第26話


「あ」


「あ」


「あ……」


「…」

 

「…っ」


俺と理沙が教室に足を踏み入れた瞬間、それまでざわついていたクラスメイトたちが一気に静まり返った。


皆が入ってきた俺たちの姿を認めると、口を閉ざし、気まずそうに俯く。


「ふん」


「…」


俺はまだ腹が立っているらしい理沙と席に向かい、周りのことは気にせず腰を下ろす。


理沙も自分のせきにカバンを置いてから再び俺の元へやってきた。


「本当にひどいよね」


「何が?」


「炎上のこと。あんなに世間から言われてるのに……ここまで大事になっても誰も謝りに来ないんだもん」


「ああ、そう言うことか」


理沙は、世間でこれだけ騒ぎになっていてそれを知っているにも関わらず、以前として現実から目を背けるばかりで謝ろうとしないクラスメイトたちに腹を立てているようだ。


俺はチラリと周りを伺う。


「「…!」」


こちらを見ていた何人かの生徒が俺と目が合うと慌てて逸らした。


一応皆が気まずそうに口を閉ざしている手前、悪いことをしたと言う自覚はあるようだ。


だが謝罪という行動に移す生徒は一人もいない。


まぁ元々期待などしていないし、謝罪されても許すつもりはないのでどうであろうと構わないのだが。


「ねぇ、透。こういう時は毅然とした態度で臨んだほうがいい時もあるみたいだから……もし今回のことを弁護士とか警察とかに相談しなきゃならないことになったら私に言ってね」


「「「…っ」」」


理沙が「弁護士」「警察」という単語を出した途端に、クラスメイトたちがわかりやすく動揺する。


もしかしたら自分たちが訴えられるかもしれない、警察にチクられるかもしれないとようやく気づいて今更焦り出したらしい。


明らかにこちらの様子を伺うようにチラチラと視線を送ってくる連中がいる。


「私…証拠とかも集めてたから……透がショック受けるかなと思ってずっと隠してたんだけど…これ見て」


「ん?」


理沙がスマホを見せてきた。


そこにはグループラインのトーク画面が写っ

ていた。


「これ……透に冤罪がかかった時にできたグループライン。ここでみんな、透の悪口を言ってたんだよ。透だけを除け者にして」


「マジかよ」


「「「…っ」」」


「今はもう消えちゃったけど……多分証拠として残るのが怖かったんだと思う。でも大丈夫。私がちゃんと全ぶ証拠として写メ撮っておいたから…必要になったらいつでも言ってね?」


