第20話
〜父親視点〜
「やってくれたね、東雲くん。君のせいで我が社への新入社員応募数は激減したよ」
「す、すみません…部長…」
あの斎藤とかいう記者が書いた事件に関する記事が炎上した翌日、私は会社で上司に呼び出されて説教をされていた。
如月家でおこり、私たち家族が巻き込まれた事件は、ネットで大炎上し、なぜか私が勤める会社にまで飛び火した。
ネットの連中が、妻のブログを発見し、そこに挙げられた写真から私たちの実家、透の通う学校、そして仕事場まで特定し、私の会社までもがネットで吊し上げられることになってしまった。
これも全て、あの図々しい斎藤とかいうクソみたいな記者のせいだ。
あいつ、記事をわざと私たち両親にヘイトが向くような書き方をしやがった。
事件の主題は我が息子である透が如月家のクズどもによって冤罪にかけられたことだというのに、なぜかあの記者は、透が事件後に受けた家庭での扱いについて、それを主題に記事を書きやがった。
おかげで私たち家族が透を犯罪者扱いしたというところばかりがピックアップされ、私たち両親はネット民たちに非難されることになった。
『息子を犯罪者扱いは最低』
『毒親』
『家族ぐらい息子の味方になってやれ』
とネットの連中は知ったようなことを書き込んでいるが、あの状況なら誰だって私たちと同じような対応をとるはずだ。
全てを知ったようなふうに好き勝手書き込み、私たちを非難するネットの有象無象どもに私は心底腹が立ったが、不特定多数に対して言い返す手段を私は持っていなかった。
そして炎上後、恐る恐る出社した私は案の定上司に呼び出されて説教を喰らうハメになった。
「君の炎上のせいで我が社のイメージはダダ下がりだ。毒親生産会社、とかネットではさんざんの言われようだよ。有名大学からの新入社員の応募もあったのに、軒並み逃げられてしまった。残ったのは、取るに足らない人材ばかりだ。どうしてくれるんだ?」
「す、すみません…」
「大体、君が妻の行動を管理していないのが悪いんだぞ?近頃のネットは本当に何があるかわからない、どんな些細なことで炎上するかわからないんだ。それだというのに、妻のブログに仕事場や、実家の住所が特定できる情報が載せられていたのはどういうことなんだ?」
「まことに申し訳ございません…家内には厳しく言っておきますので…」
「はぁ……君ねぇ…事が起こってからじゃ遅いんだよ…リスク管理がなっとらんなぁ…」
「すみません…」
私はひたすら謝ることしかできなかった。
今回の炎上のせいで、会社の評判は地に落ちて、大学生の新入社員応募数も、仕事の受注数も激減することになったらしい。
損失は十億を超えるかもしれないとの試算があるようだ。
もしそれらの責任を全て背負うことになったらと、私は身震いする。
「しかし…どうしてこのようなことでこんなにまで炎上が…」
「時代が悪かったな。昔ならばこうはならなかっただろう」
部長が窓の外から景色を見下ろしながら言った。
「親ガチャ、という言葉を知っているかね?東雲くん」
「はい?親ガチャ…?」
「最近若者の間で流行している言葉だよ。子は親を選べない、どんな親のもとに生まれるかわからない、親の資産や教育、そう言った環境によってその後の人生が全て決まってしまう。そのような現状をうまく表した言葉、それが親ガチャだ」
「…はぁ」
私は話半分に聞いていた。
何が親ガチャだ。
最近の若者は本当に甘ったれが多い。
人生とは自分で切り開くものだ。
いつまでも親に頼っているようでは、幼いガキのままだ。
自分の努力の足りなさを親のせいにされてはたまったものではない。
そんなくだらない連中のせいで炎上し、こうして上司に説教されている現状が腹が立つ。
「その親ガチャ理論によると……君はいわゆるハズレの親らしい」
「…はぁ!?私が!?」
「ああ。そうだ。息子が一番辛い時に味方になるどころか世間と一緒になって追い詰めた君は今の若者に言わせればハズレの親らしい」
「ふ、ふざけるな!!」
私は思わずそう怒鳴っていた。
「わ、私がハズレの親であるはずがない…今までどれだけ透の教育に熱を注いで…」
肩を怒らせる私を、部長は冷めた目で見つめていた。
「それではなぜ息子の味方になってやらなかったのだ?愛していないのか?」
「あ、愛しています!愛しているからこそ……悪いことをしたら然るべきでしょう…」
「本当に息子が悪いことをしたのならな。だが、君の息子は結果的に無罪だったのだろう?今回の炎上した記事は私も読んだが、君は息子の主張を全く聞かず、犯罪者だと決めつけて、ご飯すら与えなかったそうじゃないか。これじゃあ、世間から虐待だと思われても仕方がない」
「…っ」
事情を知らない連中の戯言だ、とそう思った。
