第23話
〜妹視点〜
お兄ちゃんの無罪が発覚したその日から、お兄ちゃんは私と口も聞いてくれなくなった。
私はお兄ちゃんを犯罪者だと勘違いして吐いた暴言の数々を後悔していた。
また以前のような仲のいい兄妹関係に戻りたいと思っていた。
だけど、今回の事件によって私とお兄ちゃんの間には大きな溝ができてしまった。
お兄ちゃんは私がどんなに話しかけても無視をするか、一言二言のおざなりな返事を返すだけになってしまった。
部屋にも鍵がかけられて、ノックをしても入れてもらえなくなった。
漫画の貸し借りも、勉強を教えてもらったりすることも無くなってしまった。
同じ家に住んでいるのに、お兄ちゃんがどこか遠くにいる他人のような存在になってしまった。
それもこれも、全て私がお兄ちゃんを信じてやれなかったせいだ。
無罪を主張するお兄ちゃんの言葉に耳を傾けず、世間と一緒になってお兄ちゃんを犯罪者扱いしたからだ。
『家族ぐらい信じてやれよ…』
『身内に裏切られるのが一番心に来るよな…』
『こんな家庭に生まれなくて本当に良かった』
『家族に裏切られて東雲透はマジで可哀想』
『俺が東雲透だったら人間不信になってるわ』
「…っ」
ネットに書き込まれたそんな言葉は、的確に私の心を指してくる。
如月家で起こった事件はニュースになり、その後、事件の詳細が書かれた記事が大手新聞とネットに掲載された。
そこには事件に巻き込まれたお兄ちゃんのことについてもたくさん書かれていた。
どうやら私の知らない間に、この家に記者が取材に訪れたらしく、お兄ちゃんはその記者に自分がクラスメイトや身内にされた仕打ちを暴露したそうだ。
その記事は、ネットで公開されると同時に大炎上した。
炎上したのは、お兄ちゃんを嵌めた如月姫花さんじゃなくて私たち家族だった。
お兄ちゃんが冤罪をかけられた時に庇うどころか周りと一緒になって攻撃した私たちは、世間からもうバッシングを受けることになった。
ネットには日々、私たち家族に対する罵詈雑言が投稿された。
お母さんが運営していたブログがすぐに特定され炎上した。
そしてそこからお父さんが勤めていた会社まで割り出されて、炎上した。
炎上の炎は色んな場所に飛び火して、私たち家族はどんどん肩身が狭くなっていった。
「あ…美桜ちゃんだ…」
「美桜ちゃんがきた…」
「わっ…こっちみた…っ」
「あの記事、本当のことなのかな…?」
「本当でしょ、最低だよね…」
「そんな子だと思わなかったな」
ネットで私たち家族のことが暴露され、世間に知れ渡ってから、学校での私の扱いも変わ
ってしまった。
炎上の前までは、私は友達が多い方だったのに、今では誰も積極的に私に話しかけてこない。
私はまるで腫れ物のように扱われ出したのだ。
冤罪が発覚する前のお兄ちゃんのように。
「ね、ねぇ…どうして私と話してくれないの?前みたいに私も混ぜてよ…」
ある日私は孤独に耐えかねて、自分から以前属していた女子のグループに半ば無理やり入っていった。
前まで私のことを明るく迎え入れてくれていた女子の友達達は、私の顔を見るとみんな微妙そうな表情になる。
「美桜ちゃん…」
「…」
「何か用かな?」
「み、みんな…?どうしたの?い、いつもみたいに私、ここにいていいよね?話に入ってもいいよね…?用がなきゃここにいちゃダメかな?前はそんなことなかったよね…?」
私が必死に女子友達達に訴えかけると、彼女達は総じて微妙そうな表情を浮かべる。
「うーん…ごめんね、美桜ちゃん…」
「私たちもう美桜ちゃんのこと、前みたいに見れないかな…」
「絶好ってわけじゃないんだけど……こう言うふうなのは勘弁してほしいっていうか…」
「え…ど、どうして…?なんで?」
「何でってそれは…」
「だって、ねぇ?」
「例の記事、読んだけどさぁ…」
「流石にあれはないかなぁ、って」
「あ、あれ…?何?私に悪いところがある?あるなら治すから……仲間外れみたいなのは…」
「美桜ちゃん、あんなにお兄ちゃんのこと好きっていってたよね…?」
