俺は理沙の手を握り返して頷いた。
「ありがとう。じゃあ、何かあったら遠慮なく相談させてもらう」
「うん」
理沙が任せてと言うように俺をまっすぐに見て、力強頷いた。
「あ、で、でもでも、その、か、家族といっても……ふ、深い意味はないからね…?その、は、伴侶になりたいとか…そういう、変な意味は…」
「…?理沙?」
慌てたように俺の手を離した理沙が、顔を赤くして何やら蚊の鳴くような小さな声でぶつぶつ言っている。
声が小さすぎて何を言っているのか聞き取れなかった俺は、理沙の顔を覗き込んで尋ねる。
理沙はなんでもないと言うようにブンブンと首を振った。
「ご、ごめんっ…気にしないでっ…」
「お、おう…?」
そんな感じで、少しだけいつもと様子が異なる理沙とともに俺は教室へと向かった。
「ね、ねぇ…見た?ネット…」
「うん……うちらの学校やばくない…?」
「まさかこんなに大事になるなんて…」
「あ…東雲先輩だ…」
「東雲先輩……」
すれ違う生徒たちからはヒソヒソと炎上事件の会話が聞こえてきていた。
すでに学校中にネットでの炎上の件が広まり話題となっているらしい。
すれ違う俺の姿を認めた生徒たちは、一様に「あ」と声を発した後、気まずそうにそそくさと歩いていく。
「本当に信じられないっ」
それを見て隣では理沙が苛立った様子でそう言っていた。
「みんな、自分達がしたことで炎上しているのに全然反省してない……人の過ちは責めようとしたくせに自分たちの過ちは認められないの?」
「そう言うもんだろ」
俺は事件を経て、人間とは都合のいい生き物なのだと言うことを嫌と言うほど痛感しているため、そこに関して期待はしていなかった。
だが、理沙は、おそらく怒る気力すら失われている俺の代わりに腹を立ててくれているのか、俺を見て気まずそうに歩いていく生徒たちを睨みつけている。
「あの後誰かに謝られた?無罪が発覚してから透に謝ってきた人は?」
「誰一人としていないな」
「…っ…本当に信じられないよね」
「ああ…まぁ、そうだな」
結局理沙は、教室に着くまでずっと怒りっぱなしだった。
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