だが、上司に堂々と言い返すわけにもいかず私は悔しさに歯を食いしばる。
「君が息子に愛を持って接していればそもそもこういう事件は起きなかった……炎上は未だ止まるところを知らない…君をこのままこの会社においていたらますます燃え広がるばかりだろう……そうすれば会社は傾き、派遣の首を切らなければならなくなるだろうな、君のせいで」
「そ、それは…」
部長の目を見て、私は今日ここに呼び出された理由を察してしまった。
「や、やめろ…と、そうおっしゃるんですか?」
「そうだ。会社のために、自主的に退社してもらいたい、東雲くん」
「…っ」
自分が何を言われているのか、信じられなかった。
私は今まで10年以上この会社に尽くしてきた。
その努力が…苦労して得た地位が……たった一回の炎上で全て無に帰す。
そんなことは断じてあってはならないことだった。
「お、お断りします…」
私は思わずそう答えていた。
部長に逆らい、退社を拒んだ。
「ん?拒否権があると思っているのか?」
部長が不思議なものを見る目で私を見てきた。
私は自分の声が震えていることを自覚しながら言った。
「ほ、法律が私を守ってくれます…」
日本の法律では、正社員を不当な理由ですぐに解雇することは難しい。
炎上騒ぎがあったとはいえ、それは私の意図したものではなく、もしかしたらクビにする材料としては弱いかもしれない。
私はなんとか今の地位に縋りつこうと、法律を盾に部長と対峙した。
「なるほど」
部長が頷いた。
「わかった。君をこの会社で雇い続けよう」
「…はぁ」
私はほっとため息を吐いた。
よかった。
ごねてみるものだ。
これでひとまず私の地位は、現在の生活は守られた。
会社ではしばらく腫れ物のように扱われるだろうが、何、時が経てば忘れられる。
私が安堵していると、部長が肩を叩いて耳元で囁いてきた。
「というわけで、東雲くん。君には今日から新しい仕事を任せたいと思っているんだ」
「はい…?新しい仕事…?」
ニヤリと笑う部長に、私の背中を悪寒が撫でた。
「では、東雲くん。頼んだよ。ここにある倉庫のゴミを、君一人で分別するんだ。それが今日から君の仕事だ」
「…ちょ、ちょっと待ってください部長!?冗談でしょう!?」
新しい仕事を任せたいと言われ部長についていった私は、会社の隣に併設してある倉庫へと連れてこられた。
そこには廃材や、錆びついた重機に加え、本社で出た生ゴミなどが放置されていた。
空気は悪く、腐臭が漂い、クラクラと目眩がして気絶しそうだ。
部長は鼻をつまみながら、天高く積み上がった生ゴミを指差した。
「あれを分別して捨てておいてくれ。頼んだぞ」
「お待ちください!!こんな仕事、私には……」
「ん?なんだ?この会社で仕事を続けたいのだろう?」
「…っ」
必死に懇願する私に、部長は無慈悲にそう言った。
「言われた仕事もこなせないのなら君はこの会社にはいらないよ」
「しかしこんな仕事…私には…」
こんなのは低所得者のブルーカラーがやる仕事だと思った。
とても大学を出ているホワイトカラーの私がやるような仕事ではない。
私は本社の方で仕事がしたいと部長に申し出たが、聞き入れてもらえなかった。
「出来ません、こんな仕事…」
「サボるのならそれでも結構。しかしもちろん給料は下がるし、君をクビにする良い口実にもなる。今度こそ、法律も君を守ってはくれないよ?」
「そんな…」
「それじゃあ、頼んだよ。何、ゴミ分別も立派な仕事だ。職業に貴賎なし。そうだろう?じゃ、よろしく」
そう言って部長は倉庫から去っていった。
私は臭い倉庫に取り残され、しばらく呆然としていた。
「嘘だろ……なんで私がこんな…うっ…」
漂ってきた腐臭に思わず顔を顰める。
スーツ姿で、手袋をしながら、私は恐る恐る積み上がった生ゴミの山に近づいた。
『チューチュー!!!』
『チチチ!!!』
「ひぃ!?」
ゴミ山の中で何かが動いた。
私が飛び退くと、小さな穴の中から灰色のネズミが顔を覗かせた。
私はネズミが大の苦手だった。
小さい頃に、ズボンの隙間から服の中に入られ、腹をかじられて以来、ネズミがトラウマなのだ。
「む、無理だ…こんなの…」
今まで本社のクーラーの効いた環境の中パソコンの前で仕事をしていた私が、夏場に、こんな臭く狭いところでネズミたちに囲まれながらゴミ分別なんて出来るはずもない。
結局私は、就業時間まで、ゴミに触れることすら出来なかった。
それから数日後,とうとう状況に耐えられなくなった私は部長の部屋を訪れた。
「部長…考えが変わりました。この会社を辞めさせていただきます」
私はほとんど追い出し部屋のような部長の仕打ちに耐えられず、辞表を提出した。
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