第17話


休日の東雲家は地獄のような空気に支配されていた。


朝、目を覚ました俺が自室を出ると、扉の前に腕を上げた状態の妹が立っていた。


どうやらノックをしようかどうか迷っていたらしく、俺と目が合うと口をぱくぱくとさせて何かを言いかける。


「あ、お、お兄……」


「邪魔だ。どいてくれるか?」


「…っ」


「どけって」


俺は邪魔な妹を傍に押し除けて階下へと降りる。


妹が背後で何か言いたげに「あ、あの」と言っていたが、俺はそのまま足を止めずに階段を下り切った。


あいついつの間に俺の呼び方を犯罪者からお兄ちゃんに変えたんだ?


少し前まで俺を見ると、一言目には犯罪者と口にしてそれから色々と罵詈雑言を浴びせてきたのに。


まぁもうどうでもいいか。


あいつと話すことなんて何もない。


「あ…」


「透…」


リビングに降りると、何やら暗い顔で話し込んでいた両親が顔を上げた。


俺の姿を見ると慌てたように立ち上がって、テーブルの俺の椅子を引いて座るように促してきた。


「ほ、ほら…これ」


「透のために作ったの…」


テーブルの上にはやたらと豪勢な食事が並んでいた。


両親が、揉み手をして作り笑いをうかべながら俺を見ている。


「た、高かったんだぞー?」


「お母さん朝から一生懸命作ったから……ね?」


高かった、一生懸命作ったとコストや手間暇をアピールしてくる。


どうやら料理で俺の機嫌をとるつもりらしい。


実の息子を犯罪者呼ばわりし、周囲と一緒になって追い詰めた事実を、一回高い昼食を振舞ったぐらいでなかったことにするつもりらしかった。


もちろんその手には乗らない。


というか両親とはもう話したくもない。


この二人を俺はもう家族とは思っていなかった。


一番辛い時期に俺を庇うどころか、犯罪者扱いしやがったこの二人を、俺はもう完全に信用できなくなってしまった。


こんな奴らが作った飯なんて食べる気になれなかった。


「いらないかな」


「「…っ!?」」


俺がそういうと二人が目を剥いた。


「せっかく作ってもらって悪いんだけど、俺、外で友達と食べる約束してるから」


「そんな…」


「おいそれはないだろ透!!母さんが一生懸命作ってくれたんだぞ!?お前のために!」


「ん?なんで今日急にご飯を作ってくれるようになったの?ついこの間まで、俺、晩飯も昼食も朝食も、作ってもらえなかったよね?だから今日も俺の分はないのかなと思って友達と食べに行く約束を入れちゃったんだけど」


「「…っ」」


両親の表情が,苦々しいものに変わる。


もっともなことを俺に言われて、何も言い返せず、口をぱくぱくとさせている。


「それじゃあ、俺は友達と外で食べてくるから」


「あっ、待ちなさいっ」


「待つんだ透!!」


両親が席をたち、俺を呼び止めてくる。


俺はそんな彼らを無視して靴を履き、玄関から家を出ようとする。


ピンポーン。


「…?」


「え…?」


「お…?」


そのタイミングで誰かが家のインターホンを押した。


「あのー、すみませーん。東雲さんのお宅でしょうかー…?」


「誰でしょうか?」


俺がドアを開けると、外に見知らぬ男が立っていた。


宅配便のお兄さんのようには見えない。


父の仕事の同僚とかだろうか。


俺はいきなり尋ねてきたこの男に誰何を問う。


「あっ…君はもしかして!」


「…?」


男は俺の顔を見て、お目立てのものを見つけたと言わんばかりの表情を浮かべる。


どこかで会ったことがあっただろうか。


俺が首を傾げると、男は慌てたように名刺を取り出して俺に渡してきた。


「実は私〇〇新聞社の斉藤というものでして……如月家で起きた事件について取材をさせてもらえないでしょうか…?」


「新聞記者さんなんですか…?」


「はい、そうです。お時間あんまり取らせないので、ぜひ取材を…」


「取材、ですか…」


俺はしばしの間逡巡する。


別に俺としてはやましいことは何もないので、話を少し聞かせるぐらいはいいと思っていた。


食事をする約束をしている理沙との待ち合わせの時間まではまだ少し時間がある。


あの事件で俺は何も犯罪を犯していないし、事実を補強するために、新聞記者の取材を受けてもいいと思っていた。


「わかりました。いいです」


「ちょっと、あんた!何勝手に入ってきているんだ!?」


俺が聞き取り取材にOKを出そうとすると、奥から父親が慌てたように駆け寄ってきた。


「何しにきたんだ!?」


「私、〇〇新聞社の斉藤というものでして……ぜひ如月家の事件について取材を、と」


「困るんだよ勝手にそんなことしてもらっちゃ!!出ていってくれ!!」


父の慌てた様子に斎藤記者が首を傾げる。


「どうされたんですか、そんなに慌てて。何かこの事件に関してやましいことがあるんですか?」


「…っ!?」


父が目に見えて焦り出した。


斎藤記者が手元の手帳を見ながらいう。


「今回の事件に関して、息子さんは冤罪をかけられるという被害に会ったようですね?そのことに関して、ぜひ取材をしたいなと思いまして…」


「しゅ、取材するようなことなど何もない…!帰ってくれ!!!」


「だからどうしてそう無碍になさるのですか?今回の事件で息子さんはあくまで被害者であり、やましいことは何もない立場のはずです。私の取材は確実に息子さんが被害者である事実を補強することになると思いますよ?」


斎藤記者が俺と父親を交互に見ながら言っ

た。


「や、やましいことなんて何もないが……い、いきなり来られるのは迷惑なんだよ!!あ、アポイントメントぐらい取ってもらわないと…」


「なるほど。では後日、お話を聞ける日を教えて頂けますか?」


「そ、それは…」


斎藤記者がメモをしようと手帳を取り出す。


父が額からダラダラと汗を流し、目に見えて焦り出した。


俺はそんな父の表情を見て、一体何を恐れているのかをなんとなく察した。


「別にいいですよ、俺は」


「透!?」


俺は父の前に出て、斎藤記者に対して言った。


「俺はぜひ取材してほしいです。もうわかっていると思いますが、俺が事件の当事者の一人だった東雲透です。俺は、あの日、如月に騙され、冤罪をかけられた上で父親に暴力を振るわれました。その事実を、斎藤さんに再度公表してほしいんです」


「ええ、取材に応じていただければ、間違いなく記事を新聞に載せることが出来ますよ」


「そうですか。それはありがたいです。どうぞお入りになって、なんでも聞いてください」


「お、おい透!?何勝手に!?」


「ん?父さんどうしたの?何か聞かれて嫌なことでもあるの?」


「…っ」


「自分の息子が被害者であることを再度世間に知らせることができるんだよ?ここで斎藤さんを追い返す理由は何もないよね?」


「…う、そ、それはそうだが…」


「どうぞお入りください、斎藤さん。事件のこと、なんでも話しますよ」


「ありがとうございます。では、遠慮なく入らせてもらって、話を聞かせてもらうことにします」


そうして俺は、都合が悪そうな表情の両親を押し切って斎藤記者を家の中に招き入れたのだった。

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