「そんなことまでしてくれてたのか。ありがとな、理沙」


「「「…っ」」」


「このグループラインで透の机に落書きしようとか、物を隠したりしようとか、そういう呼びかけをしたりしている人もいた。同調している人もいた。そういう証拠、本当に全部

あるから……」


「わざわざ俺のためにありがとうな。もしかしたらお前のいうように警察とか弁護士に相談することになるかもしれないから、その時になったらありがたく使わせてもらうよ」


「「「…っ!?」」」


明らかにクラスに動揺が広がり始めた。


こいつら、どうやら俺の悪口を、俺だけがいないグループラインで書きまくっていたらしい。


理沙に見せてもらったスマホの画面には、俺に対する罵詈雑言が書かれたグループラインのトーク履歴がバッチリ写っていた。


中にはこのグループラインに、俺の机に落書きすることを呼びかけたり、実際にしているところを動画にしてアップしている奴らもいたらしい。


これらは全て、もし彼らを訴えることになったら動かざる証拠として使えるだろう。


俺のためにこういう重要な証拠を全て確保してくれていた理沙には感謝しかない。


「少しは透の役に立てたかな?」


「ああ。たちすぎているぐらいだ。本当に感謝してる」


「「「…っ」」」


俺はもしかしたら自分が嫌われ者になるかもしれない危険まで犯してこんなことをしてくれた理沙に感謝しながら、教室を見渡した。


明らかに心当たりがありそうな何名かの連中が、動揺しているのが窺えた。


実際に俺の机に落書きしたり、画鋲を上履きの中に入れたり、トイレに持ち物をぶち込みやがった実行犯の連中かもしれない。


今はとてもそんな気分にはなれないが、もし彼らがどれだけ待っても謝罪の一つすらないようなら、本気でこの証拠を使って追い詰めるのもありかもしれないな。


「それじゃあ、そろそろ戻るね」


「ああ…ありがとな、証拠取っといてくれて」


「うん」


ホームルームが始まる時間になったので理沙が自分の席へと戻ってきた。


また、教室に気まずい沈黙が降りる。


「お、お前ら、おはよう……全員きてるかー?」


やがてそんな地獄のような空気が支配する教室に担任がやってきた。


担任は教壇に登り、俯いている生徒たちを見渡して引き攣ったような笑みを浮かべた。


もちろん担任もすでに炎上のことは知っているだろう。


今回の炎上では、生徒たちだけではなくいじめとリンチを放置した学校側や教師陣もネット民に叩かれまくって大問題に発展している。


俺の予想ではおそらく職員会議か何かがあり、今回のことについてある程度教師たちの間で対策が話し合われたんじゃないだろうか。


一体彼らがどういう行動に出るのか、俺には今の所予想がつかなかった。


「れ、連絡事項はこのぐらいだ……そ、それじゃあ、今日も一日頑張ろうなー……」


わざとらしい明るい声で担任がホームルームを締めくくる。


日直による号令の後、担任が教壇を降りて俺の方までやってきた。


「し、東雲…ちょっといいか?」


「…?」


「今から少し職員室にきてくれないか?話したいことがある」


「…はい」


早速きたか、と俺はそう思った。



= = = = = = = = = =


担任について行って俺は職員室へ入った。


「「「…」」」


職員室に入ると、そこにいた教師陣がチラリと俺に一瞥をくれた。


彼らの表情には、どこか不安げな色が浮かんでいる。


俺がここにくること自体は知っていたような感じだ。


やはり職員会議のようなものがあり、何かが話し合われたのだろうと俺は想像した。


「ここに座ってくれるか」


「はい」


担任は自分の机まで俺を誘導すると、あらかじめ用意されていた椅子に俺を座るように促した。


俺はとりあえず従ってその椅子に腰を下ろす。

担任が正面の自分の椅子に腰掛けて、俺をまっすぐに見てくる。


「東雲……今日ここにお前を呼んだのはとても需要な話をするためだ」


「はい」


いつになく真剣な声の担任に、俺はただ「はい」と返事をする。


担任は深呼吸をしたのちに、早速本題に入

る。


「単刀直入にいう……ネットの炎上事件のことは知っているか?」


「はい」


「いろんな憶測が誤解があり……こんなことになってしまった。先生たちもまさかこんなことになるなんて思っていなかった」


「…」


「とりあえずこれだけは言わせてくれ。私たち教師陣は……東雲、お前の味方だ」


「…」


「これまで通り,お前のことをサポートしていきたいと思っている。今回の件でお前に悪いところは一つもない。悪いのは……勘違いでお前をいじめてしまった生徒たちだ……責任の一端は我々教師陣にもあると思う」


「…」


「だから、何かあったらいつでも相談してくれ……私たちがこれまで通りお前の味方であることを忘れないでほしい」


「…」


「私が言いたいのはそれだけだ……ああ、全く、どうしてこんなことになってしまったんだ……東雲。水臭いじゃないか、どうしてすぐに相談してくれなかった?」


「…」


「お前が胸の内をもっと早くに打ち明けてくれれば、私たちもすぐに対処しただろうに……本当に悲しいことになってしまった…」


「…」


「東雲。まだお前をいじめたり悪口を言うような奴がいたら、すぐにいうんだぞ?先生たちがお前を守ってやるからな。これ以上お前をいじめたりする奴は絶対に許さない。繰り返すが私たちはおまえのみかたなんだ」


「…」


まるでドラマに出てくる熱血教師のように、担任は「俺はお前の味方だ」と繰り返す。


俺はそんな担任の話を何も言わず無言で聞いていた。


「わかってくれたか?」


やがて言いたいことを言い終えたらしい担任が、俺の様子を伺うように顔を覗き込んでくる。


必死に俺の機嫌を損ねないように、割れ物に触るような空気をひしひしと感じた。


俺は明らかにこっちの反応を窺ってビクついている担任ににっこりと笑顔を浮かべた。


「先生」


「ああ…!」


「何言ってんすか?全く意味がわからないんですけど」


「!?」


俺はこの後に及んで小賢しくも言い逃れをしようとしているらしいこのクズ教師に,現実を突きつけてやることにした。

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