「それなのに、家でお兄ちゃんにあんなことしてたなんて…」
「実の家族なのに……あれはないよ…」
「お兄ちゃん無罪だったんでしょ…?よくそんなことができるよね…」
「私もお兄ちゃんいるけど……美桜ちゃんみたいにはなれないかなぁ…」
「…っ」
グサグサと友人達の正論が突き刺さる。
私はかねてより、友達に大好きなお兄ちゃんのことについて話していた。
お兄ちゃんのここが良かった、あそこが好きだった、と言う話を、友達たちに嬉々として聞かせていたのだ。
そんな私が、お兄ちゃんを裏切ってせめていたことが記事によって暴露されてしまった。
私の友達達は、身内に態度を豹変させた私にドン引きしてしまったようだった。
「私、あの記事読んで美桜ちゃんのこと、わかんなくなっちゃったかな…」
「美桜ちゃん、本当は何考えてるのかわかんない人なんだなぁって…」
「もしかして私たちのことも、何かの拍子に裏切るのかなぁ、って」
「ごめんね美桜ちゃん……一応まだ友達だと思ってるけど……前みたいな感じではもう付き合えないかな…」
「そっか……」
彼女達の視線からは、私に今すぐこの輪から外れてほしいという意志をひしひしと感じた。
私はもはやここに自分の居場所はないと思って、所属していた友達グループを抜けた。
そしてクラスで完全に孤立してしまった。
「うぅ…寂しいよぉ…」
休み時間、昼食時、そして放課後、誰とも遊べずずっと一人である孤独は、少しずつ私の心を蝕んでいった。
ふとした瞬間に涙が流れることもしょっちゅうだった。
当たり前だった幸せな日常が、たった数週間のうちにどん底にまで落ちてしまった。
私は、冤罪が晴れるまでのお兄ちゃんが味わっていた孤独や辛さをいやと言うほど体験することになった。
そして不幸はさらに連鎖する。
「ああ…これから私たち家族はどうすればいいの…?」
「え…お母さん?どうしたの?」
ある日私が家に帰ると、お母さんがリビングで泣いていた。
すぐに駆け寄って訳を聞くと、お母さんは「もうお金がない…ローンが払えない」としきりにつぶやいていた。
「え、お金が…?お父さんは…?」
「寝室で…寝ているわ…酔い潰れて……」
「何でお金がないの…?どう言うこと?」
「お父さんはね…お父さんは……会社を…うぅ…」
嫌な予感がした。
そういえば最近、お父さんが仕事に出ているところを見たことがなかった。
家で一人でお酒を飲んでいるところを見る機会がとても増えた。
私はてっきりお父さんは有給とか会社の制度を使って休んでいるのかと思ったけど、もしかしたら違うのかもしれない。
「ねぇ、何があったの…お母さん、話して…」
「うぅ…お父さんはね…クビになっちゃったの…会社を……炎上のせいで退社させられたの…」
泣いているお母さんに背中をさすりながら聞いたところ、お父さんはやはり会社を辞めていたらしい。
今回の炎上の火が会社に飛び火したことで、トカゲの尻尾切りのように辞めさせられてしまったらしい。
お母さんはこのままだと家や車のローンが払えずに、ここを出て行かなくてはならなくなると嘆いていた。
「そんな…」
私は絶望する。
まさか私の知らないところでそんなことになっていたなんて。
ここを出て行かなきゃならなくなったら、私たち家族はどうすればいいのだろう。
もっと狭い部屋に引っ越すのだろうか。
そこでの生活はどんなものになるのだろう。
今よりも確実に貧しくなるのは目に見えている。
お小遣いも減らされるだろう。
もしかしたら借金を背負ったり、満足に食べられなくなって生活保護を受けることになる可能性もある。
そこまで行かなくとも、私やお母さんが今からバイトなどをして働いたところで、今の生活が維持できないのは誰の目にも明らかだった。
「お母さん、どうすればいいの…ねぇ、どうすれば…」
「私だってわかんないわよぉ!!」
私はお母さんと一緒になって泣いた。
泣きながら、もう当たり前だった日常はどこにもないんだとそう思った。
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